第17話「未来に生きてる、そういう実感」

 彼氏ロボを注文したら誤配達で美少女アンドロイドが来たけど、今は最高の彼女です!?

 そんな、旧世紀に一時期流行はやった長文タイトルのラノベみたいな生活に浮かれる女、それがタチバナチユリである。27歳、独身……加えていえば腐女子ふじょしでオタクでこじらせてる。

 しかし、ここ最近のチユリはささやかな幸せにどっぷり漬かっていた。


「うーし、リビングはオッケー! 次は寝室だあ!」


 日曜も朝から元気に、掃除機をフローリングに走らせる。全自動の掃除ロボも普及しているが、チユリは今でも由緒正しい第二世代型の掃除機、その最新型を愛用していた。


「まあ、第一世代型は、ほうきなんだけどね。今あたしが名付けました! わはは!」


 この浮かれよう、相当である。

 ちなみに、掃除ロボは以前チユリの大事なアニメグッズの一部を、無慈悲むじひに吸い込みダストシュート! した過去があった。勿論もちろん、そこかしこに散らかしていたチユリが悪いのだが。

 そんな訳で、鼻歌なんぞを口ずさみ? 鼻ずさみ? チユリは今朝もゴキゲンだ。

 独り寂しく暮らしていたマンションの一室は今……嬉し恥ずかし愛の巣である。

 ナギ様ベースの彼氏は行方不明なままだが、チユリにはメリアがいてくれるのだ。


「でも、しゅごい……データをアップデートした、メリアVer2.0、しゅごかった……」


 あれから何度も、肌を重ねて吐息といきも体温も分かち合った。

 そうでなくても、いつも一緒のベッドで夜を過ごす。くだらないことを話して盛り上がり、そのまま自然と寝てしまう修学旅行みたいな毎日が続いていた。

 そして、メリアは本当に理想の彼女、恋人なのだった。

 改めて女性向けのデータを手に入れたメリアに、チユリはなかおぼれている。とろけてほうけて、大いに甘えてしまっているのだった。


「自分でいたすとは大違いだにゃー? っと、メール? なんだろ」


 不意にジーンズのポケットで、携帯電話が震えて歌う。大好きなアニソンのAメロをしっかり聴きつつ、チユリはわたわたと片手でそれを取り出した。

 すぐに空中に光学ウィンドウがポップアップする。

 掃除機を止めて見やれば、例のアンドロイドメーカーからのメールだった。

 どうやら、メリアの誤配達に関する調査に進展があったようである。

 だが、文面を読みつつ思わずチユリは「はぁ?」と声をあげそうになった。慌ててウィンドウを小さくして、手の中にメモ用紙サイズまで縮める。

 ちょっと信じられないことが書いてあった。

 一緒のメリアには、とても見せられないような内容だったのだ。


「えっ、なにそれ……GL106式ラヴァータイプの生産履歴に、個体名メリアの存在は……認められず? ちょ、なにそれ怖い。ってか、どういう意味!?」


 そっと掃除機を置いて、廊下に出てみる。

 キッチンの方からいい匂いがして、メリアが夕食を仕込みつつ昼食を用意してくれてる。一緒に料理する日もあるし、メリアのおかげで以前より家事にもメリハリが出てきたチユリだった。

 とりあえず、メリアに見られないことを確認して、再度しっかり文面に目を通す。


「正確には、メリアという個体かどうかは未確認ながら、不正に製造ラインがハッキングされた形跡が認められた? それって、つまり?」


 チユリが恋人アンドロイドをオーダーしたのは、業界最大手のアルス社だ。信頼と実績という、これまたコテコテなうたい文句が嫌に似合う、老舗しにせの大企業である。

 しかし、ナギ様こと草薙剣クサナギノツルギ……の擬人化ゲームキャラを模した彼氏の代わりに、メリアが送られてきたのだ。そのことに対して、ずっとチユリはアルス社に問い合わせていたし、報告を待っていた。

 ここ最近はリア充過ぎて、すっかり忘れてもいたが。


「なになに……全工程の67%に、本来予定していない製造作業が発生したことは認められた。ほうほう、それで……ってか、ナギ様は? あたしの彼氏でお婿むこさんは?」


 橘チユリ、メリアとねんごろになってもまだ男を諦めていない。

 そういうとこだぞ、橘チユリ。

 何故なぜ、すんなりと脳内で「三人でハーレムエンド、メリアもナギ様も養っちゃるばい!」という短絡的な思考に疑いを持たないのか。まあ、持てないのか。

 そんな訳だが、そのナギ様についても調査結果が記されていた。

 端的に言うと、誤配達の原因は解明された。なんてことはない、出荷管理を任されたロボットのサボタージュだそうだ。そう、。そのことについては、アルス社からの謝罪の言葉も連ねられていた。


「ロボットが現場を離れて、事務員の女性アンドロイドと……ようするに、しけこんでいたと」


 これぞ、ザ・新世紀案件である。

 そして、チユリの暮らす日常ではそこまで珍しくない事案だった。ロボットやアンドロイドは勤勉で真面目だが、時折そうでない者もいる。人間と同じで、人間よりその率が低いだけなのだ。

 そういう訳で、中間報告的なメールの内容を要約するとこうだ。

 メリアというアンドロイドを製造した履歴はないが、そのパーツを何割か作った形跡は認められた。そして、誤配送は人為的ロボいてきなミスで、現在ナギ様の行方を捜索中だそうだ。


「ふむ、なるほどねー? 調べるの、大変だっただろうな。それより……全身腕力みたいなロボットアームが、美人アンドロイドと? なにそれエモし、勿論もちろんロボ攻めだよね」


 腐女子脳なのでつい、そういうことも考えてしまう。

 それはそれとして、どうメリアに話したものかと思ったその時だった。

 不意に今度は、普段あまり聴かないメロディが携帯電話から流れ出した。

 慌てて着信に応じれば、回線の向こうで懐かしい声がのほほんと響く。


『もしもし? お姉ちゃん? 久しぶり、僕だよ』

「お、おおう……我が愛しの愚弟ぐていじゃない。どしたの? 元気にやってる?」

『うん、それなりに。仕事もなんとかこなしてるし、母さんも父さんも元気だよ』

「おっ、エライ! お前は本当に偉いねえ。お姉ちゃん、ベタ褒めしちゃう」


 どうにも要領が悪くて、どんくさい弟からの電話だった。彼は彼なりに、社会人として立派にやってるらしい。本当に本音の本心、心から偉いと思う。周囲が構いたくなる、支えずにはいられないという愛嬌あいきょうと魅力も、彼自身の持って生まれた力なのだ。

 それに、どんなに助力が多く得られても、本人の能力と意思がなければいけない。

 そのことに関しては、親愛なる弟君おとうとぎみはしっかりした男なのだった。


「んで? どしたの、電話なんて珍しいじゃん。ははーん、さては」

『うん。実は僕、結婚しようと思ってて』

「やっぱりかー、そうか結婚……結婚っ!? ちょっとまって、婚姻関係の構築ですか!? つまりそれって、人生のパートナーが見つかったってことなんですか!?」


 驚きのあまり、しどろもどろな敬語になってしまった。

 だが、すぐに祝福の気持ちがあふれてくる。

 自分が幸せな時は、身内の幸せが最大限に嬉しく思えるものだ。そんな単純なことを今更いまさら実感しているチユリだった。

 そして、ついうっかり先程のメールの話を忘れてしまう。


「で? お相手はどんな人?」

『うん、それがね……ちょっと父さんはビックリしちゃって。人間じゃないんだけど』

「ほほう。となると、アンドロイドかな? お姉ちゃんはねー、いいと思うよん?」

『ううん、ロボット。ロボットっていうか……仕事仲間なんだけど、AI

「……は? いやちょっと待って、上級者過ぎでしょ、ハードモードでしょそれ!」

『そうなの? なんかねえ、彼女とは付き合いも長いんだあ』


 未来の義理の妹ぎもうとは、人間じゃない。

 というか、人型ですらなかった。

 チユリの父親は割りと古風な日本のお父さん系なので、それはもうびっくりしただろう。手のかからないチユリと違って、本当によく弟の面倒を見てきた親である。

 その弟が、自動車と結婚する。

 正確には、彼が仕事で乗ってる営業車のAIである。


「あー、うん、とりあえず……父さんと母さんには、ゆっくり話す時間作ってやんなよ。その、車が彼女? 格好いいじゃん。きっとわかってくれるしさ」

『うん。それで、お姉ちゃんは年末帰ってくる? 紹介したいしさあ』

「おっと、もうそういう季節か。仕事は山場、っていうか修羅場をこないだ超えて年内は落ち着いてるしなあ。うん、あ! そ、そうだ、帰る! 帰るよ、絶対!」


 そのあとは、たっぷり十五分程馴れ初めを語られ、惚気のろけられた。

 周囲の家族や親族はおろか、AIまでも世話を焼かずにはいられない……そういうのも一つの才能なのではと思う。でも、弟の幸せは本当にチユリにも嬉しかった。

 そして、彼は母親も久々に合いたがってること、その母親がアレコレ荷物をこっちに送ってくれたことなどを教えてくれた。

 丁度その時、絶妙なタイミングでインターフォンが鳴る。

 マンション内部は全て、コンシェルジェロボットが宅配サービス等を管理して各部屋に自動配達してくれている。パタパタとメリアが玄関に走る気配が伝わってきた。


「とりあえず、またこっちから連絡するねー? フフフ、愚弟よ……あたしにも実は、紹介したい人がいるっ!」

『そうなんだ! 今度はなんのゲーム? アニメかな……あ、二次元とは限らないよね。特撮モノかなあ』

「おい待て愚弟……よせ、よすんだ。お姉ちゃんは確かに今までそうだったし、でも、でもねえ……まあ、あたしもやる時はやるのさ!」


 威張れた話ではないが、偶然は言い換えれば運命だったのだ。

 そう言い聞かせて、可愛い弟との久々の会話を終える。

 その頃には、段ボール箱を持ったメリアがリビングにやってきた。その顔を見てはたと思い出し、チユリは先程のメールを閉じて携帯電話をポケットに葬る。


「チユリ、これはご実家からみたいです。なんでしょう」

「うん、多分あれだ。お野菜とか果物、もちとかかな……まったく、あたしをいくつだと思ってんだい」

「でも、いいですねっ! 因みに以前の怠惰で殺伐とした生活では」

「……はい、野菜のたぐいはほぼ全部ソウジ君におすそ分けしてました……」

「ですよね」


 開封してみると、片田舎かたいなかの空気がふわりと広がる。こころなしか、郷里きょうりの匂いや味が封じられていた気がした。そして中身は予想通り、食料品が色とりどりだ。

 今回はでも、ソウジに生鮮食品を丸投げしなくてもよさそうだ。


「あー、白菜一個丸ごとは嬉しいですねっ。お鍋には欠かせませんし」

「おいももゴロゴロあるんだなあ、これが。うーん、ポテサラかな?」

「マッシュポテトにすれば日持ちしますし、芋料理は奥が深いんですよ? 色々試してみましょうか、チユリ」

「だねっ! んじゃま、可愛い後輩にも少しだけおすそ分けといきますか」


 早速ソウジにメールを送ってみる。秒の速さで返信が来たので、午後はお出かけが決定した。

 ただ、気がかりがない訳じゃない。

 メリアの出自に関して、かなり不鮮明だということがわかったのだ。

 そのこともそれとなく、ソウジに相談してみようと思うチユリだった。

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