第13話 かくして、票は割れた。2 ~市町村合併に伴う岡山県K市議会議員増員選挙編
もう一つ、同じような「票割れ」の事例をご紹介しよう。
これはまだ永野さんとお会いする前のこと。
岡山県内のF町は、人口6000人ほどの小さな町だったが、平成の市町村合併によって隣のK市に合併された。これによって町長及び議員は全員「解職」と相成った。しかし、その地からの代表者を出さねばならないということで、「合併に伴う」K市議会議員増員選挙という名の選挙が行われた。
この時私は、常木市議に頼まれて、元F町議の水原哲治候補の選挙責任者として1か月ほど働いた。この選挙には、勤労党の推薦を得た水原候補のほか、保守系の大野修候補と浅沼義男候補、それに協産党の小田公一候補の4人が立候補した。なお、定数は1だった。
本来なら、保守系が割れなければ大野候補か浅沼候補のどちらかが出て、そこに票が集まってその候補が当選、となりそうなもの。だが、保守系は2名が立候補した。それは何故なのかと、常木さんや水原さんに聞いてみたところ、合併後K市議に当選しようと思えば、最低でも3000票はとらないと当選は確実にできないが、あいにくF町だけではどんなに集めても2000票行くかどうか。これではとても当選ラインに達しないから、合併後のK市議の議席には到底届かない。
しかし、それぞれが「1000票持っている」ことがわかるデータがあれば、K市議の他の陣営との「取引」ができるから、そのための客観的データを得ておくためにも、彼らは選挙に出る意味があるのだ、当選するかどうかは二の次だ、とのこと。
ちなみに水原候補は健闘したものの約700票しか集められず、あえなく落選した。
その間隙を縫って、F町議を長年務めてきた協産党の小田公一候補が1200票台の得票数で当選。
協産党の機関紙はここぞとばかりに「わが党の歴史的勝利」的な記事を全国に配信したようだが、それは他の選挙で協産党が勝利したのと同じパターンで、相手陣営が勝手にコケてくれて、その分自分たちが「漁夫の利」的に勝利を収めただけのこと。
決して協産党の支持者が劇的に増加したわけでもなければ、熱烈に政策が受け入れられたわけでもない。
まあ、一言で言って「おめでたい」御見立てではある。
小田氏はその後、K市議会議員のいわゆる「本選」でも当選を数回重ね、前回の選挙で引退された。
しかし、その後F町からK市議に立候補しようとする人物は出ていない。人口数十万人に至る中核市たるK市に完全に「飲み込まれて」しまった。かくして、かつての中小の町村は大都市に飲み込まれていき、その地の「共同体」は、良くも悪くもそれによって変質を余儀なくされ、場合によっては崩壊さえしていった。F町もまた、市町村合併によって大規模自治体に飲み込まれた町村の典型であった。
このF町のK市議増員選挙の時にはまだ知り合っていなかったし、永野さん自身もこの時の選挙には一切かかわっておられなかったが、謀略が得意であると自らおっしゃる永野さんは、当然といえば当然かもしれないが、その限界も知っていた。
丹生県議の選挙のとき、話の流れの中で、私はF町の選挙の時の経験を話した。水原選対の事務局では、選挙期間中、他の陣営、具体的には協産党の小田候補の陣営以外の保守系の2候補の陣営に関わる「選挙違反」になりうる事象が大いに話題となっていた。
「大野陣営の提灯の大きさが公選法違反だぞ!」
「浅沼陣営の候補者カーが昼食にF町を出てすぐのT駅前の割烹料理店に入っていた。あそこはどう見ても、いくら昼でも一人1000円で食事のできるところじゃない・・・」
「でも、それぞれ払うという約束なら、割烹料理店に入ったって何の問題もないし、隣の喫茶店もあるから、そっちで800円のランチを皆さん頼んで、食後のコーヒー200円足しても1000円なら、何の問題もなかろう。さすがにそれはなぁ・・・」
・・・・・・
具体的な内容はもう忘れてしまったが、そんな話が何かのはずみとともに選挙事務所内に入って来てはさらに飛び交う。
さあどうする?
そこで早速、K市の選管や管轄の岡山県警T署に連絡をする。
そしてまた、何やら情報が入って来て・・・・・
ああだ、こうだと事務所内で議論。
そしてまたまた、選管や警察署に「通報」。
・・・・・
そして、選挙運動期間もたけなわとなった投票前々日だったか、前日だったかの昼前。
K市のベテラン市議・笹本富美男氏が水原哲治候補の応援に来られた。
笹本さんは開口一番、やんわりと、
「あなたたち、何の議論をしておられるの?」
私は、そのとき事務局で話していたことをかいつまんでお伝えした。
笹本さんの表情が見る見るうちに険しくなった。
「人のことなど、どうでも、いいでしょう! ・・・ それより、自分たちが何をすべきか。そのことだけに、集中して取り組むべきです」
私の話を聞き終わるや否や、笹本さんは、厳しい口調で、私たちを叱責された。
選挙の結果は先ほど申しあげたとおりだが、これは、私の選挙活動人生において、もっとも恥ずかしいというべきものの一つです。しかしながら、同時に、いい経験をさせていただいたことでもあり、笹本さんには今も感謝しています。さて、「謀略」が得意と自他ともに? 認める永野さんにこの時のお話をしたら、こんな答えが返ってきた。あれは確か、丹生事務所で昼間からビールを飲んでいた時だった。
「大体なあ、田舎の選挙で、日ごろのヒマつぶしの延長でそんな話ばかり選挙中にやって、やれ選管だ、県警だ、そんなことやっとったら、勝てる選挙も勝てん!」
とのこと。さらに続けて言われたのは、こうだ。
「君はクルマの運転免許もとっていないし、そもそも街中でないと暮らせないなどと豪語して、岡山県から出て暮らしとるけど、都会は人のことなどいちいちごちゃごちゃ言わんところだろう。そのときも岡山市内のそれも中心部に近いところに住んでおって、選挙でF町に行ったぐらいで、自分の流儀を放棄して、そんな田舎の悪習に染まるとまではいわんにしても、同調してそんな真似をしたのか・・・。情けないのう。ま、ええ勉強にはなったとは思うが、もったいない話じゃったな」
よせばいいのに、
「こういうのは、謀略とは・・・」
と聞き返すと、ぴしゃりと一言。
「そんなものは、謀略とは言わん!」
「それじゃあ、謀略というのは・・・」
「まあいずれ、見せてやるよ」
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