第八話 鞘当て

「ネシア隊通信途絶! ストライカー隊の損耗五割を超えました!」


「レファーソンより自航不能との報告! 隊列から落伍していきます!」


「馬鹿野郎! たった一機にどれだけの醜態をさらせば気が済むのだ! 火力を集中しろ!」


 ノレド帝国第七機動艦隊の旗艦、"プロシア"の艦橋は阿鼻叫喚の様相を呈していた。航空参謀が額に青筋を浮かべて叫び、通信主が次々と耳をふさぎたくなるような報告を上げる。

 そんな中、艦隊司令でありノレド帝国の第十三帝姫ヴァレンティナ・トゥス・アーガレインが静かに司令席から立ちあがった。

 

「これが"凶星"か。なるほど、噂は誇大ではなかったらしい」


 一個艦隊がたった一機のストライカーに手玉に取られるという異常事態にも関わらず、その顔には心底愉快そうなが浮かんでいる。

 

「殿下……?」


 眼鏡をかけた参謀が、いぶかしげな表情で聞く。

 

「この窮地を脱する妙案を思いついた」


 カールのかかった豊かな金髪をかき上げ、堂々と言い放つヴァレンティナに、参謀が血相を変えた。

 

「まさか……いけません! 殿下!」


「一騎打ちだ! わたしが愛馬を用意せよ!」


「駄目です、殿下! それはなりません! 殿下! 殿下ぁ!」


 それから数分後。いまだ敵ストライカーと激烈な宇宙戦を演じていた"グラディウス改"のコックピットで、シュレーアが不審の声を上げた。

 

「敵が……退いていく?」


 あれほど熾烈な攻撃を仕掛けてきていた敵ストライカー部隊が、まるで潮が引くように後方へと下がっていく。対空砲火もすっかり停止し、"グラディウス改"は完全にフリーな状態になっていた。

 

「チャンスですが……あまりに不自然ですね。戦域からいったん離れた方が良いのでは」


「いや……何か来るっぽいですよ」


 そう言って輝星が漆黒の宇宙に浮かぶ真紅の巨大戦艦を指さす。シュレーアがそちらに目をやると、一機のストライカーがカタパルトデッキから射出された。その機体はスラスターを焚きながらこちらに接近してくる。だが、被ロックオンを知らせる警告音は鳴らない。

 

「かの高名な傭兵、"凶星"殿とお見受けする! 提案がある、いったん矛を収めてもらえないか」


 公開回線オープン・チャンネルによる呼びかけが、スピーカーから聞こえた。その言葉の意味を脳内で咀嚼するより早く、シュレーアは頭をハンマーで殴られたような精神的衝撃を感じる。

 

「黒金のストライカー……皇族機!?」


 そのストライカーは、漆黒の塗装に金の流麗なエングレービングが施された豪奢な機体だった。手には馬上槍を思わせる武装を携えており、只者ではない雰囲気を醸し出している。

 

「皇族? というと……なんです、帝国のお偉いさんが乗っていると?」


「ええ。あの塗装は皇帝に連なる者の乗機にしか許されていないものです。まさか皇族が座乗していたとは」


 思わぬ大物の登場に、シュレーアが顔を引きつらせる。彼女自身も皇族には違いないが、帝国とはあまりにも国の規模が違いすぎる

 

「なるほど。しかし提案ねえ……で、どうします?」


「どうするもこうするも……」


 ちらりと視線をくれる輝星に、シュレーアは口を一文字に結んだ。

 

「……とりあえず、話だけは聞きましょう」


「了解」


 頷いた輝星がコンソールを操作する。

 

「こちら、"凶星"こと北斗輝星です。要件を聞きましょう」


 そう言ってから、フォトンセイバーと対艦ガンランチャーをハードポイントへ収納し両手を上げさせた。

 

「感謝する。顔を合わせて話がしたい、コックピットハッチを開けてくれ」


「……了解」


 シュレーアに視線で確認を取ってから、コックピットハッチを解放した。二人ともヘルメットなど被っていないが、パイロットスーツの生命維持機能により周囲にはエア・フィールドが展開しており、空気が抜けて窒息などという事態は起こらない。

 黒金のストライカーはまっすぐに"グラディウス改"に接近し、その両腕を掴んだ。そして自らもコックピットハッチを開ける。

 

「ノレド帝国、第十三帝姫のヴァレンティナ・トゥス・アーガレインだ」


 コックピットの中から出てきたのは、金髪の妙齢の美女だった。輝星は自身もコックピットシートから体を離し、展開したハッチをタラップ代わりにして機外へ身を乗り出した。

 

「ドーモ、北斗輝星です」


「いやはや、腕前もそうだが容姿のほうも噂以上だな。本当に男が乗っているとは思わなかったよ」


「腕はともかく顔は褒めても何も出ませんよ」


 自分よりも頭一つ以上高いヴァレンティナを見上げつつ、輝星が肩をすくめる。その顔に照れはない。ヴルド人の女性は、その偏った男女比率から地球人テラン男性以上に異性に飢えている。この程度の口説き文句など、耳にタコができるほど聞いているのだから今さら何の感情を抱くこともなかった。

 そもそもヴルド人女性は凄まじく身体能力に優れているのだ、下手に体を許せば貧弱な地球人テランなどあっという間にぼろ雑巾にされてしまう。輝星も健全な男だが、そういう・・・・関係になれば死ぬよりひどい目にあうことが分かり切っている相手に手を出そうなどという気は全く起こらないというのが実際のところだった。

 

「ははは、身持ちが固いな。ますます魅力的だ」


 破顔してから、ヴァレンティナは輝星の後方に目をやる。体を起こしたシュレーアが、射殺さんばかりの眼光を彼女に向けている。

 

「ところで、そっちのは何だ?」


「ッ……! シュレーア・ハインレッタ、あなた方の卑劣な侵攻を受けているこの国の皇女です!」


「うん? ああ、聞いたことがあるような気がする。今の今まで忘れていたが」


 あんまりな言い草に、シュレーアがギリリと歯を鳴らした。輝星の肩を引き、自分の後ろへ押しやる。彼を守るようにヴァレンティナの前へと立ちふさがった。

 

「いや、あの、雇い主が前へ出ちゃまずいのでは」


「男性の背中に隠れていたとあっては女が廃ります!」


「今の今までその男の操縦するストライカーにただ乗っていただけの女が言う言葉か? そういった女を世間ではヒモと呼ぶのだ、覚えておくがいい」


 余裕しゃくしゃくの表情でそんなことをのたまうヴァレンティナに、シュレーアは半ば本能的に腰のホルスターからリボルバーを抜いた。

 

「ふん」


 それとほぼ同時にヴァレンティナも神速といっていい速さで自動拳銃を抜いた。お互いに拳銃を向けあい、剣呑とした空気が流れる。

 

「やめてくださいよ! 話し合いに来たんでしょうが」


「くく。確かに淑女たるもの男の前で血は見せるべきではないな。謝罪しよう」


 ホルスターに銃を戻し、手をひらひらと振るヴァレンティナ。シュレーアも不承不承、それに続く。

 

「さて、前置きが長くなったが本題に入ろうか」


「……そうですね。どういった要件なのです。聞くだけは聞いてあげましょう」


 額に青筋を浮かべたまま聞くシュレーア。

 

「ああ。端的に言えば、一騎打ちのお誘いだ。わたしと輝星のな?」


「やっぱり? いやあ帝国のお偉いさんもなかなか根性があるなあ」


「輝星さん!」


 非難がましい声を上げるシュレーア。それを見てヴァレンティナがクツクツとくぐもった笑い声をあげた。

 

「根性がある、か。やはりきみは面白い」


「そりゃあそうでしょう。殺す殺されるの現場に上の人間がわざわざ出てくるなんて、なかなかの酔狂ですよ」


 指揮官先頭を重視するヴルド人は前線で指揮官同士がぶつかることはままある事態だ。ただ、それにしてもヴァレンティナは輝星が圧倒的な実力をその眼で見ているはずなのだ。にもかかわらずこうして全く臆さず自ら前へ出るなど、相当に肝が据わっていなければできないだろう。

 

「何、帝姫たるもの貴種の義務ノブリス・オブリージュは果たさねば下々に示しがつかないからな。それに……」


 ニヤリと笑い、ヴァレンティナはつづけた。

 

「輝星、きみは敵をできるだけ殺さないように戦っている。違うか?」


「あ、わかります?」


 ヴァレンティナの問いに、輝星はあっけらかんと答えた。シュレーアが思案顔になり、「そういえば」と小さくつぶやく。

 

「ストライカー相手にはエンジンを狙い、コックピットには傷もつけない。対艦攻撃にしても弱点の艦橋を狙わず、乗員のいない推進ブロックのみの破壊で無力化を狙ったな? 露骨といえばあまりにも露骨、わからないはずがないさ」


「人が死ぬ所を見るのが大嫌いなもんでね。こういう仕事しててなんですけど」


「エレガントだ。まったく、惚れ惚れするな。どこぞの姉とは大違いだ……」


 最後の言葉は小さく、輝星に言うというよりは独り言のようだった。

 

「というわけで、わたしは自分の命のことはあまり心配していない。それより、きみを無傷で倒せるかが心配だがね」


「不殺は俺の勝手な縛りですよ。そんなことは気にせずに全力で戦えばよろしい」


「いや、そういう訳にはいかないのさ。なぜなら……」


 ヴァレンティナは艶然とした笑みを浮かべた。

 

「わたしがこの勝負に勝った時は、きみを婿にもらうつもりだからね━━」

 

 

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