04

 彼に名前を教えてあげた日の夜。


 急に、容態が急変した。母親と父親に言って、すぐに病院に運ばれた。


 わたしは、なるべく、正確にお医者さんに自分の状態を伝えた。涙は、出ない。こういうのには、馴れている。短い人生。たいして疑問も、湧かなかった。そういう人間だというだけ。


 次に目覚めたときは。


 身体にいくつか機械が繋がっていて、口の周りには酸素吸入器がついていた。


 近くにいた母親と父親に、情況を訊く。


 どうやら、一番の問題は、身体ではなく心にあるらしかった。精神の成長が著しすぎて、身体がそれに追い付こうと不完全な成長を繰り返す。その結果、臓器や骨がめちゃくちゃになっているらしい。


 身体と心の、成長不一致。


 ちょっとおかしくて、すこしだけ笑った。酸素吸入器が揺れる。


 弱い身体をカバーするために、勉強をして頭がよくなったのに。その精神の成長に、今度は身体が耐えきれないなんて。


 治療もなすすべもなく。


 ただ、機械と酸素吸入器と毎日を共にする生活が始まった。


 頭を良くするには勉強が一番だけど。ばかになることは、できなかった。暇だったので、海外ドラマを見始めたりして日々を過ごす。


 遊ぶ彼の姿を、見れない。それが、残念だった。たぶん、もう見れないのだろう。このままゆっくりと身体が衰弱して、しぬ。そういう人生か。


 涙は、出なかった。


 数日が経って。


 お医者さんが、治験のおはなしをしに来た。


 精神と肉体の関係を深く調べるための治験で。自分は、格好の研究材料だった。実験体制の用意された海外に行くことになる。


「受けます」


 二つ返事で了承した。母親と父親も、自分が説得した。残りの命。自分の生き方をするのではなく、同じくるしみのなかにいる誰かのために生きるのも、わるくない。治験なので、おかねの心配もしなくていい。むしろ、治験代としておかねが両親に支払われる。


「あ、でも」


 承諾書を書く前に。


「ひとつだけ、条件があります」


 彼に、会いたかった。せめて、最期のお別れを言いたい。


 でも。


「いえ。ごめんなさい。なんでもないです」


 無理だった。機械に繋がれて、酸素吸入器もはずせないような自分が。彼に会っても、意味がない。


 それに。この状態を彼に見せたら。彼はまた、泣くだろう。謝られるかもしれない。その姿を見るのは、つらかった。




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