第6話「ドレスアップは突然に」

 二十二世紀にもデパート、いわゆる百貨店は存在する。

 世界的なネットワークが普及し、家に居ながらにして何でも買える昨今さっこん……逆に外へのショッピングは付加価値の高いレクリエーションであり、それ自体が娯楽文化となっていた。

 そういう訳で、チユリは都内の老舗しにせデパートを訪れていた。

 目的は勿論もちろん、メリアに洋服を買ってあげること……なのだが。


「チユリ! 女子力! 女子力です、ポーズを忘れずに!」

「え、あ、はいぃ! ……こ、こぉ?」

「いいですね、やっぱりチユリは何を着ても似合いますっ」


 何故なぜかチユリは、謎ポーズを決めながら試着を繰り返していた。

 脱いだり着たりを繰り返す必要はないし、すでにカーテンで仕切られた試着室は過去の遺物として忘れ去られている。今は試着ステージに立てば、三次元映像の投影で即座に好きな服が着られるのだった。

 そしてどういう訳か、周囲とを隔てる光学カーテンはあまり用いられないことが多い。


(うう、なんであたしがこうなってるんだっけ?)


 今のこれは、これではアベコベである。

 やたら張り切ってるメリアはといえば、既に買い物を済ませて着替えていた。

 チユリは実は、あまり自分の服装には頓着がない。若い頃はコスプレにハマっていた時期もあるが、基本的に私服は「」を好む。

 目立ちたくないのだ。

 あまりにも目立つコンプレックスを持っているからである。


「メリアさあ、あたしのよりメリアの服をもっと、こう」

「わたしはこの一着で十分ですっ。ありがとうございます、チユリ!」


 満面の笑みでメリアは、備え付けのタッチパネルを操作する。

 彼女は、先ほど購入した服を一張羅いっちょうらにするつもりらしい。アンドロイドは有機性の生体パーツをふんだんに使われているが、その代謝能力は人間に比べて酷く穏やかだ。必定、あまり頻繁に服を着替える必要性がないのである。

 それでも、色々買ってやりたくなるのが親心というものだ。

 先日のデスマーチによって数百時間分の残業代が得られ、チユリのふところが温かいのもある。ちょっと、お人形遊びめいてはしゃいでる気持ちもあるかもしれない。

 けど、短い期間とはいえ同居人だ。

 家族のように接してくれるメリアに、自分もそうしたいのである。


「そうじゃなくてさ、メリア」

「あっ、和服のデータもあります! これ、いってみましょうっ」

「あ、待って、ちょ、ちょっ……あーもぉ!」


 突然、チユリの周囲で三次元映像のデータが書き換わった。

 それでチユリ自身も、それとなく和なイメージで見返り美人をやってみる。しかし、ちょっと着物の柄が派手じゃないだろうか。花札がモチーフで、なかなかにエポックメイキングなところは格好いいのだが。

 なんとなく、好きなゲームの中にこういうキャラがいそうである。

 しかし、和服は今の時代はもう、創作物の中にしか見ない民族衣装だった。


「あっ、かわいい! チユリ、他のもバンバン着てみましょう」

「待って……ちょっと待って、あたしの服はいいんだってば」

「いーえっ! よくありません! ……実は、お掃除してる時にクローゼットを拝見しました」

「な、なぬっ!? ……マジで?」

「マジです」


 キリッと表情を引き締め、メリアは真顔で頷いた。

 そんな彼女は今、オレンジのキュロットスカートにハイソックス、上はシャツにベストを羽織っている。秋の装いというには軽装だが、アンドロイドには体感温度は関係ないらしい。それに、色合いに季節感があって凄く似合っている。

 そのメリアは、じっとチユリを見詰めて言葉を並べてきた。


「チユリは、いろんな服を持ってるんですが……本当に、多種多様な着衣、下着も含めて凄くバリエーションに富んでるんですが!」

「ギクリ!」

「一度も着られた形跡がありません!」

「……そうなんだよねー、買うだけで満足しちゃうっていうか」


 腕組み胸を反らして、メリアはやれやれと溜息を零してみせた。

 まったくもって言う通りで、チユリは返す言葉もない。


「わたしが思うに……その都度つどいろんなものに感化されて、衝動買いしてませんか?」

「えっ? あ、いや、それは……して、ます」

「アニメや漫画、ゲームにハマるたびに! テンションが上って! その場でネットで注文!」

「や、やめてぇ、ひいい!」

「あ、責めてはいなんです。ごめんなさい……でも、どの服も極端な方向性だったので」


 身に覚えがありすぎて辛い。

 その上に図星だから、反論の余地もない。

 チユリとて年頃の女子……だったことがある。今では干物なアラサー腐女子だが、夢見る女の子だった時代があるのだ。

 そして、この世には素晴らしい創作物が溢れかえっている。

 どれもが芸術と呼べる名作で、触れれば感動が全身を駆け巡った。

 そして、興奮のあまり感化され、自分も変わらなきゃと服を買う……昔から変身願望というか、現状打破の気持ちはあった。だが、鏡の前で届いた服を当ててみると、妙にテンションが下がるのだ。

 この現象に前からチユリは、名前を付けたいとさえ思っていたのだった。


「チユリ、かわいい服を沢山持ってます。でも、実は……世の殿方は皆、隣にいてほしい女性には違う方向性性を求めてるんですよね」

「えっ、そ、そうなの? ……需要、ないの?」

「少なくとも、特別尖った方でなければ」

「……フリフリのワンピースとか、ゴスロリっぽいのとか……スケスケの下着とか」

「ちょっと極端でしたね、チユリ。もっとこう、普通のでいいと思うんですよ」


 メリアが機器を操作すると、チユリが再び光に包まれる。

 今までアレコレ着せてもらった服は全て、かわいいし素敵だった。けど、確かにパートナーの男性が見たらどうだろう? チユリにはその視点がずっと欠けていたようだ。

 いつもいつでも、想定する異性は全員が創作物、娯楽作品のキャラクターだったから。

 そんな彼女の全身が、身なりのいい衣服に包まれてゆく。


「あれ……? ねえ、メリアさ。これ、普通じゃない? めっちゃ普通」

「そういうものなんですよ、チユリ。わたしもずっと思ってるんですけど、チユリは素敵な大人の女性です。フリフリとかスケスケは、相手と親しくなってから、相手をわかった上で選ぶといいかなーって」


 チユリは改めて自分を見渡し、驚きに固まる。

 白いシャツはパリッととしてて、黒いパンツスタイルとマッチしている。個人的には、頑張ってスカートをはかなきゃと気負きおっていたのだが、メリアが選んでくれたのは黒のズボンだった。でも、落ち着いたグリーンのロングカーディガンが、羽織はおったチユリを少し普段とは違う雰囲気に飾ってくれてる。

 お洒落にはうといが、なんとなくわかる。


「シュッとしてる……あ、シュッとしてるってこういうのだ!?」

「そうですっ! 実は殿方は、女性の押し出しまくってる個性的ファッションは、最初はあまり上手く掴めなんですっ!」

「そ、そうなんだ」

「互いの趣味を知っていけば、親しい仲になってからは色々楽しめると思うんですけどね」

「うわ……デカルチャーだよぉ」


 そういえばとチユリも思い出す。

 確かに、一般的な男性というものをチユリは知らな過ぎた。どこか、自分からは避けてた節さえある。同じ趣味の異性は友達として沢山いるけど、恋愛対象として意識させられる一般男性をチユリは全く知らないのだ。

 勿論、趣味が全てじゃないし、今の御時世に「一般男性とは?」なんてナンセンスだ。それでも、少し身構えてしまってた。アレコレ買っても、着て外に出る勇気が持てずにいたのも事実だった。


「ん、メリア……なんか、格好いい、かな? 結構……ううん、凄くいいかも」

「わたしもそう思いますっ! ……でも、不思議です。なんでチユリは、家でのパジャマとスウェットのヘビーローテンションはともかく、私服が少ないんですか?」

「いや、その……目立ちたくなくて。特に、こう、ほら、あたしさ」


 チユリは自然と胸に手をやる。

 無駄に育ってたわわな膨らみ、豊かに過ぎる胸の実りが重い。諸兄には永年に理解できないだろうが、胸が大きいというのは女性にはある種の負担なのだ。肩が凝るし、無駄に異性の視線を拾ってしまう。

 小さい頃からチユリは、無駄に発育がいい自分の身体がコンプレックスだった。

 だが、メリアが選んでくれた服はそれが気にならない。

 愛らしさや可憐さを過剰演出してないから、胸元も自然なのだ。

 すぐに気に入ってしまって、チユリが購入を言い出そうとしたその時だった。


「お客様! その……困ります。とりあえずこちらに……当店としましても、こうした買い物への対応もわきまえております。しかし」


 不意に背後で、やや気色けしきばんだ店員の声が響いた。

 チユリが振り向くと、下着売り場の方でなにやら騒ぎが起こっている。女性客たちがあたふたと逃げる中、対応する女性型アンドロイドの店員が妙に冷静だ。

 そしてそこには、見知った顔が女性用下着を物色している姿があるのだった。

 慌ててチユリが試着台を降りると、その着衣が普段のものに戻る。


「おーい、ソウジ君っ! 君さあ、なにをやって……え、あ、ちょっと待って。ソウジ君!」


 そこには、会社の後輩であるソウジ・V・フォーゲルシュタットが立ち尽くしていた。その両手には、それぞれ女性用下着が握られている。イケメンとはいえ、男が売り場で堂々と下着を品定めし、あまつさえ店員さんに好みや品質を問いただしているようだった。

 周囲が警察を呼ばなかったのは、これは幸いである。

 駆け付けたチユリとメリアを見て、いつもの調子でソウジは口を開いた。


「ああ、チユリ先輩。お疲れ様です、こんにちは。これ……どうですかね? どっちがいいものなんでしょうか。僕には女性用の下着の良し悪しがわからなくて」


 チユリは卒倒しそうになったが、さらなる声が目眩を連れてくる。

 チユリの横ですぐに、メリアがはきはきと声を上げた。


「チユリにはどっちも似合うと思います!」


 マジレスしちゃったよメリア……チユリはなんだか気が遠くなりそうだった。それでも、サイズだけはメモして持ってきたというソウジとの、突然のエンカウントで下着選びに付き合う羽目になる。

 それが、思いもよらぬ出会いに続くとは、この時は全く思いも寄らないチユリだった。

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