第20話 丘の上のアジサシの巣


「アジサシの巣」と呼ばれる施設は、緑に包まれた段丘の上に立つ白い建物である。近くまで寄ると結構大きくて、表面に白い化粧石を貼ってあるのがわかる。尖塔があり、そこが灯台および礼拝堂になっている。聞いている歴史の割に古い建物とは見えないのは、もとは別の場所にあったのが、灯台を設けるのに合わせてこちらに移ってきたということのようだ。その手前に細長い建物が延びているのは、学校と思われた。

「前に神津に参りました時は」お福が言った。「あまり時間がなく、港に直接乗り込みましたからね」

「ここは寄らずじまい?」

「ええ。流星様のお生まれになった祝いの時に、灘の方様は立ち寄られたやに聞いておりますが、その時は、私はすでにメグ様のおそばにおりましたので」

「どうも、お世話になりっぱなしで」

「いいえ、いいえ、どういたしまして」お福がやっとひょうきんな笑みをくれた。


 ゆるやかな坂を登っていくと、石を積んだ塀があり、その前にいずれも簡素な衣装を着た人影が迎えに出ていた。全員が年配の女性だった。責任者だという銀髪の女、彩文が前に出て丁重に挨拶した。

 しかしそれの終わった途端、控えていた他の神職たちと子供たちが飛びだしてメグたちをとりかこんだ。大はしゃぎでくちぐちに歓迎の言葉をのべる。

「よくぞ、はるばるきてくださいました」

「さあさあ、あちらに茶など用意いたしました。さぞ喉も乾いておられるでしょう」

「お腹は空いておられませんか」

 さすがにべたべた触ることはなかったが、子供たちは引っ張るようにして学校へとメグたちを連れて行こうとする。貴人を迎えるより女優を間近に見て喜ぶような様子に、メグも楽しくなってしまって、案内されるままにゆるゆるとついて行った。

 城からついてきた計四人の護衛たちも、同様に大歓迎され、さっさと武装解除されてしまっている。

 緑の丘を歩いて建物へと向かう。特に舗装されているわけでなく、人の踏み固めた後がそのまま道となっていた。メグは土の上を歩くのが嬉しくて、一歩づつ踏み締めて歩いた。目の隅に黒狐が見えた。メグに黙ってうなずいた。ここにいる人々から殺気は感じないということのようだ。子供に囲まれるのは無事回避したらしい。

 

 平屋の建物に着くとメグは急な訪問をわびながら、「アジサシの巣」の環境をほめ、そして生活の様子について尋ねた。彩文は気遣いに感謝しつつ、「ときどき里の者たちに子供たちの様子を見せたりもします。その折は丘の下までにぎやかになります」などと明るく言い、以前にメグの母が訪問した際の話などをしてくれた。

 語尾の柔らかな喋り方は、メグの母と似ている。双樹の、それも中心部の出身者なのだろう。ただし祈祷所に限らず宗教施設に双樹の者がいるのは、当たり前であって珍しくはない。

 建物の周囲には山羊や牛がのんびり草を食み、そこから降りる途中にはよく手入れされた畑もあった。メグたちを不審に思ったのか、敷地内に子羊が侵入してきた。お福がそれを認め、「おや。元気そうですね。今日はよろしく」

「羊もいるのですか」メグが聞くと女たちは一斉に笑顔になった。

「実は、この羊たちは、姫様が未姫の称号を得られた際、鳳鳴公からわれらに下された祝いによって購った羊の子孫にあたります」と説明された。

 アジサシの巣の前身となる祈祷所は、かつては崖の下の目立たない場所にあった。メグの祖父のさらに祖父にあたる鉄鷲公が同盟者の裏切りにあった際、ここに隠れて追手をやり過ごしたという伝承があるという。その縁で祖父が寄付をしたようだ。

「そうですか。いつまでも似たようなことばかりやってる血筋ですね」

 そうメグがつぶやくと、孔雪としてはめずらしいタイミングで口をはさんだ。

「鉄鷲公の挿話をお聞きになったことはございますか」歴史好きの彼女の従兄弟が公についての伝承をよく口にするのだそうだ。

 「うーん、お爺さまによるとね、意思が強く勇敢な人だったって話がたくさん伝わるけど、本物は冗談ばかりの面白い人だったって。お爺さまがわたくしにされたように、昔の失敗話を一杯してくれたそうです。あ、それと公のお姉さまが、毒に詳しい方だったの。出された食べ物の色から毒入りなのを見破り、弟の窮地を救ったそうよ。わたくしもその真似をしたかったのだけど、だめですねえ」

「いいえ、すでに姫ご自身とわれわれをお救い下さいました」

「そうかしら」メグは頭を傾けた。「そうだといいけど」


 全体で三十人はいる子供たちの中には最初、恥ずかしいのかメグたちを遠巻きにしている子もいた。だが、一行がやさしげな女ばかりなのに安心したのか、次第に距離が縮まってきた。

 見るからに活発なお蘭には、その雰囲気を好む子供らがついて回っているし、控えめな衣装から美貌のこぼれる美歌を、魂を吸い取られたかのように男の子たちが見上げている。

 品は良くても冷たさはなく朗らかなメグの周囲には、だんだんと年少の子供たちが集まりはじめ、彼女の愛想の良さにうちとけて、自分たちが手伝って植えた花壇や豆類、蔓植物などの披露をはじめた。

 まだほんの小さい女の子がメグの前に立ち、もじもじしている。メグが微笑みかけると、両手を突き出して小さな芋のようなものをくれた。

「まあ、ありがとう。あなたが育てたの」メグは膝をついて、彼女に語りかけた。少女は嬉しそうにうなずいた。名はマルというのだそうだ。

「これは焼くのかしら、蒸していただくのかな」尋ねられ、マルは考え込んでしまった。

「どちらでも食べますが、このあたりだとよく、貝や魚と一緒に煮たりします。崩れにくいものですから」

 後ろにいた男の子が助け舟を出した。流星と似た歳格好をして、こちらも利発そうだ。

「まあそう、美味しそうね。あなたはこのマルさんのお兄様?」

「いいえ、家が近所なだけです」

「お名前は」

「ゼン、と申します」

 手洗いを借りていたお福がそばにやってきた。「あら、黄芋。なつかしい。わたしの里でもよく食べております。身が美しい黄色なのです」

「お礼をしたいのになにもできない。蜻蛉丸と橘に来て貰えばよかったですね。あのすばらしい芸を披露してもらえば、子供たちもさぞ喜んだでしょうに。子供に占いというのもなんだし」

「いきなりお蘭の手裏剣打ちを見せるわけにもいきませぬし。そうですね、黒狐は、なにかできないでしょうか。お蘭と模擬試合とか」

「それ、もっとやばくない?」

「もっともです。互いに真剣になって血の雨が降りそうです、前言訂正。やめておきましょう」


「まずお茶なりと。そのあとは、粗末なものしかございませぬが、この地でとれた野菜に、目の前の海の魚を煮たものなどを準備させております。灘の方様がおでましの折にも、お出しいたしました。鄙びた味で土産話にはなりましょう」

 彩文のこの言い回しも、双樹風だなあとメグは思っている。いい香りが漂っているのは、食事を調理中のためらしい。

「少々場所をお教えいただきたい」つかつかと近寄った、子供みたいな孔雪がいきなり聞いたので、副所長にあたる中年女性、沢鷹が手洗いを教えようとした。

「今日は念には念を入れて掃除しておりますので、遠慮なさらずごゆるりと」

「いえ、違うのです。神津の船着場へ渡るのに、最も近い道を知りたいのです」

「ごめんなさい。船着場ですね。お急ぎでしたら、この先の入江にはしけをとめてあります。それをお使いになれば、ほんのわずかです」

「はしけを」孔雪のつぶやきに連動するかのように、窓からのぞいていた黒狐の姿がふっとどこかへ消えた。確認に行ったのだろう。

「さあ、さあ」彩文が楽しくて仕方ないという顔をして子供たちにも声をかけた。「まず喉を潤されて、そして昼餐といたしましょう」

 メグたちは花壇の横に設えられた大きなテーブルに向かった。飲み物が並べてある。そこを目掛けて、所員と歳上の子供たちが奥から次々と皿や鍋を運んでくる。

「ひとまず、お言葉に甘えましょう」メグが言って、一行も席に座った。


 にぎやかな昼食が済み、子供たちとのおしゃべりを楽しんだあと、メグは沢鷹の操る小舟に乗って港へと向かった。船を確認するためだ。ここに一泊し、暗いうちに船の目眩し機能を利用して出国することを考えているが、その前に城からついてきた護衛をなんとかしなければならない。

 黒狐に彼らの処遇を聞いてみたところあっさりと、

「あの人数ならそのあたりで始末できます」と恐ろしいことを言ったので慌てて止めて保留にした。メグたちが消えても、彼らがきびしく叱責されない言い訳を考えてやらねばならない。

 

 メグたちは神津の港まできた。丘の上から見えたのより、ずっとたくさんの船が停泊している。ただ、舟は多くても中ノ津の港よりゆったりした雰囲気が漂っているのは、基本的に商業港ではないからだろう。

「まさしく、金持ちの保養地にございますね」とお福は右手で船を指した。

「悪趣味極まりない。昔はあんな船、考えもしませんでしたよ」

 そこは派手な装飾のある船ばかりが集まっていた。黒地に金の帯の入ったひときわ立派な船については、アワビなどの養殖業で成功した商人の所有であると沢鷹が教えてくれた。他も持ち主の身の上は似たようなものだそうだ。「例の貿易連盟というのも、こんな商人の集まりなのでしょうね」と、孔雪がささやいた。「悠々としているようで、利に敏い」


 沢鷹を置いてメグとお福と孔雪、そして黒狐は港を歩き続けた。商店の並ぶさまを横目に歩んでいくと、外見の似た木造の小屋が並ぶところへ出た。人影はあまりないが、しきりに物を叩くような音、鋸を引くような音がしている。修理や部品づくりの業者が固まっていると思われた。

 修理のためなのだろう、陸揚げされてある船もある。メグは立ち止まってはじっくりと観察した。船の底をじっくり見るなど初めてだ。お福も面白くなさそうな顔をしながら「おそらく、近海で漁をするための舟でしょう、こっちは観光用」など解説をしてくれる。

 黒狐が先導する形だが、とぼとぼ面倒くさそうに歩く。江津に来る前によくやっていた、年寄りのふりである。しかしいきなり、「港番らしいのが、どこかへ報告に行きましたな」と、立ち止まらずに言った。

「港番って、なんです」孔雪が聞いた。

「この港にも人の出入りを監視する番人がいます。中ノ津とは異なり、普段なら揉め事でもなければ出てこないのでしょうが、いまは時期が時期ですから、見慣れない我々を目に留めて、役人か沿岸警備の軍でも呼びに行ったのではないかと」

「相手をするのは面倒ですね」お福が言うと、「そうなればとりあえず、わたしが相手をいたしましょう。お福様は船にご集中下さい」孔雪が平然と言った。

「あなた、中身はともかく見た目は子供ですよ」

「黒狐による斬殺死体を片付けるよりはいい手です」と気にしない。

「いくらなんでも、いきなりそんなことしません」

 そのまま一行は、奥まった入江を利用した停泊所へ向かった。。

 

 手前に四角い小屋があった。下調べしていたという黒狐が、「あの小屋がそうです。奥にあるのが例の船のはず」と言った。

 岸の奥に簡単な屋根のかかった仕切りがあって、中は見えない。手前に小舟が繋いである。屋根や壁の手入れはされているし、周囲も片付けられている。全体に、だらしない感じはなかった。

 ただお福は、「このあたり、以前とずいぶん変わった気が」と言って立ち止まった。「前はもっと静かというか、風雅な感じがしたはずなのに」

「景気が良くなったのでしょう」と孔雪が言った。「成金の船もありましたし」


 小屋の前には、底の平べったい船が台に置かれ、手入れを受けていた。

 誰かが船の中に座り込み、作業している。メグたちに気がついたのか、

「いまは手一杯でね。修繕の仕事なら、すみませんが他に」と、声がした。

「ここは、修理をやっているのですか?」メグが聞いた。 

 声の主が顔を出した。痩せた年寄りの男だった。身なりの悪くはない女が三人、突っ立っていたのに面食らったようで、「あいすみません、今のところ湾内遊覧はやっておりません」と言った。

 お福が前に進み出た。「御用を頼みに参上しました。『盟約によりて船の譲渡を要求す。こちら船にすまう妖精に祝福された者』で、よろしかったかしら」

 中腰だった年寄りは立ち上がった。口を小さく開いている。

「失礼ながら、あなたがたは」

「この後に及んで素性を聞くとは失敬な。ここにおいでの方の身分の想像はつくでしょうに。私の顔を覚えていないのは、頭巾に隠れていたので当然ですが」


 しかし、「おい、そこのおんなども」と呼ぶ声がお福のやりとりを中断した。

 船着場の方から歩いてきたのは、五人ほどの男だった。防水のきいた青灰色の衣服から海軍の沿岸部隊所属なのが見て取れた。さらに警らを意味するえんじ色の帯を腰に巻いている。海軍の発達した江津の国は、水に近い場所では軍が警察任務につくことがあった。彼らもその一隊だ。階級章から一人だけが士官だとわかった。その男はかなり高圧的に、「ただいま港は全域に渡って警戒中だ。身元を明かせ」と要求した。目立たない格好のメグ一行は富者には見えず、豪華船の所有者とはまず思えない。そのために、舐めてかかられたようだ。

 

 黒狐がいつのまにか兵士たちの後ろに回っている。人前で見せる年寄りじみた歩法だが、目つきはあまり平和的とは言えない。急ぎ孔雪が出て行った。

「こんにちは。私たちは、セイドリック流星殿下のお招きでこの地に参り、アジサシの巣を訪問しています。ここにきたのは遊覧船への乗船を希望したからですが、今は船を出すことはできないという説明を聞いたところです」

「もっとましな女はおらんのか。子供には用はない」兵の一人が、殿下という言葉を無視して言った。後ろの男たちがにやにやした。

「おい、そこの女」隊長と思われる唯一の士官が言った。

「お前が答えろ。子供じゃだめだ。お前もそうとうな子供だがな」

 じろじろとメグの胸元を見たのは、彼女に呼びかけたつもりらしい。


「わたくしが」と名乗り出たお福に隊長は、「ばばあはいらん」と、せかせか手を振った。

「へっ、わたくし?」メグが自分で自分を指差した。

「そうだ。胸はなくとも若いぶんだけ許せる。なんならあっちで茶の相手をしろ。しかし腰もまだ細いな。この際、ぜいたくは言えぬが、それにしてもな」にやつく隊長と兵たちの言葉の意味を理解できないままメグは、「そうですね、えーっと、先ほども言った通りわたくしたちは…」と、言い訳を捻り出そうとした。男たちは依然笑っている。

 主人への無礼な態度に、顔面に朱を注いだお福が前に出るのを制した孔雪は、

「ならばこれをご覧あれ」と、首に下げた袋から大事そうに取り出した長方形の札を示した。

 つまらなそうにのぞきこんだ隊長は、しばらくぼんやり見つめていたが、いきなり目を見開き、凍りついたように動くのをやめた。額に汗の玉が吹き出した。

「わかってもらえましたか。言葉に嘘はないことが」

 隊長はそれでも、力なく抵抗した。「ほ、本物かどうか、ここではわからぬ」


「お城に照会しても構いませんが」孔雪は憎たらしいほど平然としている。

「われわれが無駄な時を費やし予定変更となった場合、責めはすべて貴官に負っていただきますよ。こちらだって時間をやりくりし、折角の機会を生かそうと、ここまできたのです。それでも邪魔をするおつもりですか。いいでしょう」子供にしか見えない女は冷たく言い放った。

「あなたの照会の結果、われわれに折り返しの確認がくれば、女をバカにし下に見る無礼で不快な兵に言いがかりをつけられたとはっきり伝えることにします。するとおそらく、その日のうちに貴官は城に召喚され法務、内務、外務それぞれから長い長い査問を受ける。締めは海軍卿でしょうか。先日、出産を控えたご長女への安産祈祷を我が主人に懇願され、こちらの予定を組み替え無事に済ませたところです。一門総出でお喜びでしたから、さぞ念入りにお調べ下さることでしょう。結果、貴官は間違いなく職務態度の誤りを指弾され地位を剥奪される。もちろん、それではすみませんよ。恩給もなくなり、下手すれば罪に問われる。あっ、一人ではないですよ。後ろでへらへら笑う下品な部下たちも条件は同じ。そういえばつい最近、似た無礼を働いた役人が、あやうく一族揃って鉱山での終生強制労働に追いやられるところでした。その者たちは、わが主人にいやらしい視線を向けなかったため、かろうじて首の皮一枚つながった」


 一気にそこまで言い放って孔雪は隊員たちを見た。彼らはようやく自分たちが非常にまずい状況にいることに気づき、そろって顔が白くなっていた。「いいですか、さっきの己の態度を振り返ってみなさい。その上で、われわれを止める覚悟はおあり?見たところ新兵ではない。各自それなりの期間、軍においでの様子。なら、賓客への対処を誤った兵の身に起きた悲しい運命について、見聞きした経験はあるでしょう」

 黙り込んだ隊員を横目で見た隊長は、それでも悔しそうにメグたちをもう一度睨もうとした。だが、孔雪が鼻を鳴らしたのを耳にすると、首筋にすごい力を入れて目を逸らし、顔を伏せた。そしてそのまま深々と礼をし、身を翻し、停泊中の船を目指し、うつむき歩き去った。他の兵たちも黙って続いた。

 

「あっという間に、誰もいなくなりましたね」メグが言った。

「はい」孔雪はうなずいた。「権威を笠に着たいやらしい行為との自覚はあります。ありますが、愚か者が相手では当初からこれぐらいかまさないと、事態は悪化するばかりというのを先日来私も学びました。そうそう、兵を呼んだ番人も消えましたね。逃げ足が早い。しかし、名高い江津の海軍にしては、信じられぬほど意識の低い連中でした。私、最後にメグ様を睨みつけたら、即座に報告してやるつもりでしたよ」

「では、もう忘れるということでいいですか」

「いいえ、姫を下品な目で見、あまつさえいかがわしいことを口走った非礼について、あとで必ず厳罰を求めておきます。江津の国の北端には、冬の寒さの有名な島がありましたね。異動ぐらいで許しておきましょうか。あんな人間は近くに女がいるから、間違いを起こす。たったひとりの灯台守もロマンチックですよ。あ、女はいなくても雌狼はいるか」

 出番をとられたお福は黙っていたが、出したものを袋に戻そうとしている孔雪に、「それ、なんでしたかね」と、言いかけて「あ、そうでした」と納得した。

「金符ですね」メグが言うと孔雪はうなずき、光る板に一礼して袋へと戻した。

「面倒なので流星殿下の名をお借りしましたが、本来は美里公直々に賜りましたから」

 孔雪が兵たちに見せたのは、国賓に対し不逮捕をはじめさまざまな特権が付与されているのを示す割符だった。これがあれば、国主による公式の撤回令がないかぎり、江津国内のすべての場所においてフリーハンドでいられる。メグたちが怪しまれ留置場に入れられた事件のあと、最初に美里公に会った際に謝罪とともに渡されたものだ。

「時間をとりました。さっと用件をすませましょう」と、孔雪はまたさっきの老人のところに向けてトコトコと歩き出した。

「ま、本来は感情の大変豊かなお嬢さんです。ご容赦を」と、黒狐が言うとメグは、「そう、そこがいいところです」と、同意した。「ただ、あまり怒らせないようにしないとね」三人はうなずきあい、小柄な影を追った。


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