時間は夜の九時くらい。なんだかんだバスは使わずに亮介と割り勘でタクシーで港湾区域に入って、眼鏡と合流した。阿久津からまだ連絡はないけど、眼鏡から移動を始めてるという連絡が来て、すぐにここまで来た。

「おま――なんだよその格好」

「ちょっと外に干してあったやつ拝借しました。これなら目立たないと思って――」

 眼鏡はどっか知らない会社の作業着を着ていた。拝借したって立派な泥棒だぞ。でも、そのやる気は悪くない。

「なんだこいつマジかよ、面白れぇ奴だな」

 亮介はそんな眼鏡を見て笑った。どうやらちょっと気に入ったようだ。でも、こいつは変態ストーカー野郎だよ。今回はそのおかげで助かっているわけだけれども。

 まぁそんな亮介に、眼鏡のお気に入りポイントをもう一つ増やしてやろう。

「んで、こいつ名字ヒイラギっていうんだよ」

「ヒイラギ?そんなかっけぇ名前なんだ」

「名前はリンタロウです、ヒイラギリンタロウですッ」

「てめぇ、親御さんには悪いけど名前と風体がぜんぜん一致してねぇじゃねぇか、ひゃーっはっはッ」

 眼鏡の援護射撃もあって、亮介は爆笑した。ヒイラギリンタロウ。なんかの主人公になりそうな名前だけど、おれのトキタカもかなりやばいから、あんまり人事だと笑えないおれいる――。まぁ、おれは名前の通り生きてるつもりだけどね。

「そんで、どんな感じなのよ」

 亮介はまだ笑っているけど、もう笑っている場合じゃないよ。状況はかなりシリアスだってことを思い出して欲しい。

「はい、ここからすぐ近い物流会社の倉庫のような場所にいます。綺麗ですし、電気もついているので廃棄された――ってわけでもなさそうです。誰かが働いてて、こっそり使っているんでしょう。ずっと入り口を見張ってましてけど、さっき連絡をした――三十分くらい前にぞろぞろと出て行きました。その時に部長が出て行った様子はありません」

「――でかした」

 おれはそう行って眼鏡の肩を軽く叩いた。マジででかした。完璧だ。これで西野が居なくて、こいつが見落としてたらぶっ殺すけど、どのみちブルプラの奴らもぶっ殺して居場所を吐かせるからいい。

「なんの役に立たないかもそしれませんけど、僕もいかせてください」

「あ?」

「部長が心配ですし、なにかあった時、部長の盾くらいにはなれます」

 お――いい根性してんな。おれは素直にそう思った。でもまぁ、正義のヒーロー願望というのは、男の子なら誰にでもある感情。おれは小さい頃から、どうしても悪の組織に憧れていたけど。

「いんじゃね?まぁ、怪我しても自己責任な、あと、おれ達の近くには寄るなよ。マジで危ないし、マジで邪魔くせぇから」

 亮介がそう言うと、眼鏡はうんうんと強く頷く。まぁ、それはマジ。相手が何人いるかもわからないし、とにかく、自分の身は自分で守って欲しい。

「じゃあ行くか」

 おれのそんな一言で、一気に亮介も臨戦モードになる。眼鏡の言う場所に近づくと、倉庫のような場所の窓から光が漏れている。なんて言えばいいんだろう、いわゆる平屋の倉庫で、規模はかなり小さい。倉庫というよりも、ちょっとした倉庫兼事務所という感じ。

 明かりが漏れている窓から、亮介と合体プレイ(肩車)で中を除く。

「――…お」

 中は倉庫ではあるけど、その一角に、パーテーションで区切られた簡単な事務所セットと、応接セットがおかれていた。そこのソファーに、西野の姿があった。全員は見えていないかもしれないけど、ぱっと見た感じでは三人しかいない。まぁそりゃそうか。これからおれ達と喧嘩するのに、ここに人数残してもしょうがないもんな。

「人少ないな、見た感じでは三人、まぁいてもプラス二で五人って考えても、秒殺だな。眼鏡、お前はソファーに西野いるから、入ったら速攻でそこ行って、西野だけ守れ」

 おれがそう言うと、眼鏡は無言で強く頷き、亮介はにやりと笑ってから言った。

「秒殺だな、行こう」

 相変わらず邪悪な笑み――。おれのそう言った亮介に頷くと、入り口へと向かう。トイレは倉庫にはないのか、入り口付近の外側に設置されていた。これはすごく重要なこと。最悪倉庫側に鍵がかかっていても、トイレには出てこないといけないということだから。

 まぁ、ブルプラは馬鹿ばっかだから、どうせトイレから戻って来た時とかにいちいち鍵締めてねぇだろうなと思ってはいたけど、マジで鍵掛かってなかった。本当に馬鹿集団。

 ドアに鍵か掛かっていないことを確認後、亮介と目を合わせる。おれの視線に気付いて、亮介も頷く。

「行くぞ」

 おれはそう言うと同時に、ドアを思い切り手前に引いて開いた。そしてそのまま中へ突入する。

「なッてめぇら――」

 亮介と二人で喧嘩をする時のいつもの戦術。亮介の身体が空いている限り、おれが先行し、相手を崩す。崩れた相手を、後ろから来る亮介が倒す。これが最も確実で、単純故に最強の戦術だ。

 器用ですばしっこいおれは、前蹴りや胸ぐらを掴んで足を払ったり、相手を崩すのが得意。そして、でかくて腕力しかない亮介は殴るのが得意。まさに名コンビ。

 一人目、平手で耳を叩く。これは絶対にやってはいけないけど、女が男にやる攻撃の中では金的の次に効くと思う。おれの平手攻撃に一人目は崩れるように蹲った。まぁ鼓膜が破れればそうなるよな。あんたも暴漢に襲われた時は、両手で耳叩いてみな。もっとすごいことになる。花ちゃんも…あん時。あの変態教師にやってやりゃよかったんだよ。

 二人目、さすがにここに残された奴らはそれなりに気合いが入っているのか、突っ込んできたので、顔を押さえるようにして、目に指を入れる。別にこれくらいでは失明しないけど、二秒でも、三秒でも目が見えなくなる状態っていうのは――喧嘩の最中では終わりを意味する。

 三人目。短い鉄パイプで殴り掛かってきたので、それをさっきのお手製プロテクターで受ける――というよりは滑らす。振り降ろしの攻撃は、十字に受けるのではなくて、腕を立てて身体の外側に力を反らすように受ける。これが基本。

 三人目はおれが引き受ける。左腕で受けて反らし、右腕の親指だけを相手の口の中に入れて、そのままほっぺたを掴む。噛まれないようにちゃんと歯茎にそって親指を入れるなきゃ駄目な。

 そして、そのまま顔を下に降ろして、顔面へ膝。衝撃でほっぺたを掴めなくなったら、今度は髪を掴んで膝。勿論、手加減なんてできない。動かなくなるまで入れる。

「てめぇらぁッ」

 あ、やっぱ四人目が居た。四人目の頭の悪そうな茶髪は西野を人質に取ろうとソファーに近づいた。やっべぇと思ったその瞬間に、眼鏡が「きぇぇぇ」奇声を上げながらそいつに飛び込んだ。

 ナイスと思ったけど、眼鏡は飛び込んで相手に掴まってバタバタするだけで何も出来ない。もみ合ってる体制のまま、頭の悪そうな茶髪が持っている短い鉄パイプでごっちんごっちんとやられている。背中、腕、まぁ死ぬような場所じゃないけど、かなり痛いだろうな。大丈夫か眼鏡――。

「よくやったリンタロウ、どけッ」

 亮介がそこへ向かう。亮介の声が聞こえたのか、眼鏡は相手を突き飛ばしてから離れた。

「ばっか眼鏡、腕を立て――」

 そしてその離れたタイミングで、眼鏡は振り降ろしの攻撃を、腕を上げて手首で十字に受けてしまった。しかも、短い鉄パイプとはいえ、先っぽが顔面に当たって眼鏡が飛ぶ。

「ぎぁッ」

 眼鏡はそんな悲鳴を上げてその場に崩れる。

「こいつッ」

 そこを、亮介の勢いをつけた渾身の右ストレート。あれはやばい。もろにクリーンヒットして、頭の悪そうな茶髪はぶっ飛んだというか、はじけ飛んだ。

 事務所スペースと倉庫スペースを仕切っていたパーテーションを巻き込んで、最後の一人は撃沈した。ぴくりとも動かない。

「これで全員かな。おい、リンタロウ、大丈夫か」

「ひゃ、ひゃい――」

 亮介は眼鏡にそう声を掛けてから、手首をぶらぶらとさせた。あれ?痛めたのかなと思った。でも、そんな亮介よりも蹲る眼鏡の手首は青紫にぱんぱんに腫れており、多分骨折してる。顔面からも血が出ており、そっちは軽い傷だろうけど、後が残るかもな――。まぁ、男の勲章だとは思うけど。

「市井くんッ」

 いきなり西野がおれの胸の中に突っ込んできた。びっくりしながら受け止める。そうだな、怖かったろうな。

「あ、ありがとう――」

 西野はそう言いながらおれの胸から見上げてそう言った。僅かに西野の髪の毛の匂いがする。ちょっとドキドキした。それからゆっくりとおれから離れると、今度は亮介の元へ行く。

「木崎くんも――ほんとに――」

 だけど、西野が亮介(こいつは木崎亮介っていうんだ)の手を握ろうとしたその時、亮介は強くその手を払った。

 それは、振り払うとか、痛めた手首が痛かったから握られるの嫌だったんだろう、とか、そういうレベルの払うじゃなかった。

 唖然とするおれと西野――。亮介の表情に、怒りが滲んでいた。

「お、おい亮介――」

「おめぇよ――」

 亮介は表情だけではない、言葉にもまた怒気が籠もっていた。唖然としている西野は、その場から一歩も動けない。

「時鷹は馬鹿だからこういうことあんま気にしないと思うけどよ、おれ達の前に――感謝しなきゃいけねぇやついんだろうがよ」

 おれはその言葉に、はっとして床で悶える眼鏡を見た。

「おれは噂とかにも興味ねぇし、どうでもいいけどよ。相棒がよ、お前が必要だってんなら、おれはヤマとは違ってなんも言わねぇけどよ――」

 西野もまた眼鏡を見る。だけど、亮介の怒りの視線から逃れられず、再び視線を合わせてしまい、動けなくなる。

「ちょっと気に入らねぇなぁ。その噂ってのも――あながち嘘ばっかじゃねぇかもしれねぇなぁ。お前が、こうして助けられたのは誰のおかげだ?お前を、身体張って守ってくれたのは誰のおかげよ」

「あ、あの――」

 西野が唇を噛みしめながらそう言う。

「そこのリンタロウだろうがよ」

 亮介はそう言うと西野の肩を強く押した。さすがのおれも止めに入る。

「おい亮介、やめろッ」

 亮介はそんなおれの言葉に、軽く鼻で笑う。

「なぁ相棒、おれだって花ちゃんから色々聞いてるけど、お前がいいっていうんならどうでもいいよかったんだ。だけどよ、気が変わったぜ」

「だからお前よ――」

 おれは亮介の言葉を遮ろうとしたけど、亮介は西野を睨み付けながら言った。

「お前――もしもこいつになんかあったら、マジでぶっ殺すからな。おれは時鷹とは違う、たとえ女でも容赦しないし、ぜってぇ後悔させてやっから」


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