第3話 瀬戸美月 父親を説得しようとする

「かあさん、美月は今日も出かけているのか?」

「そうよ、彼氏さんとデートじゃないかしら」

 妻の返事に対して、瀬戸 菊夫は苦虫を噛み潰したような顔になる。


 長女の瀬戸美月は、最近彼氏ができたらしい。

 それからは、休日は出かけてばかり。

 平日にも行っているらしい。帰りが遅くなることたびたびある。

 挙句の果ては泊りがけで旅行に行ったりしている。


 子供のころは、”将来はお父さんみたいな人と結婚する!”と言っていたのに。

 今では、すっかり彼氏に夢中のようだ。

 このままだと、結婚なんて話にも・・・

 菊夫は、面白くなかった。

「美月は変な男に引っかかってるんじゃないだろうな。

 かあさん、何か聞いてないか?」

「すごくまじめで紳士的な人らしいわよ。優しくて素敵な人って聞いてるわよ」

「ちゃんと働いてる男なのか?貢がせてたりしないだろうな?」

「そんなところまでは知らないわよ。美月に聞いてみれば?」

「大体、交際なんて・・・。結婚するとか言い始めたらどうする。まだ早すぎるんじゃ・・」


 リビングの気温が5度ほど下がった。

 菊夫は妻の瀬戸さくらの顔を見て、”しまった”と思った。


「あなた・・わかってるの?」

 鬼のような表情。いつもより低い声。

 妻は本気で怒っている。こうなったら菊夫は頭を下げて聞いていることしかできない。

「美月はもう24なのよ。もうすぐ25になるの。

 今まで、誰とも交際してこなかったんだからこれを逃すといつ結婚できるかわからないわよ。そうなったら、行き遅れよ。わかってるの?

 だいたい、私があなたと何歳で結婚したと思ってるの?

 24よ!もう美月も同じ年なのよ。それなのに、あなたときたら・・・」



妻の小言は、その後1時間以上続いた。








「ただいま~」

 美月が帰宅したのは夜の9時過ぎであった。

 美月はお酒を飲んでも、顔には出ない。

 しかしながら、動作から飲んで来たと思われる。

「美月、ちょっとここに座りなさい」

 菊夫はリビングのソファに美月を座らせる。

「こんなに遅くまで、どこに行っていたんだ?」

 妻がキッチンから睨んでいる。

 できるだけ声を荒げないように注意しながら訪ねた。

そんなに遅くないと思うだけど~。夕ご飯食べてきただけだよ?」

 にこにことしながら悪びれもせずに言う。

 そう、いつもはもっと遅い時間になることの方が多いのだ。

「お酒を飲んで来たのか?」

「ご飯と一緒にワインを飲んだだけだよ?美味しかった~。」

 ゴホン、と咳払いをして菊夫は質問を続けた。

「で・・彼氏ができたそうじゃないか。どんなや・・どういう人なんだ?その相手は。」

 キッチンからの視線が痛い。

 冷気が流れ出てる気がする。

 ”どんなやつ”と言いかけて言い直した。



「早乙女健司さんていうの。とっても優しくて素敵な人よ。

 料理も上手で、いつもご馳走してくれるの。

 それが、とてもおいしくて今日も・・・」

 美月はニコニコとして、嬉しそうに話し始める。


 あ・・これ、長くなるやつだ。



 ゴホンと咳払いをして、割り込む。

「で、その人はどんな職業なんだ?どこで働いているんだ?」

 もしも、ろくでもない職業なら別れさせるつもりでいる。

 妻や娘が何と言おうと、愛する娘のためだ。


「〇〇株式会社だそうよ。名刺をもらっているので見せるね?」

 鞄をごそごそと探る娘。


 〇〇株式会社? 一流企業じゃないか!


「あ・・・あったあった。はい、これ。」

 自慢気に見せてくる。


 名刺を見ると・・・・

   〇〇株式会社 ××事業所

   ソフトウェア開発部第二開発課 課長

       早乙女 健司


 か・・課長だと?娘と同年代で?

「か・・課長?」

「あら、若いのにすごいのね」

 妻がキッチンからやってきてソファに座って名刺を見る。

「うん、仕事は忙しいみたいだけどね」

 ニコニコと嬉しそうに言う。




 嘘ではないが、大きな誤解である。


 早乙女健司は39歳。もうすぐ40歳。決して若くはない。

 父親も母親も”きっと娘と同年代”と勝手に勘違いをしている。

 美月は、あえて否定しなかったのだ。



「これなら、お相手として非の打ちどころが無いわね」

 妻が後押しする。


 くぅ~・・・

 内心、悔しく思っている菊夫。


「それでね、お父さん・お母さん」

 美月が、さらにニコニコとして言う。

「今度、健司さんを紹介したいの。今度の土日とか空いてないかな?」


「な・・なんだと?」

「あら、いいわね。日曜日なんかどうかしら。」

「ほんと!?ありがとうお母さん。」


 父親の意見を聞かずに勝手に決まっていく。


「いいわよね、


 妻が、ものすごい圧力で聞いてきた。


「わ・・わかった・・・」

 菊夫は、何とか声を絞り出して答えるしかなかった。



 瀬戸美月 24歳。

 父親を納得させるまでは、まだまだ先は長い。

 ちなみに彼氏の年齢は、本人が訪問するまでは秘密にしているのであった。

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