「どうして――なんでだよッ」

 思わずそう叫ぶ。エリナはそんなおれの叫びは無視して、おれの目の前まで来た。

「くそッエリナ――お前、なんでッお前の母ちゃんはさっき――」

 おれはそう変わらずに叫ぶように言ったけど、エリナはそれを遮るように――くぐもった声で言った。

『あきらめたでしょぉ?じかん、ぎれぇぇぇ』

 その言葉を聞いた瞬間、身体から何かを奪われるような――激しい消失感を覚えた。エリナの真っ黒いその瞳が、おれの身体を貫くように見据える。

「くそッくそがッ」

 そう叫びながら玄関を飛び出す。確かに――何か大切なものを奪われているような、そんな感覚だった。そう――運を今――吸われているような――削られているような――。

 西野はッ?あいつは大丈夫なのかッ?

 どれだけ運を削られているのかわからないけど、とりあえず愛車に乗って逃げるしかない。西野に電話して、ケータイを肩と耳で挟む。

 同時に、愛車に跨がって発進した。どこへいけばいい。とりあえず国道沿いへ出て少しした時、電話が繋がる。

「西野ッ」

「もしもし、市井くん?」

 きょとんとした西野の声。

「お前――今どこに、どこにいるんだよッ今エリナがおれんちに――呪いは、呪いは終わったんじゃねぇのかよッ」

「どこって――……だよ」

「え?」

 風切り音で言葉がうまく聞こえない。速度を少し落として更に強く挟む。

「どこだよ!?」

「だから、家だって」

「家――ッ?」

「うん」

 すぐに西野の家方面へ進路を変える。

「家って、お前ブルプラのことがあるから――帰れないんじゃなかったのか」

「うーん、まぁちょっと事情が変わってね。そういうのどうでもよくなっちゃって」

 投げやりな西野の態度。混乱する。なんだ、なにがどうなったんだ。どうでもよくなった――何が、何故――。

「どういうことだよッ西野ッお前、まさか――やっぱり呪いが解けてねーってことかよッ」

「――…」

 西野はおれのその言葉に即答はしなかった。

「おい、西野ッ」

「――――――…だったんだよ」

「え?」

「捜して連れていくのは、母親とその彼氏だったんだ。あ、市井くんが玉を潰した方じゃなくて、捕まってる方ね」

「――はッ?」

「だから、母親を連れて行っただけじゃ、呪いは解けないんだ」

「お前そんな大事なことを――」

 今、西野がなんでエリナの母ちゃんに彼氏のことを聞いていたのか理解した。そして、初めてエリナの母ちゃんの彼氏は捕まっていると報告した時に、それを確認したことも。

 少しの沈黙が続く。西野の家の前まで着いたので、おれは愛車を停めて跳ねるように飛び降りて、西野の部屋へと進む。

「あ、バイクの音した。無事に着いたんだね」

「西野お前、何を呑気なこと言ってんだッ。どうするんだ、ここで諦めるのかよッこのまま呪いで死ぬなんて、それでいいのかよッなんかねーのかッ」

 おれがそう叫ぶと、西野は少しくすっと笑ったような気がした。

「お前――」

 花ちゃん――そして亮介、ヤマ――。お前らの言っていたことは――。

「市井くんは、最後まで本当の私に気付かない、疑わない――鈍感な人――ううん、違う。純粋な人だったね。私の噂を聞きながら、私にここまで優しいの柊くんと市井くんだけだもん。本当に惚れちゃいそうになっちゃった」

「何を言ってんだよ、西野、呪いはまだ――」

 そんなおれの言葉を、西野は遮った。

「ああ、ごめん。言い方悪かったよね。エリナが求めたのは、私が母親を連れてくること。市井くんは彼氏を連れてくること。だから、私の呪いはもう解けてるんだ。市井くんは最初から彼氏を連れて来ないとだったから、実はずっと地味にだけど呪い発動までの時間が削られてたんだよ。市井くんは本当に凄いよ、唯一のヒントである夢は彼氏を捜すんだから彼氏の夢ばっかりだったのに、それでお母さん捜しちゃうんだから!しかもこんなにあっりと!」

 そこで西野は明確にくすりと笑う。おれはその意味を考えるのに必死で、言葉は出せなかった。そんなおれには構うことなく、西野は続ける。

「この前、霊感のない市井くんがエリナ見たって言ってたでしょ?それがリーチ。さっき終わったと思って捜す気無くなったでしょ?それで一発ロン!麻雀わかる?そこで、完全に呪いは発動したってわけ。まぁ、彼氏連れてくるなんて知らなかったもん、しょうがないよね。エリナも酷だよ、もっとちゃんと明確に市井くんに伝えればよかったのにね。でもまぁ霊感がないからなぁ――しょうがないっかぁ。あ、エリナが二中の子と会ってた時に出てきて怒ってたのは、そういうジレンマもあると思うよ。伝えたいのに、伝えられない、みたいな。よくある歌みたいだよね」

「――…」

 言葉が出ない。

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