第13話 ハルモニア帝国。

 左の肘上から先の無くなった真希の腕からは血が噴き出し滴り落ちて地面を濡らしていた。

 顔には脂汗が浮かび、抑える唇が激痛を物語っている。


 「おぉ、流石に血は赤いな。」

 互いにこれまでの打ち合いで掠り傷は追っており血は出ていたのだけれど、皮肉を込めて男は言った。


 「さて、お前らのおかげで最低限の目標は達成出来たがこちらも失ったモノは多い。お前の腕に免じてアルマの首一つで引いてやろう。」


 黒髪の男は再び馬車の前に向かい歩く。

 辛うじて生き残っている男二人によってアルマ……姫の首を持って黒髪の男の前に集まった。


 「決着、着けたければいつか帝国まで来い。」


 それだけ言うと3人の姿が靄がかかったかのように揺らめき、気が付けば姿も気配も完全に消えていた。

 後に残るはスワップ4人と敵……帝国の兵50人余りの死体。


 死臭と血の臭いに釣られて、禿鷹や魔物が寄ってくる恐れがある。

 今の負傷した状態では楽勝とは言い難い。

 遺体は敵味方問わず早々に埋葬してやる必要があった。


 「あー、真希……その腕痛くないのか?」

 「痛いよ、西瓜を出産するより痛いよ。出産どころかまだ処女だけど。」

 今この場に冗談に対して真面目に答えられる人はいなかった。


 真希は取れた腕を持って自らのテントの中へ顔を入れ商隊の人達に声を掛ける。


 「もう脅威は去ったよ。出ておいで。」


 しかし真希の左腕を見た瞬間商隊と御者の数人は気を失ってしまった。

 テントに半身を入れるなり、無くなった左腕部分から血が噴き出し、カオリと何人かの顔に掛かってしまう。


 「お姉さまの血……おいしい。」

 と、カオリが呟いていたのは聞かなかった事にした。


 

 気を失った数人はテントに残し、生存者はみな一ヶ所に集まった。


 「今から見せるものは他言無用でお願い。もし言ったり書面に残したら……夜中迎えに行く。」

 その場にいる夏希以外の面々はみなカクカクした動きで首を縦に振った。


 真希が取れた腕をくっつけると左腕を中心に光だし結合部が数秒見えなくなる。

 光が収まると切断されたのがなかったかのように綺麗に1本の腕になっていた。


 真希が左手の指を握って開いてを何度か繰り返し具合を確かめる。


 「ん、快復よし。」

 その場にいた全員の口が開いたまま塞がっていなかった。

 それもそのはず、部位欠損を直すには高額なエリクサーや、教会の大司教クラスでないと治すことは不可能と言われている。

 一回の冒険者やクレリックでは傷口を塞ぐことは出来ても、腕を付ける事は出来ない。


 「さて、ここからは……」


 真希が喋り始めたところで親衛隊の生き残り二人が土下座をして頼み込んでくる。

 「その力で姫を……アルマ様を生き返らせ……」


 しかし真希は最後まで言わせる前に言葉を遮る。

 「貴方達は一生の秘密を背負う事に覚悟は……」

 

 「あります。なんなら我々の命と引き換えでも。」

 そういえば姫と掲げていながら、こいつら姫と4Pしてなかったっけと真希は唐突に思い出した。


 「そういう選択肢もあろうかと首を挿げ替えておきました。」

 じゃんっと取り出したのは少し前に落とされた姫ことアルマちゃんの首。


 「おぉぉ、おいたわしや……」

 いや、だから昨晩4Pしてなかったっけ?あんたら従者じゃないの?

 姫っていうからサークルの姫かと思ったのに、一国の姫っぽいよと真希は思った。


 とりあえず首を胴体にくっつける。真希の腕を付けた時のように光が収まると、切り傷すら見当たらない綺麗な身体となった。


 「さて、それじゃここからは商談だ。幸い商人もいる事だし立会人となってもらうよ。」

 真希が欲するは情報。

 帝国の事、あの黒髪の男とその関係、アルマという姫の事を教える事を条件に復活させる事を約束した。


 親衛隊の二人は一秒でも早くと、話始めた。


 まずは帝国の事。

 帝国とはハルモニア帝国を指し、調和を意味するハルモニアが語源とされている。

 武力により調和を保つという点においては強ち間違ってはいない。

 もちろん武力だけで纏められる程国の運営は甘くないのだが。

 400年以上続く帝国には武力だけではない統率と指導と教育が徹底している表れだろう。


 そしてあの黒髪の男はその帝国の皇子であるフーギ・ハルモニアである。

 本名はもっと長いがこの場でその説明は必要ないと判断され語られはしなかった。


 フーギと現皇帝の仲は悪く、皇帝は時期皇帝にフーギ以外の者を就かせたいと考えている。

 しかし血縁者が公式上他におらず、妾の子等を探したところで見つかったのがアルマだという。


 しかしアルマは母親と共にこの王国で生活しており、帝国皇帝の隠し子であるという事実を幼少の頃から母より聞かされていた。

 護衛兼冒険者パーティである親衛隊の3人は幼少の頃から仕えており、従者である以上に兄妹のような関係であった。

 しかし3人共彼女に心底惚れてしまい、その気持ちを知ったアルマは……

 3人と関係を持つビッチとなってしまった。

 

 直接面識がなくてもアルマにとっては、自分の命を狙う帝国の気というか力は遺伝子で理解していたのか、初めて会うはずのフーギであっても理解してしまったのである。


 間者から母に報告があり、異母兄弟であるフーギがいつかどこかで命を狙ってくる恐れありという話は聞いていた。

 そのため王国で冒険者として実力を付けている最中だったのだけれど、本日狙われたというわけだ。

 どこで情報が洩れていたのか、現状では判断がつかない。


 つまりは、今回の襲撃は帝国のお家騒動に巻き込まれた商会と冒険者という事になる。


 「で、そのビッチさんが生きてるとわかると大変なんじゃ?」

 まだ死体のままだけど。


 「まぁ奴らが持って帰ったあの首は本物をコピーしたものだからバレるとしたら、本人を知る者と会った時だろうけどね。」

 

 「我々は商隊の護衛が終わった後、地下に潜ります。生きている事がバレなければひっそりと生きるくらいは出来るかと。」

 真希は話は終わったとばかりにリュックからあるものを取り出しカオリに見せる。

 カオリは鑑定をし驚愕するが、本物であることを宣誓する。


 「これは間違いなく魂返しの玉、つまり死んだ者を生き返らせるアイテム。当商会で販売するなら……白金貨1000枚といったところね。

 つまりべらぼうに高いというわけなのだが、王都に公爵家の屋敷を3つは建てられるくらいだろうか。


 「サービスだよ。二人とも生き返らせてあげる。その代わり誰にも喋らない伝えない一生墓まで持っていく事。あとは貸し1で良いや。」

 なぜなら高価なモノではあるが、空間収納に腐るほどあるからである。

 アイテム自体を使うのには問題はない、目立つ恐れがあるので大っぴらにしたくないだけであった。


 「真希、そんなにいろいろ語って良いのか?」


 「どうせ漏らさないでしょ。聖水は漏らすかもしれないけど。」



 真希が魂返しの玉を使うと、死んだはずの姫と親衛隊の一人は生き返った。

 ただし、二人は死んだ事実を覚えてはいない。

 すんでのところで気を失ったという事にしている。

 その方が幸せだからだ。


 「俺達は絶対に漏らさない。玉も命も大事だからな。その変わり護衛任務が終わった後も多少は贔屓目に見て欲しい。知り合い程度で良いから。」

 それはお願いするところではないだろう事柄であるが、彼らも必死なのである。


 「まぁ今回あんたらは良い働きだったと思うよ。加護があったとはいえ最後まで戦ってたし。」

 まったく何もしていないスワップの4人は論外だけど、と夏希は付け加えた。


 「流石に何もしてないみっともないあの4人はここに埋葬するよ。」

 その言葉に反対意見を言う者はいなかった。





 「さて、一応冒険者プレートはギルドに渡しておくかね。」

 身分証にもなるプレートはギルドに持っていくと遺族に幾許かの慰労として金銭が支払われる。

 それはランクと経験年数によって変わるのだが……

 夏希は4人のプレートを回収した。


 「まぁ本当に何もしてなかったもんな。プレート回収するだけマシと思って貰わないと。」

 正確にはブタの真似はしてたけど。


 死体は禿鷹や魔物が集まるという事もあるが、あまり放置しているとアンデット化する恐れもある。

 もちろん疫病や伝染病の恐れもある。 


 生存者によって一ヶ所に集められ夏希の火魔法により火葬される。

 火葬によってそれら全てが回避され、死せる魂は来世へと旅立てる……と言われている。



 火葬の火を見ながらカオリは真希に尋ねる。


 「貴女達は一体……」

 この質問は禁忌かもしれない。しかし尋ねないわけにもいかなかった。


 「私達は環の外の存在だよ。それ以上知りたかったら……貧乳乙女隊の一員となって一生を共にしないと教えられない。」

 カオリは息を飲み込み、これ以上は相応の覚悟が必要な事を感じた。

 そして火葬が終わると骨を土に埋葬し上から聖水をかけて簡易的な墓石を置いた。

 敵とはいえ、役に立たなかったとはいえ、ここで散った者たちは死して平等となった。  

 

 その後、夜間ではあるが隊列を再編し馬車を進めた。休むのはもう少し進んで朝方で良い。

 商隊代表カオリの判断である。


 生き返った二人は記憶の混濁と恐怖からしばらく眠りについていた。



 一方街……セーノペキューノスでは、最近妙に増え始めた魔物の討伐の依頼の多さに頭を抱えていた。

 「これはもしかすると……」

 ギルドマスターが神妙な顔つきで一人ごちていた。  

 

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