第3戦・第二回勇者対策会議

 魔界の最奥にある険しい山岳の頂上に聳え立つ漆黒の魔王城。

 その玉座が鎮座する間の下には、円卓が設置された狭い部屋が存在する。玉座の間より伸びる階段を下って魔王が円卓の間へとやってくる。


 だが、その魔王の様子がいつもと違っていた。頬はこけ、目は落ちくぼんでおり、白い肌は青白く変色して明らかに健康体ではない。髪にも艶がなくなりやや乱れ、生気のない瞳は焦点があっていない。

 ようやく腹痛が治まったお腹はいまだに脈動を続けており予断を許さない。お腹を押さえてようやくといった様子で魔王は円卓へと辿り着いた。


 円卓には前回と同じメンバー。大臣を筆頭に、可愛らしい魔法少女は四天王の絶戦を預かるロザリクシア、ドラゴンの顔をもつのは四天王の死戦を預かるアングリフ、着流しを着こなすのは四天王の禁戦を預かるケラヴス、の計四人。


 彼らは円卓を囲んでトランプに興じていた。ちょうど、ケラヴスが大臣のカードを取ろうとしてる場面であった。


「おい、いったい何をしてるのだ?」

「『ババ引き』です」


 魔王の疑問に白髪の大臣が回答する。


 『ババ引き』とは、魔界で最もポピュラーなトランプゲーム。内容は地上界の『ババ抜き』とほぼ同じではあるが『ババ引き』は最後にジョーカーを持っていた人の勝利という真逆なルールである。

 ババ引きとは戦争を舞台としていて手札を作戦に見てている。お互いに手札(作戦)を引き合い消耗していく。次々に作戦を失っていって最終局面に切り札ルジョーカーを持つ者が戦場における勝者となるのだ。


「実に魔界的なゲームだ。それはいいだろう。だが……前に一声かけてって言ったよね!? どうして無視するの?」

「それはパパが遅れてくるのが悪いんじゃない」


 魔王の娘であるロザリクシアのため入り混じりの言い分に魔王は言葉に詰まってしまう。

 作戦『勇者、食卓に死す』の遂行中に、勇者に食べさせる毒を逆に服毒してしまうというアクシデントがあった。そのために、魔王は今さっきまでトイレに籠っていたのだ。勿論、会議の時間を大きく遅れてしまっている。


「そうなんだが……次は声をかけてよ? 絶対だからね?」


 魔王は念を押してから自らの席に座った。

 円卓に肘を突き手を組むと生気を失っていた目に強い意思が戻り、眼光だけは以前のものと遜色ないほどに蘇っていた。その視線を円卓にいるメンバーへと巡らせる。

 今までトランプで遊んでいた面々はトランプを片付けると、気を引き締めて会議へと臨む面持ちとなった。


「それでは第二回勇者対策会議を始める。大臣よ概要を頼む」


 急に冷徹となった魔王の声は室内の空気をピンと張りつめさせる。そんな雰囲気のなかで大臣は背筋を伸ばしてすっくと立ち上がった。


「先日実行された、作戦『勇者、食卓に死す』は失敗に終わりました。勇者に毒が効かないからといって自ら毒見してしまった哀れな魔王様は、トイレを自室にしてしまったかのように居座っておられました。これにより、使用可能なトイレが減って城内に勤める者から不平不満が噴出し、さらに――」

「大臣、余計な情報は要らないから、要点だけを頼む」

「……作戦失敗に伴い、ふたたび勇者対策の議論をすることになりました」


 情報過多だった大臣の概要であったが、最終的にはそれなり纏まったことに魔王は満足げに頷いた。それを確認した大臣はすっと椅子に座った。


「という訳だ。次なる作戦を申し出る者はおらぬか?」


 やはり以前と同様に、赤いドラゴンは真っ直ぐに腕を伸ばして綺麗な挙手をした。その様子に魔王はこれから先の展開が何となく分かってしまったが、とりあえず発言を許可した。


「はい、魔王様! 毒などという策は不要だったのです。やはり、全員で戦えば間違いなく勝てるに違いありません!」


 全く同じ発言に魔王は首を横に振る。


「前にも言ったが、それは最後の手段だ。別の作戦はないか?」


 アングリフは巨体を縮こまらせて再度椅子に座った。その落ち込み様を見た魔王は少し罪悪感を覚えてしまう。

 魔王は次の発言を促すために視線を巡らすと、娘であるロザリクシアと視線が合った。


「ねぇ、パパ。勇者って一人なの?」


 ここまで来て相手の戦力を周知させるのを忘れていた。と、魔王はようやく思い至った。


「そうだったな。大臣、説明を頼めるか?」


 魔王の言葉に大臣は再び立ち上がった。そして、先んじて用意していたであろう用紙を各々へと配っていく。大臣から渡された資料には確かに勇者一行の名前が綴られていた。


 異世界二ホンから召喚された『チート』能力を所持する勇者 ハナコ

 スキンヘッドのムキムキマッチョマン ジューディア

 金髪碧眼のエルフ ナディス

 ロリババア アンネ



 魔王は小首を傾げた。


「なぁ、大臣。何だか情報が少ないんだが?」

「……私も聞き及んだだけですので、詳しいことは分かりません」


 確かに情報に間違いはなく、正しい名前が記載されている。大臣には詳しいことを語ったわけではないのだが、魔王はどうしても苦言を口にしたかった。


「ちょっと雑じゃない? 特に最後のロリババアって何? 適当すぎるよね? こいつ、結構な実力者で全六属性魔法に加えて法術まで使いこなす難敵だよ? 何でこんな説明なの?」

「別にいいじゃないですか……」


 まくし立てる魔王に対して、大臣がぽつりと漏らす。俯き肩を震わせた大臣は何かに耐えているように見えた。そんな反応をするとは思っていなかった魔王は大臣に優しい言葉をかけようと必死に頭脳を働かせる。


「だって、魔王様、そんな話をしてくれなかったじゃないですか! 何ですか? 私はのけ者ですか? ロリババアの詳しい話なんてしてくれなかったじゃないですか!」

「えー……」


 今度は大臣がまくし立ててきた。目尻に薄っすらと涙を溜めて、まるで告白を断られた乙女のように訴えてくる。

 自分からした何気ない話が大臣にとっての情報の全てだったとは魔王は思いもよらなかった。地上の魔王軍駐屯地が勇者に襲われたときの情報を、何かしら持ってるものとばかり思っていたのだ。


「お、落ち着いて、今度はきちんと話すから。これから起きたことは全部伝えるから、だから気を落とさないで、ね? 大臣は出来る娘だから」


 すぐに割れてしまいそうなガラスの薔薇に触れるがごとく優しく繊細な心遣いで、魔王は今にも泣きだしそうな大臣を宥めていく。


「……約束ですよ」


 大臣が白い顔を紅潮させて視線を送ってくるので、魔王は正面から受け止めて何度も頷いた。宥めるように椅子に座らせるとようやく一息つけた。


「いちゃつくのはいいですが、これからどういたしますかな?」

「いちゃついてないよ!?」


 平静な面持ちのケラヴスに対して魔王は慌てて言い訳をする。ドラゴンと魔王の娘は目尻を下げてこちらを見つめてくる。そんな生温い視線を受けつつ魔王はひとつ咳払いをした。


「うむ。我が思っていた以上に情報が少ないな」


 ロリババアについての情報を魔王が知っていたのは、直接戦ったことがあるからだ。勇者一行がゲートにやってきた際に一戦交えたからわかったのだ。


「魔王様、僭越ながら提言させていただきます。拙者らはあまりにも勇者について知らなさ過ぎる……地上界には『将を射んとする者はまず馬を射よ』という言葉があります。まずは勇者の仲間の情報を集めてみるのも悪くはないかと」


 ケラヴスの冷静な判断に魔王は助けられる。大臣の件で少し不穏な雲行きになっていたが、なんとか会議の場を持ち直せた。

 魔王は居住まいを正すと、今一度円卓のメンバーを見渡した。


「ケラヴスが言ったように、『チート』勇者はひとまず脇に置おいてパーティーメンバーを調査してみるのもいいかもしれん。次の作戦は『勇者一行の赤裸々な日々』に決定だ」


 魔王の言葉に円卓の精鋭たちは頷いた。この場にいる全員が勇者一行のことをよく知らないという現状が露わになった。

 昔の人は言っていた『戦は始まる前から勝敗は決している』と。即ち魔王含むメンバーは既に負けていたのだ。この状況を覆すには敵を知らねばならない。


「全員で一人ずつというのは効率が悪い。一人につき、一人が担当することにする――

 スキンヘッドのムキムキマッチョマンには我が娘ロザリー。

 ロリババアに関しては的確な判断ができるケラヴスに任せる。

 アングリフはこの任に向いていないので、一回休みだ。

 我はツッコミ役の金髪碧眼のエルフを担当する

 以上だ」


 ロザリクシアとケラヴスは納得したようで首を縦に振る。アングリフは大きな口をもごもごとさせて何か言いたそうだが、それを堪えて頷いた。大臣は――不平といった感じで頬を膨らませている。


「大臣には各担当からの情報をまとめて欲しい。どうしても一人はまとめ役が必要だからな。やってくれるな? 我らがブレインよ」

「魔王様から直接聞きたいです」

「お、おう。わかった。我が二人から話を聞いておく」


 これには大臣も納得したのか、いつもの平静な表情で頷いてくれた。


「よし、者共! これより作戦『勇者一行の赤裸々な日々』を実行する! 作戦実行は各々に任せるが、三日後に情報を持ち寄り第三回会議を行う! 今日はこれにて、解散!」


 魔王は何かに焦ったかのように言い放つと、すぐさま椅子から立ち上がった。そして、誰よりも早くトイレへと駆け込んでいった。

 魔王の様子にポカンとしていた四人だったが、会議の終わりを理解して席を立った。三日という短い時間で情報を集めなければならないという状況を何とかしなくてはならなかった。

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