森の中で

ゆーり

森の中で

 真夏の太陽が照らす道を、哲也と祐樹の二人はランドセルを背負い並んで歩いていた。一日の授業を終えた体には疲れが残っているものの、家に帰ってからの遊びの期待に足取りは弾むようだった。

 道の両側には、うっそうとした亜熱帯の森が黒々とした姿を見せていた。上り坂の向こうでは、海面が陽光を反射し、きらきらと輝いている。

 彼らの住む島は車で1時間も走れば一周できるほどの、人口が1000人にも満たない小さな島だ。2週間に1度、本州から来る定期船のみが外界との窓口だった。

 二人は小さな石を交互に蹴りながら家路を進む。曲がり角の所で哲也が蹴った石は、大きく道を外れて森の中に入ってしまった。

「取りに行ってくる」

 哲也が森の方に歩を進めると、祐樹が泣きそうな声で哲也を引き留める。

「危ないよ。ムジナに連れていかれるよ」

「大丈夫だって。ムジナなんていないよ」哲也は足を止めることなく鼻で笑う。「俺たちが森に入らないように脅しているだけだって」

「でも、ムジナ避けのお守りだってみんな持っているでしょ? 大人だって。だからほんとにいるんだよ。危ないよ」

 大丈夫だって、と言い残し、哲也は森の中に入って行ってしまう。

 祐樹は哲也の入って行った場所を見ながら、その場に立ち尽くす。そのまましばらく待っても哲也は出てこない。

 祐樹は鞄から小さな袋を取り出すと、目をつぶり両手に握りしめた。中には小さな木彫りの像が入っている。祐樹が生まれたときに祖父が彫ってくれたムジナ避けのお守りだ。

「祐樹!」

「うわっ!」

 不意に肩を叩かれた祐樹は、情けない声を上げた。

「なんでそんなにびっくりしてんだよ」哲也は笑い声を立てると祐樹の袖を引っ張った。「面白いもの見つけたんだ。来いよ」

「いや、森の中に入ったらムジナにさらわれるって、じいちゃんが言ってたから」

 嫌だよ、と祐樹は首を振る。

「いいから来いって」

 祐樹は必死に抵抗するも、哲也は意に介することなく背中を押し続ける。

 一歩森の中に入ると、夏の日差しは遮られ、ひんやりとした空気が二人を包む。

 しばらく森の中を歩くと、倒木の陰に隠れるように、苔むした石像が立ち並んでいた。石像は5体あり、そのうち2体は倒れて頭の部分が割れていた。

「これ、なに? 哲也君、知ってたの?」

「さあ、知らない。偶然見つけたんだ」

「ムジナ、かな?」

その石像は、首から下は人間の体を模しているが、頭は何かの獣のような姿だった。

「すごくね?」

「怖いよ。早く離れた方がいいよ」

 目を輝かせる哲也と対照的に、祐樹は怯えた表情で辺りを見回している。今にも森の中からムジナが出てきて、二人を食べてしまうとでもいうように。

「大丈夫だって。ただの石だよ」

 哲也は明るい声で笑うと、石像の頭を何度か叩く。手のひらが石に当たる音が響いた。

「やめなって」

 祐樹が哲也の手を止めようとした瞬間、音もなく石像の頭が地面に落ちる。

「え?」

 石像から、白い煙が立ち上り、一瞬にして消えた。

 森の中から音がなくなる。

 二人は顔を見合わすと、どちらともなく悲鳴を上げ、走り始めた。

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