主人公は毎回死ぬ。死と生の廻転輪舞曲

ウロノロムロ

OL さくら

窓から見える空は暗闇に覆われ、

地上に点灯する光だけが煌めいている。


このフロアに居るのは

自分と『さくら』さんだけ。


フロアの電気もほぼ消えて、

明かりが点いているのは

自分達がいる一角のみ。


こんなムーディな夜景が見えて、

美女と二人っきりだというのに、

色っぽい雰囲気は微塵もない。



――残業


オフィスで残業しているだけなのだから、

それは当然と言えば当然なのだが。


パソコンの画面を見ながら

キーボードを打っている自分は、


時々、斜め向かいに座っている

さくらさんが気になって

チラチラ見たりを繰り返していた。


さくらさんは、

そんな自分には全く気づかずに、

一心不乱に仕事をこなしている。


早く帰りたいのだろう……。


そりゃあ、普通そうなのだが、


彼女と二人だけの

この空間と時間が

少しでも長く続いて欲しい、

そんなことを秘かに思っている自分が居る。



さくらさんは職場の先輩で、

自分が新入社員だった当時は

研修指導員でもあった。


初めて会った時、

自分は完全に一目惚れしてしまい、


それからずっと

心の中では想いを寄せている。



さくらさんは、どこか影のある

ミステリアスな美女という感じで、


普段から無口で、

職場の同僚達ともあまり喋らない。


コンタクトレンズにすることはまず無く、

ずっと眼鏡を掛けていて

極力目立つようなことはしない。


美人であるにも関わらず、

まるでわざと地味にしているような、

そんな印象すら受ける。



何度か昼休みに

ランチに誘ってみたことがあったが、


『気持ちは嬉しいけど、

自分にはあまり関わらない方がいいわ……』


そんな風に、体よくお断りされてしまった。


職場の同僚達を含め、

他人とはほとんど接触しようとしない

謎の多いミステリアスな女性だ……。



「さくらさん、

まだ帰れないんすか?」


斜め向かいで、

黙って仕事をしているさくらさんに

勇気を出して声を掛けてみた。


自分の仕事は

もう終わってしまっていたが、


彼女と二人っきりで

少しでも長く同じ空間に居たい為、

まだ仕事が残っているフリをした。


「……ええ、まだ、

帰れそうにないわ……」


こちらを見ること無しに

ノールックで彼女は答える。


「ホントっすか?

自分もまだ掛かりそうです」


何とか、一緒に退社したい。


そう思っていた自分は、

当然、彼女の答え次第で

はじめからリアクションを変える予定だった。



「すいません、ちょっと自分

飲み物、買って来ますんで……


さくらさんも、何か飲みます?」


「……ありがとう、あたしはいいわ」


「了解です、


ちょっと席外しますけど、

オフィスの鍵、掛けないでくださいね」


「……ええ」


そうなのだ。


一見、

他人を拒絶しているように思えるが


彼女の言葉には、

いつも感謝の気持ちやお礼が

必ず含まれている。


本当は優しくていい人なのに

わざと他人と距離を置いているのではないか?


そんな風に思えてならない。


-


「きゃぁぁぁぁぁっ!!」


フロアの廊下で、

缶コーヒーを飲んでいると


さくらさんの悲鳴が聞こえて来る。



ただ事ではない、

直感でそう分かった。



慌てて部屋に戻ると

警備員が彼女に襲い掛かっている。


服の胸元を破かれ、

下着を露わにして、

必死に抵抗している彼女の両腕を


力ずくで無理やり、

強引に押さえつけようとしている警備員。



「おいっ!! お前っ! 何してんだっ!」


想いを寄せている女性が

そんな辱めを受けている。


頭に血が上って、

怒りが抑えられない。


後ろから飛び掛り、

振り返る警備員の顔を

右の拳で殴りつけてやる。


そこで気づく違和感。


この警備員、おかしい。


……目が赤く光っている。



オフィスの暗がりの中、

闇に光る赤い目。


――このままでは彼女が危険だ


咄嗟にタックルして

警備員を倒すことに成功すると、

その後は両者揉み合いとなる。


そこで感じる異物感。


間違いなく腹に刃物が刺さっている……


血が大量に流れているのが分かる。


傷は深い。


――だが、このままでは彼女が危険だ



それは咄嗟の反応だった。


自分でも不思議なぐらいに、

当たり前に体が反応していた。


相手から刃物を奪うと、

何の躊躇いも無く

それを相手の胸に突き刺す。



朦朧とする意識の中で

崩れ落ちて行く自分、


恐怖に震え

声を出すことすら出来ない、

さくらの顔を見ながら。



……死の間際、思い出した。


自分が何者で、

何故ここに居たかを。


「…………さくら……」


安心しろ、

この悪霊は、俺が連れて逝く……。



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