第7話 仕組まれていた選挙?!

 私は、先に紹介した丹生県議候補の話から始めて、もうひとつ、岡山県議選の宇野市選挙区で4年前に立候補された元宇野市議の女性の話をした。丹生県議の話は前に述べていることをおおむね述べたので、ここでは繰り返さない。

 元宇野市議の谷橋純子さんの話を中心に、ここで話したことをご紹介しよう。


 谷橋さんの前回の県議選は、正直、何とも言えない選挙でした。私は選挙期間のうち、1日というより半日弱、ある港で候補者が演説する光景を見ただけでしたが、ネット上のとある掲示板に、相手候補者にプレッシャーを与えるような、何気ない書込みをしてくれという頼みを受けていたので、時々、自分のパソコンから書込んでいました。他地域では必ずしもそうではないですが、宇野市ぐらいの人口数万程度の街であれば、存外、こういう書込みは選挙関係者には知らぬものがないくらいの影響力があるようです。

 そうそう、演説の話ですけど、その日程、私が聞いた限りでは、永野さんが仕組んだものでした。谷橋さんが演説される前に、民自党の現職の近藤候補が演説をされていて、その後、近藤さんの陣営は船に乗って近くの島へ選挙活動に行くことになっていたようです。その時間帯を狙って、永野さんは港一帯に支持者の動員をかけて、少し早めに人を集めていました。近藤候補が演説を終わって、いよいよ島に向けて船で出発する段階になって、永野さんが選対関係者に合図をするや否や、曲名は忘れましたが、ある演歌を大音量で流し始めました。

 そうこうしているうちに、近くに谷橋さんの選挙カーが到着、いよいよ、演説が始まりました。ウグイスをされていたのは、司会業をされている中条さんという女性で、丹生さんの岡山県議補選や水原さんのK市議選増員選挙などの、常木が絡んだよその選挙でしばしばお会いしている人でした。

 それにしても、この時の光景たるや、まさに、ナチ党の集会の熱狂状態によく似ていて、見ているこちらも、圧倒されましたね。

 なるほど、こういう選挙のやり方もあるのかと、そのときは随分感心しました。相手の近藤陣営の人たちも永野さんの「仕掛け」には、随分圧倒されているように見受けられました。


 もっともそれは、私だけの見立てかもしれませんけどね。

 選挙カーと別れて、永野さんの知人の車に乗せてもらって事務所まで戻り、同じ車で一緒に戻ってこられた永野さんと少しだけ話しました。

「わしはな、こういう「謀略」的な仕掛けが得意じゃ。いやあ、あの近藤というのは、存外肝っ玉が小さい奴でなぁ・・・」

 しかしなぜ、そんなにタイミングよく相手の演説の後にこういう仕掛けができたのかと不思議に思って聞いてみると、

「近藤陣営にも、それから勤労党系の住友陣営にも、わしが知っとる者がスパイ的に入り込んでおるからな、それも、幹部クラスで・・・」

とか何とか。はあ、とんでもない世界だなとは思いましたけど、この規模の街の選挙なんてこんなものなのかなと、妙に感心するやら、呆れるやら。ふと思って、

「こんな「謀略」的手法というか仕掛け、常木相手に通用するものですか?」

と聞いてみましたら、永野さんはあっさりと、

「いや、常木にはもちろん通用せん。する相手とせん相手が当然いるからな」

と答えられました。

 まあ、保守系の選挙を長年手掛けられてきた人だから、その手法の効果のほども、また、限界もご存じなのかなと、そのときは思っていました。

 それは間違いではないと、今でも思ってはいますけど・・・。


 ただ、その選挙で候補者になって永野さんを選対に受入れた谷橋さんにしてみれば、どうも、かなり違った印象をお持ちのようでしてね。実は先日、あることでメール連絡を取って、その選挙の話になったのですが、まあ、ちょっと、いろいろあったというか、ある意味、やっぱり、という話もかなりあったようでしてね。


 ここで残りのコーヒーを飲み干した。後は、グラスの水を飲むことに。

 幸いにもウエイトレスのおねえさんが来たので、水を注いでもらった。


「お義父さんが言っていたわね。永野さん、あちこちに迷惑をかけまくっていたって」

「うん。さすがにぼくらのところにはそういうことは言って来なかったけど、父のところには、たびたび金を借りに来たり、そうかと思えばいくばくか返しに来たりでなあ、正直、母も呆れていたよ。いくら恩人でも、ちょっと、ってね」

「申し訳ないですが、もう少し、谷橋さんから入った情報をお伝えしますね」

「ごめん、じゃあ、頼む」


 先程たまきさんがおっしゃった、永野さんがあちこちに迷惑をかけた話ですけど、谷橋さんが宇野市議から岡山県議への転身に関して、選挙コンサルタントとして月25万円の報酬を最初に要求されたそうです。半年で、150万円でね。これとは別に、成功報酬も含めてさらにいくらとか。さすがに、そこまでの金額は出せないということで、色々合わせて半額にしてもらったそうですけど。何でも、常木の秘書もやっていて、そこで月30万円はもらっていると言ったそうですが、常木の事務所は、別に秘書など置いたことがこれまで一度もありません。もしそんな金があるなら、今頃運転手や事務員が何人かいますって。常木は市議の仕事とは別に太陽光発電に関わる会社を持っていますけど、それにしても、経理を私が手伝いに行くぐらいで、別に従業員なんていませんしね。

 それはともかくとしても、谷橋さんの選挙事務所の事務所開きの時から、永野さん、妙に酒の匂いがしていたそうです。案の定、事務所でこっそり缶酎ハイを飲んでいて、さすがの谷橋さんも厳しい口調で注意されたそうです。

 そのあたりは、まあ、あの人らしいとは思います。


 それでも、能力があってそれを遺憾なく発揮してくれれば、そのくらいどうってことないかも知れんが、肝心要の分析力にしても、お世辞にも冴えているとは言えなかったようで。今は民創連立政権ですから、選挙区によって多少の差はあれ、民自党関係者はどこも概ね、創明党の選挙協力を得ていますが、対立候補の近藤さんも民自党の公認候補で、当然、創明党も推薦していました。谷橋さんも保守系の女性候補で、民自党の推薦の他、創明党は支持こそ表明していたものの、特に強い推薦は出していませんでした。協産党は、初めから候補者も立てず自主投票で、三友造船の労組が主要支持団体でもある勤労党系の住友さんに投票された方がほとんどでしょうけど、いかんせん宇野市は人口数万人程度の市ですから、協産党は市議は2人しかいないし、基礎票も多くて3000そこら。これが仮に全部谷橋さんに入ったとしても、市議4人で基礎票が6000弱はある創明党が近藤さんに行けば、確実に近藤さんがトップ当選して、あとは労組票の確実に見込める住友さんとで議席を分け合う、必然、谷橋さんは落選というわけです。

 さすがに永野さんは協産党の票がすべてこちらに来るとは思っておられなかったようですけど、創明党が完全に近藤陣営に流れたことは、読み切れていなかったようでしてね。創明党の支持母体のS会の女性陣が幾分入れてくれたでしょうけど、多勢をひっくり返すほどにもならないですからねぇ。

 もちろん、そこで火がついてとなれば、「ひょっとして」があったかもしれませんが、組織型の選挙をする団体関連の票は、確かにあの地域では、かつて民自党の保守系同士ではある日を境に村野武陣営から橋田龍一郎陣営に切替わって、一晩にしてポスターがすべて村野から橋田に入替されたなんてこともありましたけど、そんなことでもない限り、そうそう劇的には動かないしねぇ。

 結局、現職の近藤さんと同じく住友さんが当選して、谷橋さんは落選しました。

 その後のことはいささか意外でしたが、選挙が終わって後、永野さんは谷橋さんの事務所に一度も顔を見せなかったそうです。あまりにいろいろあり過ぎて、谷橋さんは永野さんの携帯を着信拒否にされたと言っていました。


「そうなのか・・・。しかし、着信拒否にまでするとは、よほどのことだな」

「太郎さん、そりゃあ、そうでしょう。選挙に当選したかどうかという問題じゃなくて、もう、根本的にこの人物は信用ならないって判断をせざるを得なかったのと違いますか、谷橋さんにしてみれば・・・」

「で、今回の選挙だけど、谷橋さんは出られてないよな」

「ええ。でも、いくらか若い男性の市議候補者を応援されていたみたいですけどね」

「谷橋さんは、再挑戦される気はなかったの? あるいは、市議に戻るとか?」


 たまきさんの質問、無理もないとは思うが、これには即答あるのみ。


「あ、それはなかったようですね。一度選挙に落ちて、その後、他の仕事について、そっちでやっていこうって人は、結構多いですからね。ほら、たまきさんもご存知でしょう、勤労党の元参議院議員で市田純一弁護士の娘さん。県議の2期目に県知事選に出た人」

「市田明代さんね。今、NPO法人の代表になっていろいろな取組み、されているわね」

「そうですな。彼女にしても、うまくいけば参議院選に出て当選できたかもしれないのに、って声はありましたけど、政治にかかわるのはどうも・・・という思いになられたのでしょう。最近全然お会いしていないし、詳しいことはわかりませんけど」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る