第5話 バカはヒーローになりたい③

「少し、時間を開けよう。落ち着いたら声をかけてくれ。」


 そんな事を言われ、卯木乃羽さんが出ていって、どれくらいの時間が流れたのか。

 気が付けば外は紅く見え、夕暮れになっていた。


「少しは落ち着いた、かな?」


 自分で自分に問い掛ける。


 ショックだった。


 男性には『意味が無い』事が。

 女性に渡したお金で『子供を殺された』事が。


 酷くショックだった。


 グルグルと頭の中が渦巻いている感じがして、落ち着かない。

 そんな中で俺が浮かべた事。


『俺はヒーローにはなれない』

『バカはいくら強い力を持っても無駄』


「えっと、榊?さんでしたよね?」


「ん?あぁ。もう良いのか?」


「はい」と返事をして廊下から部屋へと戻る。榊さんはずっと部屋の前で待っていたようで、申し訳なく思う。

 バカな俺のせいで迷惑をかけてしまった。


「さて、話を続けましょうか」


 榊さんが呼びに行き、戻ってきた卯木乃羽さん。すぐに話を続けようとするけど。


「俺は、ヒーローには、なれない、ですよね?」


 俺が返した返事は了承ではなく、問い掛け。俺には誰も救えない。そんな考えがあった。


「そんな事はありません」


 ?

 無理だろう。

 こんなバカは大人しくしておくのが良い。


「君は自分が間違ったことをしたと思っていて、そんな間違ったことをしてしまう自分は、誰かを助ける事が出来ない。そう、思った。

 でも、君の想いは、心は、間違いなくだと私は思うよ。」


「そんな、ことは・・・」


「単純に君には足りないモノがある。ただそれだけです。それは当たり前な事。君は人間なんだから。

 人間は決して完璧には成れませんよ。」


 俺に足りないモノがある事はわかってる。知っている。それがどうしようなく多いことも知ってる。

 そんなことはずっと前から・・・・。


「君には『力』がある。だけど、足りないものもある。その足りないものは誰かが補えば良い。支えれば良い。

 私はそう思うよ。」


 ・・・・・。


「でも、父ちゃんも母ちゃんも姉ちゃんももう誰も、いない。」


「・・・・家族だけが君を助ける訳じゃないだろう」


 ・・・・・家族だけじゃ、ない?


 そうだ、社長。

 社長だって、俺を助けてくれた。あの人は家族じゃない。家族だけが助けてくれる訳じゃ、ない。


「私も、君を助けたいと思っている。そう思ったからこそ君をここに呼んだんだ。」


「?それは?どういう事ですか?」


「君は考えが足りない。想定が甘い。

 では、その部分は他の誰かが補えば良いでしょう?そうすれば君は思う存分その力を振るえるでしょう?

 だから、足りないものは私が補いましょう。少なくとも今だけは、今回だけは。私にも君を助けさせてほしいと思っています。」


「いいんですか?」


「えぇ。喜んで協力しますよ。」


「ありがとうございます・・・!」


 ヒーローが誰かに助けられるのは変だと思うけど、でも、このままじゃダメで、でもヒーローになることは諦めきれなくて、だから、嬉しかった。


 そんな感謝を伝えた俺を困った様に見ている。


「そんなに簡単に認めては心配になりますね。私だって悪いことを考えているかもしれないのに。」


 確かにそうだけど。


「このままじゃ、また同じ様な事をやってしまうと思うんです。俺は、バカなので・・・」


「そうですか・・・・。」


 これ以上何を言って良いのかわからず、黙る。何故か同じ様に卯木乃羽さんも黙ってしまった。


「仁さん。状況が悪化しました。」


「!本当ですか?」


「はい。監視対象が自殺を図ったため、拘束したと報告がありました。」


 自殺!?え?ちょっとなんの話ですか!?


「では、そこまで急ぐ必要はないですね。」


 えぇ!?緊急事態では!?


「善吉くん。榊くんに君が止められた場所、家、と言えば良いでしょうか?あのお宅の住人が自殺を図ったようです。

 あのお宅の人、君が助けようとした人は、右手と左足を付け根から失い、更に左足も膝から先を失っています。」


「え?そ、それって、自殺で・・・・?」


「いえ、違います。自殺が原因で失ったわけではなく、今から数ヵ月前に事故で失っています。

 そんな体ですから、仕事どころか生活すら独りではままなりません。だから、と言って良いかわかりませんが、自殺を図ったようです。

 生きていても迷惑をかけているだけ。いっそ死にたい。

 そんな事を普段から言っていたみたいです。」


 ・・・・。

 言葉が出ない。

 確かにそんな状態だと『死にたい』と思ってしまうかもしれない。


「そんな人を君が助ける場合はどうしますか?」


「え?えっと・・・・あっ!もしかしたら【治癒】で治せるかも!?い、今すぐ行って治さないと!!」


「榊くん!」


「はい!おら、ちょっと落ち着け!」


「は、離してください!!」


 ち、力強っ!あ!「グゥ!」

 あっという間に組伏せられた・・・・!


「君が力を使ってその人を助けた場合かなりの騒ぎになります。」


「べ、別に騒ぎななっても・・・「全然、全く、良くありません」・・・・。どうしてですか?」


「漸く話が戻せますね。

 君がそのままの姿、『澤田善吉』として誰かを助けるときに『力』を使うと、さっきまで話していた『悪い人間』たちに君は捕まり、利用されるでしょうね。更に様々な勢力に追い回される事にもなり、結果的に誰かを助けることは難しくなったでしょう。」


 ・・・・ヒーローは狙われる。と言うことだろうか?


「ではどうするか。それは正体を隠すんです。

 これはこの世でヒーローを目指すのならば絶対にしなければいけません。

 悪に利用されるヒーローなんて笑い話にもならない。そうでしょう?」


「利用・・・」


 そうだ。

 なんで今言われるまで気が付かなかったんだ?あの大男さんも注意してた『使い方を間違えるな』って。

 その時は【変幻自在】は気を付けて使うもの、としか考えなかったけど。そうじゃない。

【豪運】も【察知】も【治癒】も【変幻自在】も、悪いやつに使わせちゃダメだ。それは危険な使だ。


 この力をヒーローとして使うには、もっと考えなきゃいけないんだ。


「どうやら、理解してくれたようですね。

 君はその力と澤田善吉を繋げては、繋げさせてはダメなんです。善吉くんが善吉くんとしてしていいのは考えることと、誰を助けるか決めることまで。

 あとはヒーローとして違う存在を用意し、力を使うのは全部そのヒーローに任せなければなりません。ヒーローと澤田善吉は別人である必要があります。」


 考えることは俺には出来ない。バカだから、そんな事は無理。でも、さっき卯木乃羽さんが教えてくれた様に他の誰かに助けてもらって考えてもらえば良い。

 そして、誰を助けるかを決める。それは簡単だ。


 皆を助ける。


 でも皆を助けるにはヒーローが俺だとわかったらダメなんだ。わかってしまうと悪い人に利用される。だから、正体を隠す。


「ど、どうすればいいですか?」


「取り敢えず今は急場凌ぎではありますが、助ける人の視界を潰します。

 榊くん。対象に目隠しをするように指示してください。」


「了解です。

 離すぞ?勝手に行動するなよ?」


「はい。」


 わかってます。


 やっと自由になった体をお越し、一息。


「さて、それじゃあ行きましょう」


 卯木乃羽さんの言葉に従って立ち、歩き出した卯木乃羽さんの後を付いていく。


 卯木乃羽さんの後ろ姿は、スゴくヒーローに見えた。

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