そこからムジナは

 3人は階段を上り、誰もいない教室に入る。

「あれ? 何だったの?」

 祐樹は自分のムジナ避けの袋を気持ち悪そうにつまみ上げた。

「大丈夫よ。あれは私たちの味方だから」

「幽霊みたいだったよ?」

「幽霊ではないかな」夏海は考え込むように宙を見つめた。「祈りが具現化したもの、かな。昔からこの島の人たちが安全を祈ってきた積み重ねの」

 そうなんだ、と祐樹は自分のムジナ避けを見つめる。

「これで外にいるムジナをやっつけられないかな?」

「それは無理かな。さっきやってみて分かったけど、一時的に近寄れなくするくらいの効果しかなさそう」

 その時、それまで黙って何事かを考えていた哲也が口を開いた。

「ムジナが出てきた石像にぶつけたら、ムジナを追い返せるんじゃないか?」

「石像?」

 哲也は森の中で見つけた石像の事を夏海に説明する。

 話が進むにつれ、夏海の顔が険しくなる。

「その石像、祐樹君も見たんだよね?」

 祐樹は頷くと、夏海は鞄からタブレット端末を取り出す。

「どうしたの?」

「これまでね、ムジナが発生する原因を探ろうとして、何度も島中を調べたの。それこそ、室町自体からね。でも、どの記録にもそんな石像の事は載っていないの。そんな怪しい石像、もしあったらすぐに」

 夏海が高速で動かしていた手が不意に止まり、同時に表情も固まった。

「まさか、これ。事実だった、の?」

 画面には、黄茶けた紙に毛筆で何かが書いてある紙が写っていた。

「これは、今から大体450年前の、2回目にムジナが出てきたときの資料で、小さな子の証言を記録したものなの」

「何が書いてあるの?」

「石像があって、その首を落としてしまった。その石像は5体あり、そのうち1体の首が既に落ちていた、と。この証言を基に大人が見に行ったら何もなかったそうね」

「それだ」哲也は頷いた。「俺らの見たものと同じ石像だ」

「ちょっと他の人と話してくる」

 ここから動かないでね、と言い残し、夏海は教室から出ていった。

 夏海の足音が遠ざかっていくと、哲也は立ち上がった。

「哲也君? どうしたの?」

「祐樹はここにいろ」

 哲也はこわばった表情で窓の外を覗き込んでいる。校庭では、多くのムジナが徘徊している。

「哲也君?」

「こうなったのは、島のみんなが困っているのは俺が原因だ。だから」

「だめだよ!」

 祐樹が悲鳴を上げた。

「俺が原因なんだ。だから俺が解決する」

 哲也は唇を固く結びながら、教室を出ていく。

 誰もいなくなった教室の端で、祐樹は呆然とその後ろ姿を見ていた。

「僕は」

 ふ、と。静かな教室の中で祐樹の声は響いた。祐樹は胸元のムジナ避けを握る。布腰の木像から、微かな熱を感じた。

 祐樹は震える脚を強く叩くと、ゆっくりと立ち上がる。

「僕は哲也君の友達なんだ。だから僕が哲也君を助けるんだ」

 その場に留まろうとする足を、意志の力だけで動かす。ドアまでの距離が果てしなく遠い。それでも、祐樹はゆっくりと足を進め、教室から出る。

 廊下の向こう側に哲也の後姿が見えた。

「哲也君! 僕も行くよ」

 祐樹の声が届いたのか、哲也がこちらを振り向いた。

「馬鹿じゃねえの」

 と呟いた哲也の顔は、嬉しそうにほころんでいた。

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