親友の彼氏は、私の元彼!?

結羽

第1話 過去の恋には苦い思い出ががつきまとう。

 早見結衣は大学のカフェテリアにいた。

この時間に取っている授業はなく、別の授業を取っていた親友を待っていたのだ。

お互いに別の授業を取っている時はこうしてカフェテリアで待っているのが常だった。


 眺めがいいことが売りのここのカフェテリアは結衣のお気に入りの場所だ。

窓際の席で熱い珈琲を飲む。

腰まで伸びた長い黒髪が揺れる。


「結衣!おまたせ!」


 結衣の親友、長谷川奈緒。

明るい声でこちらに向かってくる。

背を向けて座っていた結衣は振り返り、少し驚く。

奈緒はひとりではなかった。


「彼とそこで会ったの、今月から彼もこっちのキャンパスなんだって」


 奈緒に彼氏がいるのは聞いていた。

同じ大学だけど、別のキャンパスにいると。

でも、まさか。


「友達と一緒だったんだけど、結衣に会わせたくて連れてきちゃった」


 奈緒と一緒に二人の男子学生がいた。

目が合うがすぐにそらされる。

奈緒が片方の腕を取り引き寄せた。

短髪の爽やかな青年だ。


「こっちが私の彼氏!相田彼方くん」


「……はじめまして」


「早見結衣です」


 言葉短な挨拶。

なんと言っていいのかわからない。

もうひとり、長髪を後ろで小さく結んでいる。

ニコニコと人懐こい笑顔で、なんというか女性と接することになれていそうな感じ。


「俺は蓮見葵です。よろしく」


 4人かけの丸テーブルに3人が座る。

結衣の左には奈緒、右には葵、正面には彼方がいる。

ふたりは先に座っていた結衣の傍らにあるものを見て一瞬表情を止めた。

前腕固定型の杖、よく見かける上部に前腕を支える輪があり少し下にグリップがついている杖だ。

よく見れば結衣がやや右脚を投げ出して座っているのがわかるだろう。

もちろん奈緒は知っている。


「聞いても大丈夫?」


 最初に口を開いたのは葵の方だった。

視線は結衣の足元を見ていた。

彼方はただ結衣を見つめていた。


「うん。昔、事故ってね。杖つかなきゃ歩けないの」


 好奇の目に晒されるのには慣れていた。

それでも、普通に聞いてくれる方がありがたい。


「そうなんだ。痛んだりするの?」


「普通に生活してる分には大丈夫」


 ゆっくりしか歩けないけど、それでも普通に生活することはできる。

時々、痛むこともあるけれど無理をしなければ、大丈夫だ。


「結衣ちゃんと奈緒ちゃんは大学で知り合ったの?」


 奈緒とは入学してすぐに知り合った。

まだ知り合いもいない頃、結衣は階段でよろけて荷物をぶちまけてしまった。

チラチラ見てる人はいるが、誰も助けようとはしない。

狭い階段で、不自由な脚で、散らばった荷物を集めるのは正直大変だ。


 好奇の目で見てる人たちに「手伝って」と言うのも癪なので、ゆっくりと荷物を拾う。

バランスを崩さないように少しずつ。


「大丈夫?」


 そんな中、たったひとり声をかけてくれたのが奈緒だった。

荷物を拾うのを手伝ってくれて、立ち上がるのも助けてくれた。


「奈緒だけだったのよ。あの時、助けてくれたのは」


 一年ほど前の出来事を思い出す。

あれから同じ学部の新入生だとわかり親しくなったのだ。


「あれはさぁ、ひどかったよ本当に!荷物散らばってたのに誰も手伝わないんだもん」


「まぁ、私も助けを求めれば良かったんだけどさ」


 正直なところ、障害者に声をかけるのはなかなか勇気がいる。

もし余計なお世話だったら?そう考えるとつい腰が引ける。

関わらない方が楽だ。

結衣自身、自分がこうならなかったらそう思っただろう。


「へぇ、奈緒ちゃん優しいんだ」


「こんなの普通だよー」


 ふと視線を感じて前を見る。

先程から全然会話に入らない彼方と目があった。

明らかに目が泳いでいる。


「相田くんと蓮見くんはもともと友達?」


 不自然過ぎない程度に話を振る。

彼方はハッとして会話に入る。


「……いや、俺たちも大学からだよ。同じ授業取ってることが多くて、いつの間にかつるんでた」


 奈緒と葵くんも今日初めて会ったらしい。

ふたりはよく喋って場を盛り上げている。


「せっかくだから、今度みんなでご飯でも行こうよ」


 奈緒の提案でそれぞれ連絡先を交換した。

それぞれ次の授業が始まる。

後で連絡を取り合って日程を決めることになった。

結衣と奈緒が先に席を立つ。


「じゃあ、またね」


 手を降って、ゆっくり歩き出す。

奈緒はいつもペースを合わせてくれる。

彼方と葵の視線を背中に感じて、奈緒と小声で話す。


「やっぱ、気にしてるよね。足のこと。視線が痛いんだけど」


 苦笑しながら言う。

別に嫌な感じはしないけど、やはり気は使うのだろう。


「最初だけだよ。彼方くん優しいもん!」


「はいはい、奈緒の大好きな彼方くんだもんねー」


 奈緒は本当に彼方のことが好きみたい。

普段から惚気話も多い。

そんなふうに人を好きになれること、羨ましいなんてひっそりと思っていた。

だけど、その相手が彼方だったなんて知らなかった。

まさか、こんな偶然があるなんて。

彼方は高校の同級生で、元カレだ。

結衣は高校の途中で転校している。

そして、大学でこの街に戻ってきていた。

それ以来の再会だ。

彼方との恋は結衣にとって苦い思い出がつきまとう。


 そして、奈緒――。

彼女の反応からして、結衣と彼方の関係は知らないのだろう。

彼方が初対面のふりをしたことからも明確だ。

彼氏の元カノが自分の親友だったなんて知ったらどう思うだろう。

隣で何も知らずに笑う彼女に罪悪感が浮かぶ。


「結衣?どうしたの?」


「なんでもないよ。行こっか。授業遅れちゃう」


 先に立って歩く。

カツンと杖をつく音が響いた。

もう慣れたはずだった耳障りな音がいつもより耳につくことに気づかないふりして、歩を進めた。

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