あんやかんやとうるさい威嚇系体育教師・川渕を無視しておれと自称二中の番長・新山くんは二中から近い小さい公園へと移動した。途中で缶コーヒーを買ってやると、新山くんは恐縮そうにそれを両手で受け取る。うむ、歳を取るとその謙虚さが嫌いじゃあないよ。

「あの、市井さんの力になれるなら、すげぇ嬉しいです」

 おれはまったく覚えていないけど、新山くんは過去、おれと亮介に救われたことがあるらしい。なんでも、盗んだ原チャリで友達とニケツして走ってたら、ブルプラの奴に追いかけ回されてて、そこを助けられた――と。

 昔、中学校の担任が良いことをすると、いつかその良いことが返ってくると言った。あれマジだった。おれの善行がこうして返ってきた、なんか超常現象的な何かを感じちゃうよねね。まぁ、超常現象的なもの感じるどころか、ガチで呪われてるしね、おれ!

「じゃあ単刀直入に言うけど、大沢エリナって子知らない?ちょっと事情があって、捜してるんだよね。ああ、別に悪いこととかじゃないから安心して」

「大沢エリナですか。知ってますよ、二年の時同じクラスだったんで。家庭事情が複雑らしくて――確か母親の彼氏かなんかが捕まった時にちょっと騒ぎになって、少ししてから学校には来なくなりましたね」

 マジか。あいつ、母ちゃんの彼氏だったのか。まだそのへんにいるならブン殴ってやろうかと思ってたのに、捕まってるんじゃどうしょもないな。つうかあのキモ野郎なんで捕まったんだよ。いやでも待つんだ時鷹。まだ大沢エリナがエリナだと確定したわけじゃない。

「騒ぎって?」

「いえ、結構真面目な子だったんですけど、その後から急に学校来なくなって、そんな子じゃないのにどうしたんだろう?って感じで。センコー達はかなり動いたらしいんですけど、結局、そのままなんの連絡もとれないみたいですね。詳しいっていうか、仲良かった奴に今聞いてみましょうか?」

「ああ、頼むよ。ありがとう」

 おれはその言葉に頷くと、久しぶりにセンコーなんていう単語を聞いたなと思った。新山くんは少し離れた場所で電話をして、ちょっと話すとすぐに戻って来た。

「やっぱり、友達とかも誰も連絡とれてないみたいですね。マジな行方不明です。大沢の母ちゃんに会ったって子が、聞いてみたらしいんですけど、母ちゃんもどこ行ったかわからないみたいで。いきなり家出するような奴じゃないとは思うんですけどね」

「ああ――」

 おれはそこまで聞いてにやりとしてしまった。ここまでくれば――もうビンゴだろう。エリナは大沢エリナで間違いない。素行不良じゃない女子中学生でも家出をするかもしれないけど、友達にまで連絡しないなんてことはないだろうから。そりゃ連絡はできないだろうな。母ちゃんが殺したんだからよ。

「そうなんだ。そういや、その彼氏はなんで捕まったんたん?」

「ああ、それはなんか詐欺かなんかやってたみたいで。すごい羽振りがよかった時に店で大沢の母ちゃんと知り合って、それで一緒になったみたいなんですけどね」

「店?エリナの母ちゃんてなんか店やってんの?」

「ええ、駅の裏通りにあるマレードっていうスナックで働いてますよ」

「へぇ――」

 おれはそう言いながら煙草を咥えて火を付ける為に一瞬新山くんから視線を切った。そして火を付けてまた視線を新山に戻した時に、咥えてた煙草をぽりっと落としてしまった。

「どうしました――?」

「あ、いや…」

 このおれが――咥えていた煙草を落としてしまうくらいびっくりした。すぐになんでもないからと落とした煙草を拾って咥える。なんてことねーよという表情をしていたけど、内心はかなり驚いていた。

 新山くんの後ろにエリナが立っている。鏡越しや夢じゃない。普通に出てくるエリナが――。

 姿はラブホで見たような死体をつなぎ合わせたような感じじゃなくて、普通の制服を着た女子中学生だった。ただ、やっぱりその目は全ての負の感情を吸い込んだように真っ黒で――。そんなやべぇ目でおれを射貫いている。

「あれだ、エリナん家の場所とかわかる?」

 エリナがこのタイミングで出てきた理由がわからない――。いや、ビンゴだからか?真相に近づいてきるから、エリナも焦って急かしているのか?

 それとも西野の言う様に、ただ単におれとエリナの世界って奴が重なってきてしまっているということか?だけどそれは――明確な呪いの進行を意味する。もう時間がないっていうことか?オイオイ待てよ待てよ、よく見ろよ、めちゃくちゃ動いてるだろ今、おれ、なぁエリナ?

「ああ、わかりますよ。三丁目のモカモカってカラオケわかります?あの裏にある、灰色のマンションです。号室まではわかりませんが――」

「あ、ああ――」

 マジでもう少し待て。見てわかるだろ?もう少しだ。今日の夜にでもお前の母ちゃんを連れてけるんだぞ。マジで待て。お前は大沢エリナだろ?大丈夫だ、まかせとけ。

 だけど、そんなおれの心の声はまったく届いてないのか、エリナの表情が徐々に歪んでいく。やべぇマジかよ――。無表情だったエリナは、おれを見据えながら、明らかな敵意と威圧感をおれに向けている。

「なるほどな、ありがとう――」

 なんでだよ。おれは新山くんにお礼を言いながらも心の中ではそう叫んだ。

 こんなことは言いたくないけど、おれはきっとエリナが呪ってきた奴らの中では一番動いていると思う。当然そこには西野の力もあるわけだけど、それでも、この短期間でここまでたどり着いたのはおれくらいじゃないか?

 これどう見ても怒ってるよな?でも、呪いが発動するような素振りはない。やっぱ、エリナも焦っているのか?もう少しだからって油断しないようにおれにハッパをかけにきたのか。そもそもあれか?なんか間違えているのか。もうそういうんじゃなくて、それらのどれでもないのか。

 マジでわからねぇ。理不尽すぎる。ちったぁ笑うとか、そういうことできねーのか。

「またなんかあったら二中来るから、そん時も頼むわ」

「はい、わかりました」

 新山くんの威勢よく、礼儀正しい返事。そしてその後ろでおれに敵意というか、歪んだ表情で威圧感を出し続けるエリナ。

 とりあえず今は呪い殺すような素振りはないけど、西野は人間が生きているのは、運が良いからだと言っていた。運が無くなった時に例外なく人は死ぬ。それが呪いだと。もしかしたら、今この瞬間運をごりごりと削られているのかもしれない。

 まぁいいエリナ。お前が今何かに怒っていて、おれの運を削るなら削れ、だけど覚えておけよ。お前の母ちゃんをお前の元に連れて行けるのは、マジでおれだけだからな。

 なぁエリナ。不用意におれの運を削り、呪い殺したらその後で、絶対後悔するぜ?

 きっと、お前がその後何人呪っても呪っても、ここまで来れる奴はもういないからな。ああ、時鷹さんに任せておけばよかったって、私が少し厳しすぎたかも…ってなるだけだからなッ!

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