P.44の短編

今福シノ

前篇

「ねえ、悠太ゆうたってばー。聞いてるー?」


 少しだけねたような声がして、俺は目線だけを上げた。


「人と話してるときくらい、本読むのやめてほしーんだけどー」

「いや、勝手に話しかけてきたのは結唯ゆいだろ」


 こっちは読書を満喫まんきつしてたってのに。


「だって雨で部活休みになってヒマなんだもーん。ちょっとくらいつきあってよー」

「あのなあ、図書室はおしゃべりする場所じゃないぞ」

「いーじゃん、どうせ誰も来ないんだしー」


 結唯の言葉どおり、カウンター越しに見えるテーブル席にも、本棚の間にも、人影はない。誰かいようものなら俺の言葉にも説得力があるんだろうが、悲しいことにこれが高校の図書室の実情だ。


「わかったよ」


 俺は観念するように読みかけの本を閉じる。いいところだったのに。


「で、七不思議がなんだって?」

「そーなんだよ!」


 俺の安寧あんねいさえぎった話題に戻してやると、結唯は満足げに笑みを浮かべる。こんな風に彼女のペースに付き合ってやるのは子どものころから嫌というほど味わっているので、慣れてしまったというか諦めがついていた。


「悠太はうちの高校の七不思議、知ってる?」

「知らないな」

「即答!? 悠太、ほんとにうちの生徒?」

「ほっとけ。興味ないだけだ」


 七不思議の中身がどんなものかは知らないが、どうせどれもウワサ話の域を出ないものばかりだろう。そんな話で盛り上がるより、本を読んでいた方がよっぽど有意義だ。


「で、私も先輩から聞いたんだけどね」

「おい、人の話を聞け」


 俺の言葉を無視する形で、結唯は話を続ける。仕入れた新鮮な情報を誰かに話したくてたまらない。そんなところか。


「七不思議のひとつが、図書室にあるらしいの」

「図書室……って、ここか?」

「ざっつらいと!」


 びし、と人差し指を立てる。


 図書室にある七不思議? そんなのがあったのか。1年のころからずっと図書委員をやっているけど、そんな話はついぞ聞いたことがない。


「なんでも、絶対に通学途中で読んじゃいけない本があるんだって」

「なんだそりゃ」


 ただ読むのがダメなんじゃなくて、通学途中? やけに限定的だな。


「図書室の本って、背表紙にシール貼ってあるじゃん? ほら、これみたいに」


 結唯は俺がついさっきまで読んでいた本を手に取る。たしかに背表紙の下の方には白いシールが貼ってあり、マジックで「13718」と書かれている。


「そりゃー図書室の本だってのがわかるようにしとかないといけないからな」


 あとは管理しやすいからだが。


「その読んじゃいけない本、『44』の番号らしいんだよねー」

「44番?」

「うん」


 なんだかいかにも七不思議ってかんじの番号だな。逆に胡散臭うさんくさく思えてくる。


「で、俺に44番がどんな本か教えてもらいにきたと」

「おおー! 悠太ってばエスパー?」

「んなわけあるか」


 表情と仕草に出てるっての。誰でも簡単に予想がつくぞ。


「言っとくけど、44番の本はないと思うぞ」

「えっ?」


 そわそわしていた結唯の身体がぴたりと止まる。


「そうなの?」

「ああ。二桁ふたけたの番号がついた本は俺も見たことないからな。かなり古いし、たぶん残ってないだろ」


 前に倉庫の方も掃除したけど、見た記憶はない。


「なーんだ」


 期待がはずれたとばかりに結唯は腕を後頭部に回す。俺にいたらわかると確信していたのに、ってとこだろう。


「ちなみに、七不思議の内容ってどんななんだ?」

「おっ、悠太ってば気になるの? 興味ないって言ってたくせにー」

「ここまで聞いちまったらしょうがないだろ」


 言うと「しょーがないなー」と得意げな表情になる。さも自分の力でその情報を入手したと言わんばかりだ。


「ウワサだと、その本は短編集らしいの」

「短編集?」

「それで、読んじゃいけないのは44ページから始まる短編なんだって」

「へー」


 また44か。ますます胡散臭いな。


「で、その短編を通学中に読むべからず、と」

「うん」

「読んだらどうなるんだ?」

「んー、どうなるって言うか、絶対に振り返っちゃいけないんだって」

「振り返る? それだけか?」


 てっきり呪いがふりかかるとか、そんなものだと思っていたが。


「なんで振り返るとダメなんだ?」

「それはね……



 後ろに、いるから」


「いる?」


 結唯の口調は少しだけ神妙なものになる。七不思議を口にすることに対して緊張しているからか。それとも単に俺を怖がらせるためか。


「その短編を通学途中に歩きながら読むと……必ずその人の背後にいて、振り返ったら……あっちの世界に連れてかれちゃうって」

「……ふーん」


 あっちの世界、つまりはあの世ってところか。その本に幽霊の類がとりいているって言いたいんだろう。いずれにせよ、


「ま、どうせウワサだろ」

「あっ、せっかく教えてあげたのにー!」

「そんなウワサ話するより、お前はもう少し勉強した方がいいんじゃないのか? そろそろ中間テストだぞ」

「うっ、いいもーん。私は青春をエンジョイするもーん」

「言っとくけど、赤点とったらおばさんに言いつけるからな」

「あっ! ひっどーい!」


 結唯のむくれた声が、俺たちしかいない図書室にこだました。

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