末は『博士』は失敗か?

マチュピチュ 剣之助

プロローグ~研究室配属

「私、恭太きょうたがこんなにも生き生きとして話しているのは初めて見たかも」

 莉緒りおがまじまじと恭太のことを見つめながら呟いた。その顔はなぜかどことなくつまらなさそうである。大学四年生になり、もともと志望していたロボットの開発をしている研究室に配属された恭太は、研究室の素晴らしさについて莉緒に語り続けていたところであった。恭太と莉緒は高校からの同期であり、高校卒業のタイミングで付き合い始めていた。


「あ、ごめんごめん」

 恭太は少しだけ我に返って話が過ぎたと反省した。付き合う前から含めると六年間もかかわり続けていたため、さすがに恭太も莉緒が興味なさそうであることは気づいた。ただ、なぜこんなにもつまらなさそうなのかは、恭太にはわからなかった。莉緒は、これまで恭太に良いことがあったら人一倍喜んでくれる存在であった。恭太が西都せいと大学に合格したときは、付き合う前であったにもかかわらず泣いて喜んでくれた。感情表現が苦手な恭太は、莉緒のそのようなところが気に入っていた。


「莉緒の研究室はどんな感じだったの?」

「私のところはまあ普通かな。なんか緩そうかなって感じでそこは安心」

 大学は違うが、莉緒も理系であるため同じタイミングで研究室に配属された。恭太とは違って、大学院に進学しないで就職することも最近まで考えていただけあって、莉緒はあまり研究自体に興味がないようであった。


「そんなことより、私は大学院入試の方が心配だなあ。意外と落ちる人は落ちるって先輩が言っていたし」

 莉緒の言葉を聞いて、恭太はまだ話していなかったことを思い出した。

「そうだ、今日先生に桜田君は博士進学も考えてみたらって言われたよ。なんか面白そう」

 恭太がそう言った瞬間、莉緒の顔は明らかに曇った。

「え?博士行くことも考えているの?」

「うーん、まだ全然。だけど先生とかの話を聞いていたら、すごい夢があっていいなあって思い始めているんだ」

 恭太は思っていることを素直に伝えた。


「まあ、まずは大学院入試だよね。博士進学するって言って大学院に進めなかったら笑い話だもん。入試受かってから考えようかな」

 莉緒が無言なので、恭太は話し続けるしかなかった。研究室配属されてから楽しいことばかりだった恭太にとって、莉緒の様子は正直予想外だった。


「ところでさ・・・」

 ようやく莉緒が声を出した。

理美さとみさんにも博士ありかもって話したの?」

「え・・・?お母さんに?」

 莉緒の発言は恭太にとって突然に感じられた。理美は恭太の母親であり、いわゆるシングルマザーとして恭太をこれまで育ててきた。


「話してないけど心配ないよ。お母さんは進路とかに口出ししないもん」

 事実、理美は恭太の進路に対して意見を言うことはこれまでなかった。大学入試の時も、恭太は自分で調べて西都大学の工学部を志望しており、理美は志望校を聞いてくることもなかった。ただ、恭太は理美が自分のために家事と仕事の両方を頑張っていることを知っていたし、理美も恭太が自分を楽にさせようとしていることを感じていたため信頼関係は厚かった。


「それじゃあ、もし博士進学するとしても理美さんには相談しないの?」

「しないと思うよ。もちろん、博士進学が決まったら報告はするけど」

 恭太はなぜ莉緒が理美のことをこんなに聞いてくるのかわからなかった。莉緒は恭太と付き合い始めるすぐに理美とも仲良くなっていたため、何か感じるところがあるのであろうか。


「ふうん」

 莉緒はそう言うと再び無言になった。その日は、それから特に会話が弾むことなく、恭太と莉緒はそれぞれの家に帰った。さすがにその晩は恭太もモヤモヤはしていたが、翌朝になると研究室のことで頭がいっぱいになり、すぐ楽しい日々を送り始めた。その後も、莉緒とは定期的に会って話をすることがあったが、この時みたいに気まずい空気になることはなく、いつもの二人の関係に戻っていた。



 そのような生活を送っているうちに、あっという間に二年近い月日が過ぎていった。

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