第11話 一泊旅行

次に彼女に会ったのは夏休み下旬だった。

宿題や塾などなにかとお互い忙しいので中々予定が合わなかったのだ。

これじゃあ、僕が彼女と一緒にどこかに行くのが待ち遠しかったように聞こえるがそうではない。断じてそんなことは絶対にない。


僕は身支度を整えてから外へ出た。

外は相変わらず暑い。

太陽は地面をギラギラと照り付ける。

家を出た途端空気が生暖かくなり、僕は幻滅した。

アスファルトを踏みしめながら約束の場所へ行く。

彼女はもう来ていてミニ扇風機を片手に本を読んでいた。

「なんだ。君、本読むんじゃん」

僕が声をかけると彼女は大袈裟にリアクションして

「君さぁ、突然声かけるとかもっと接し方っていうものがあるでしょー」

と言い、軽く呼吸を整えていた。

そんなに驚くものでは無いと思う。

普通の人なら。そう。普通の人なら。

彼女は普通の人ではない。

持病持ちだ。驚きが体に響くと病気に影響するかもしれないのだ。

僕は驚かせようと思ったわけではないが、とりあえず謝っておいた。

「ごめん……」

彼女は驚いて「君やけに素直だねー病気?」

と聞いた。

「君とは違って僕は健康そのものだよ」

「ひどーいそんなこと言われて私が傷つかないとでも思ってるのー?」

「傷つくの?」

「傷つかないよー」

彼女は呆気らかんとして本を閉じた。

よくよく見ると彼女が持っている本は漫画であった。

「で、今日はどこに行くの?」

「お?今日は乗り気かい?えーとねー海!」

「……海?」

「そう!とりあえず駅の方へカムバックー」

「あのさ、メールでも言ったけどカムバックは戻るって意味だからね」

僕がそう言って隣を見たが彼女はいなかった。

前方を見ると彼女はスキップしながら僕を振り返り、「早くおいでよー」と言った。

人の話を聞かないとはこういうことだ。

僕はため息をつきながら彼女のもとへ歩いていった。

「私ね、いつか男の子と二人で海行きたかったのー」

「ふうん。海なんて誰と行っても同じだと思うけど」

「それが違うよー行く相手によって気持ちも変化するでしょ?」

「どんな風に?」

「例えばー友達とか家族だったら気を使わない相手だからテンション上がるでしょ?

それに比べて例えば彼氏だったら身が引き締まる感じじゃない?」

「僕はどの枠にも当てはまってないけどね」

「え?君は友達だよー」

「何で僕が友達の枠なの?」

「え?もしかして恋人の枠に入れて欲しいの?」

「なわけないでしょ。君は馬鹿なの?」

「馬鹿って言ったほうが馬鹿ですー」

「違うよ。馬鹿って言われたほうが馬鹿に決まってるでしょ」

なんて大人気ない言い合いだろう。

「で、海はまだ?」

「君ってせっかちだなーまだだよー」

彼女はなんと駅の改札を潜り抜けた。

「ちょっと君、どこまで行くの?」

すると彼女は振り向いて「だから海だよー」

と分かっている答えを言った。

彼女は新幹線のホームまで行き、僕を振り返ってチケットを渡す。

「君さ……」

言いかけると彼女が僕の手を引っ張って無理矢理、僕を新幹線に乗せた。


気がつくと車窓から風景が流れていた。

横を見ると彼女は情報誌を見ていた。

「君はどこまで行くつもり?」

「だからー海だってー」

「海を見に行くのにどこまで行くのって聞いてるの」

「静岡だよー」

「静岡……?日帰りで行けるの?」

「うん。一応。無理だったら泊まればいいでしょ?」

「はぁ?」

「今二時半でしょ?行けると思うけど」

「日帰りで行けることを願うしかないよ。僕は必死で神様に祈ってるよ」

「えー?なんでー?泊まりでもいいでしょ?旅館とか泊まりたいー」

彼女は勝手に想像の翼を広げているので僕は窓に目を移した。

いつも思うが彼女の思いつきは激しい。

これに振り回される僕は結構なものだ。

彼女はいつの間にか、うたた寝をしていた。

気がつけば彼女は僕にもたれかかるようにして寝ていた。

僕は椅子を前に引き、彼女と触れないように気をつけた。

僕もいつの間にか寝てしまった。

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