∞
彼女の甲に文字を書いてみた。いろいろ考えてみたが、この状況で何を伝えるにはそれしかなかった。
〈はじめ まして〉
はじめまして、って書かれた? また、書いた。同じ文字……。
混線による足の痺れはだいぶ弱くなっていた。今ならぶらんケットを取り去ることも出来る。このやりとりにつき合うこともない。……けれど。
私は彼の甲に返していた。
〈はじめ まして〉
……返ってきた。
親指越しに、彼の驚きが伝わってくる。その素直な反応に、私の緊張はほぐれていく。
彼女の指の感触で放心しそうになる。けれど、話を続けないと。何を伝えよう……。そう考えあぐねていると、彼女の指がまた動き出した。
〈あした しけん〉
私は無意識のうちに、そう書いていた。自分でも驚く。見ず知らずの人にこんなことを伝えても、どうなるものでもないのに……。指先が動く。
〈ふあん で……〉
〈ぼくも じゅけんだ〉
嘘でしょ。同じ受験生?
〈おなじ わたしも〉
私の足は心の言葉を置き換えた。指先が彼の肌の上を滑っていく。目蓋をぐっと閉じて、口に出来ない想いをしたためた。
〈……もう べんきょう したくない〉
〈わかる〉
そう伝えると、彼女の方から足を重ねてきた。その形をさらに感じる。きっと繊細で綺麗な形をしている。心臓が高鳴るのを感じつつ、僕は想いを伝えた。
〈だけど あきらめないで〉
〈そう だね〉
私もそう返す。ここまで続けてきたんだ。あと、もう少し。
彼を応援したいけど、いい言葉が見当たらない。
〈じゅけん おわったら……〉
そこまで書いて、私は指を止めた。
次に書かれる文字を、僕はじっと待っていた。
この人と会いたいの? 会って、どうしたいんだろう。受験生、ただそれしかわからないのに……。
彼女の沈黙が心に染みた。心と心が繋がれたようなのに、何も伝えられない。切ない気持ちで胸がいっぱいになる。
〈がんばって〉
〈うん がんばって〉
僕らは握手をするように、両足で互いの足を挟み込んだ。
ずいぶんと長い間そうしていたが、やがてどちらかともなく距離を取り、最後の文字を送りあった。
〈ばいばい〉
〈ばいばい〉
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