第2話「ただ今帰りました~!!なんだ……ヌルゲーじゃん」


 一瞬気を失った後、体が馴染んだことに気付くとすぐに起きる。そしてこの七年間の習性から周りを確認した。硬い囚人用みたいなベッドじゃない……周りが石壁じゃない……ちゃんとお気に入りのアイドル『RUKA』ちゃんのポスターが貼ってある。見ると微かにカーテンから朝の陽光が入ってくる。カーテンを開け思わず目を細めて周りを確認するとそこには住宅街の朝の風景が広がっていた。


「うっ……ううっ、俺、帰って来たんだぁ……万歳! 万歳!! ばんざ~い!」


「うっさい!! クズ!! 静かにしなさいよ!!」


 ドンと、壁が叩かれる音がしているけど気にしない。隣の部屋から姉の声が響いたけどそれも気にしない。だって、俺はやっと帰ってこれたんだから、七年、思えば長い戦いだった。


「ぐすん……もう夜襲や爆殺や毒殺や派閥争いとホモに怯える事も魔王退治に邪神退治にドラゴン征伐に行かなくても良いんだ……あとお使いクエストも……これからは俺は自由だああああああああ!!!」


「だっから、うっさいって言ってんでしょうが!! クズ!! 黙れ!!」


 ドンドンと壁が叩かれ怒号が聞こえるけど俺にとってそれはそよ風のようだった。魔法に巻き込まれた人の怨嗟の声や、斬り殺した魔族の悲鳴、戦場での絶望の声や喚き声に比べれば街中で『こんにちは』と言われた程度にしか感じない。実際、王都の食堂ならともかく辺境の町の食堂のオバちゃんなんてあんな感じでクズとかダンナさんの事を言ってたしなと思い出す元勇者カイリ。


「さて、起きるか……久しぶりの高校生活かぁ……どうなってるんだろ?」


 この元勇者は気付いていないが過去に戻ったのであるから当然周りの人間は七年前のままである。よって何一つとして変わっては居ない。どうなっているもクソも無いのである。部屋を出て階段を降りると姉がムスッとした顔をして家を出て行くところだった。


「こんな時間に起きて来るとは今日は一段と弛んでるな……情けない。遅刻だけは決してしないように、私の学校での評判にも関わるからな」


 そう言うとバタンとドアを閉めて出て行く俺の姉その二の秋山絵梨花あきやまえりか、高校三年生。ちなみにさっきから隣の部屋で俺をクズ呼ばわりしていたのは上の姉、秋山由梨花あきやまゆりか大学一年生だ。


「また一段と不機嫌で……まだあの日じゃないはずだし……何があったんだ?」


 三人は年子なのだが実はその二人とは血は繋がっていない。簡単に言うと両親の再婚で出来た連れ子同士の関係だ。今羨ましいとか思った奴は聖剣で斬るから表出ろ。あの二人の弟になってから俺はろくな事が無かったからな。そう思いながら小学生の頃の自分の過去を思い出していた。


「そうだった……俺の家……てか人生ハードモード継続中だったじゃん……」


 まず両親が快利の母の不倫が原因で離婚していた。快利が小学校に行っている間に母はせっせと弟を作っていたのだ。半分だけ血の繋がった弟を……。結果的に泥沼になる前に、その母はすぐに間男さんと半分自分と血の繋がった弟を腹に入れたまま家を出て行った。


「別にそれは良いんだよな居ても居なくても変わらん母親だったし」


 その数年後に父は再婚して我が家は平和になると思われた。彼としては父子二人の生活でろくに家事もしない父に代わり、そして浮気三昧で最初から家事もしてなかった母にも代わり小学三年生になるまでに既に家事をしていたのだ。それからやっと解放される、新しい母が来てくれると涙を流して喜んだのだ。


「ま、あんま状況は改善されなかったんだよなぁ……母さんだけなら良かったのに……余計なのが付いて来たから」


 しかしその再婚相手には娘が二人いた。それがさっきの二人で、その姉妹が最悪だった。姉妹と言っても彼より二人とも年上だったので実質姉が二人出来た状態で最初は年上の異性と一緒の生活なんて喜んでいたのだが、その幻想は再婚して一ヵ月後に脆くも砕け散った。家事を始め全ての雑務を一人で担う事になり、最終的に二人の奴隷のような扱いをされていた。


「周りからはシスコン呼ばわりされて最悪だった……あいつらのせいで俺は毎回貧乏くじばっかで……それに母さんがなぁ……」


 彼はそこで新しく出来た優しい義母に待遇改善を求めた。しかし新しい母に言っても困った顔をされるだけ、別に新しい母は鬼のような義母では無かったが流されて意思がとにかく弱い人だった。


『分かったわ快くん お母さんが言ってくるわねっ!!』


 と言っていつもあの姉二人に「メっ」と優しく注意して終わってしまうので効果が欠片も無い。何度も言うが悪い人では無いし、親父もこんな美人どうやって捕まえたんだよってくらいの優しい人だ。


『快くん!! これからもお母さんに何でも言ってね!?』


『う、うん。ありがとう……お母さん』(ダメだコイツ使えねえ……)


 おっとり美人な母さんと似ている姉二人は性格は最悪なのに見た目だけは良いから困るのだ。誰も俺の苦労や影の活躍も美人で優秀な姉二人に嫉妬して甘えていると勘違いされてしまうのだ。


「そんで極めつけは親父なんだよなぁ……あの野郎、今度家に帰って来たらタダじゃおかねえからなっ!!」


 そして父も姉二人には手を焼いていたのだが、最終的にはまさかの彼を放り出して仕事場に泊まると言う暴挙に出た。つまり会社に家出をしてしまったのだ。こうなるともうあの性悪姉妹の天下で俺の扱いなどペット以下だ。

 中学生時代は暗黒時代で二番目の姉、絵梨花とは相性が最悪だった。上の由梨花とは一年間しか一緒では無く高校は別だったので家だけで顔を合わせれば良かったのだが絵梨花とはなぜか高校まで一緒になってしまった。


『お母さん、エリちゃんと同じところに行ってくれると嬉しいなぁ……快くんお願いね? ね?』


『でも、俺エリ姉さんとは違うとこが……』


『快利!! お前のように性根が腐った中途半端な人間は私がキチンと見ていなければ堕落する!! 良いから同じところに進学しろ!!』


 そう言って強引に今の高校に進学させられてしまったのだ。涙ながらに中学の数少ない地元の友人たちに別れを告げて電車で四駅も離れた高校に通うはめになってしまったのだ。


「ん? ポロ!? 久しぶり……じゃないな、どうした? ご飯か?」


 ちなみに今、階段を降りた俺にエサ入れを持って来て目の前に置いた優秀なポメラニアンは姉妹が連れて来たペットで名前はポロ、世話をしている俺に一番懐いていて家での唯一の味方だ。またエサ当番をサボりやがったな。母さんは何をやってんだろうか。ペットフードとお水はキチンとやってくれるはずなのに……。そう思ってリビングに繋がるキッチンの惨状を、何より悲鳴を上げる母を見ると全てを理解した。


「あっ!! 快く~ん!! お母さんまた目玉焼き焦がしちゃったの~」


「ああっ!! 母さん火事になるから!! あと焦がしたんじゃなくてそれは消し炭になったて言うからね?」


 そうなのだ。母さんこと秋山夕子は料理だけが出来ない。掃除も洗濯もDIYも出来るのに料理だけはなぜか出来ないのだ。どこかの漫画やアニメのように鍋は爆発をさせフライパンは使えば使用不能になるまで焦がす。


「あぁ……弁当箱ごと消し炭に……だからエリ姉さんあんなに不機嫌だったのか」


 母さんに唯一出来るのは炊飯器に無洗米をセットするだけ。なるほどそれで朝から機嫌が悪かったのかと納得した。朝飯抜きの状態になった上に弁当箱まで消えたらそれはキレるだろう。なんせ普段は俺が作っているのを母さんが弁当箱に詰めているのだから。


「どうしよう快くん……。このままじゃまたエリちゃんだけじゃなくてユリちゃんも怒っちゃうわ……」


「たしかに……エリ姉さんはあの程度で済んだけどユリ姉さんはガチでまずいよね……しかしどうすれば……」



――――――復元魔法、もしくは創造魔法の使用を提案します――――



「っ!? ガイド音声!! なんで聞こえるんだ!?」


「どうしたのカイくん? ガイドさんなんて家には居ないわよ?」


「うん。ゴメンね母さん少し黙っててね?」


 彼は直後に脳内のステータスを確認するために指令を走らせる。するとそこにはあの異世界で培った全てのスキルが使用可能になっていた。しかもこちらに戻った直後に、この体にバフをかけまくったせいであちらの世界とほぼ同じ肉体能力になっている事も判明した。


 しかも七年後の二十四歳にはあちらに居た時と同じ世界最強にして世界を五度救った時と全て同じ能力になると言うから驚きだ。しかもこの十七歳の状態で既に邪神や新生魔王を倒した時と同じくらいの強さは有る。さらに確認すると因果律操作の魔法と時空魔術は使える。使えないのは封印系の魔法と物理法則を無視する魔術、魔法を全て無効化する魔術だけだった。


「えっと……取り合えず復元……出来た」


 目の前では一瞬だけ輝いた後に火災後の状態のキッチンやガス台が完璧に復元されていた。しかし弁当箱は空だった。それはそうだ母さんは詰め替える専門だ。詰めるものが無ければそもそも何も出来ない。


「母さん!? ご飯は? 炊いた!?」


「もう快くん、お母さんだってちゃんと……お水を入れて忘れてスイッチを忘れちゃった……どうしま――「了解。じゃあ時空魔術で……」


 快利はすぐに時空魔術を炊飯器にかけるとスイッチをピッと押すとすぐに炊き上がった。さらに気候魔法の一つ『変動』を展開しご飯をお弁当に入れても大丈夫な温度まで下げた。これでいきなりお弁当の中身が悪くなる事は無い。


「じゃあ、このままおかずを作ろう……」


 よし、と彼は言うと創造魔法と、調理スキル(レベル宮廷)を選択、さらに自分自身を結界魔法で覆うとその結界に時空魔術をかける。その結果、結界内の時間の流れは外とは何千倍もの速さで流れる。


「やっぱ新生魔王軍との戦い、神速世界と同じ要領で動けば行ける行ける~♪」


 しかし今の彼の身体能力ならその結界内でも簡単に調理ができる。そして魔術は物にしか影響を与えないので人間である快利には影響が無い。キッチン内で結界の指定外にした母さんがスローモーションで動いているけど反対に時空魔術の影響下に置いた器具やキッチンは通常の速さで動ける。


「創造魔法で食材を全部作ってそれをスキルで調理……頑張っても十五分か、学校にはワームホールで行けば間に合うからギリギリまで弁当を作れば何とか……いや余裕じゃん」


 そこで彼は気付いた。ワームホールを使ってタイムスリップすれば良いじゃない?と、そう考え弁当を即座に作り終えると現実では一分も経っていない事に気付いてワームホールは学校行きだけにと決めた。


「こんな遅かったら新生魔王軍の一般兵にすら勝てないよな……てか向こうの王国軍の人達だって時空魔術は使えないけど時間魔法が使えたし……」


 一分の千分の一は0.001秒なので瞬きすら出来ない時間だから0.015秒で調理を終えられる事になる。仕方ないからユリ姉さんの弁当も、あと母さんがまたコンビニ弁当だと、かわいそうだから母さんのお昼も作っておいてあげなきゃ……それと朝ごはんも今の残り物でテキトーに後は卵焼きも……味噌汁は手抜きでインスタントで……。


「よし、完了っと……」


「――しょうって……快くん!! すご~い!! いつの間にかご飯が出来てるわ!! 一瞬凄い速さで快くんが動いてるように見えたけど気のせいよね?」


「うん。母さん。気のせいだよ? な? ポロ?」


 ポロは流石に変化に気付いているのでキャン!キャン!!と興奮して吠えて来るけど無視だ。俺は上に戻ると急いで制服に着替えて部屋に出るとTシャツと下はショーパンと言う薄着のユリ姉さんが出て来る。大学はどうしたんだろうか?


「ったくクズ快利!! 朝からうっさいのよ!! おかげで三限まで休講なのに起きちゃったじゃないの!?」


「あ~ゴメン。俺学校だから。じゃ!!」


「ちょっと快利待ちなさいよ!!」


 俺はすぐに学校に向かうために階段を降りて母さんに行ってきますとだけ言うと外に出た。先に出たエリ姉さんは朝の急行で間に合うけどギリギリなはず、だけど普通なら俺は学校まではどう足掻いても間に合わない。

 そしてあのイライラした状態ならエリ姉さんはギリギリまで朝ご飯を待っていたはず、なので朝食用のおにぎりの包みと俺と姉さんの分の弁当箱二つを持って家を出た。


「じゃ、登校しますか……ここら辺にあったな……聖剣!! そして時空魔術!!」


 快利はいつものように聖剣を空間から取り出してワームホールを作りだし出口を校門前に繋げる。そしてそれをくぐって校門前に到着した。



 よし、後は姉さんを待ってれば……予鈴がなる一分前に姉さんは走って来ていた。今からなら姉さんの足なら余裕で間に合うだろう。


「お~いエリ姉さ~ん」


「はぁ!? 快利!! どうやってここに!?」


「姉さんが弁当忘れたからだよ。はいこれ。あと朝食用のおにぎりね」


「あ、ああ……って、どうやってここまで!? っていない……もうあんなとこまで……」


 姉さんに余計な詮索される前に時間魔法で自分の素早さを上げて歩いていたのでもう声の届く範囲からは出ていた。エリ姉さんは家では一番頭が良いのでツッコミが怖いので早めに退散だ……じゃあ教室へ行こう……なんだ……ヌルゲーじゃん。意気揚々と俺は教室に向かう。大事なことを忘れて。

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