双魄のエリュシオン ~誅戮の転生者~

鳥びゅーと

第1章 異世界への転生と新しい生活

episode1 目覚めたのは

 夜の帳が下りたとある港町。

 この時期だと普段は閑静な港だが、その日は騒々しく多数の影が動いていた。


「見事に全員ナイフで首を切られているな」


 そこには喉を掻き切られた死体があちこちに転がっていた。

 そこへ一人の警官が駆け寄って来る。


「警部! 見付かりました! 三十二番コンテナに大量の麻薬がありました」

「情報通りだな。組織はここで取引をしようとしていた」

「でもそこを奴に全員殺されたと。それで犯人は十年ほど前からネットを騒がせている指名手配犯の……」

「ああ、その『エリュシオン』と名乗る人物に間違いない。こっちに回っている三班以外の全員で追跡中だ」

「それで状況は――






「そっちに行ったぞ! 逃がすな!」


 現在、俺は警察に追われている。


(面倒なことになったな)

(うーん……そうだね)

(……呑気なことを言っている場合か。代わるぞ)

(分かった)


 警察に追われている人物はそう会話する。


(随分と人数が多いな……)


 恐らく俺を捕まえるためではなく、ここで行われるはずだった闇取引を押さえるためだろう。

 尤も、その取引は俺が取引人物を全員暗殺したので無くなったが。


(後は退くだけだったのにね)

(そうだな。……左は待ち構えられているな。そこのコンテナの角を右に)

(了解っ)


 そう会話しつつ積まれたコンテナの間の通路を駆け巡る。

 だが、そんな逃走劇にもついに終止符が打たれる。


「……っ!」


 開けた場所に出ると同時にライトで照らされる。


(うーん……もしかしてだけど)

(ああ、そうだろうな)


 途中から薄々勘付いてはいたが、やはり追い込まれていたらしい。


「お前は既に包囲されている。武器を捨てて両手を挙げて投降しろ」


 辺りを見回すと銃と盾を構えた警官隊によって包囲されている。


(……で、どうする?)


 前方は一面警官隊によって包囲されている。二列の隊列を組んで包囲していてここを突破するのは困難だろう。

 一応後方を確認してみるが、当然そこにも警官隊が待ち構えられていた。


 また、こちらが投げナイフを使うことを知ってか、サーチライトの前にも警官隊がいて盾を構えてしっかりと守っている。

 ライトを壊して暗闇に紛れて逃げることはできなさそうだ。

 そもそも、投げナイフでライトを壊せるかは怪しいところだが。


 こちらが一人なのに対して随分な人数だが、元々はとある組織の闇取引の現場を押さえるために集められた部隊であろうことを考えればこれだけの人数なのも納得できる。


 だが、こちらとて捕まる気はない。


(前方は無理だな。後方に引き返そう)

(でも後方にもいるよ?)

(そこは盾を踏み越えて行くか無理やり人の間をこじ開けて進むかでもして何とか突破するしかないな)

(それしかなさそうだね)


 望みは限りなく薄いが今はこれに賭けるしかなさそうだった。

 方針が決まったところで後方へ向かって引き返そうと踵を返す。

 だが、次の瞬間、辺りに銃声が響く。

 そして、俺はそのまま倒れ伏して意識を失った。






「…………え……か」


 何者かの声が聞こえる気がする。

 意識がはっきりとしない。

 自分はどうなったのだろうか。分からない。

 だが……全ては終わった。多分そうなのだろう。そんな気がする。

 でも、別に良いか。

 どうせ世界は嫌いだった。

 もしも世界を壊してしまえるほどの力があったのなら、迷わず壊していただろう。


「……こえ……すか」


 何者かの声が聞こえる。

 どうやら、呼びかけられているらしい。

 そして、今度ははっきりとその声を聞く。


「聞こえますか?」






「お目覚めのようですね」


 目覚めたのはあたり一面真っ白な何もない白い空間。

 文字通り何もなくただただ果てなく白が続き、そこには地面という概念すらない。


 そこにいるのは自分自身ともう一人の二人の人物のみ。


 その人物は黒色のドレスを着た女性で歳は二十代ぐらいだろうか。

 靴は履いておらず裸足だ。

 そして、白色に僅かに蒼みのかかったライトシアン色の髪に紫色の瞳をしていてどことなく神々しい。

 しかし、その表情や瞳はどこか無機質で人間味が薄く、人形のような印象を受ける。


 そして、背中には灰色の古びた金属のようなものでできた翼がある。

 だが、よく見るとその翼は直接背中には付いておらず、どういう原理か浮いているようだった。


 状況を飲み込めず押し黙っていると彼女は口を開いた。


「聞きたいことがあるようですね。私に答えられる範囲であればお答えします」


 まだ状況が整理できていないが、とりあえず彼女に聞いてみるしかなさそうなので色々と聞いてみることにする。


「ここはどこなんだ?」

「ここは神域と呼ばれる場所です」


 神域?……聞いてみたは良いもののよく分からないな。


「何者なんだ?」

「私のことはマキナとお呼びください」

「……人間なのか?」

「いいえ」


 見た目は人間のようだが、どうやら人間ではないらしい。


「ではどういう存在なんだ?」

「神といったところですかね」

「…………」


(神……ねえ…………)


 神の存在を信じるかと言われれば迷わず信じないと答える。

 とは言え、誰も神が存在しないということを証明できたわけではないので、神が存在していたとしても不思議ではない。


 尤も、それも自称なので本当に神なのかどうかは分からないが。

 そして、俺はそのまま質問を続ける。


「俺はどうなったんだ?」

「あなたは亡くなりました」

「でも今こうしてここにいるのだが」

「私が魂を回収しその体を創り上げましたので」

「…………」


 疑問点を解決するために質問しているはずなのに、質問するごとに疑問点が増えていく。


(このままだといつになっても問答が終わりそうにないな……)


 埒が明かないので少々質問を変えることにする。


「ここまでの経緯を順を追って説明してくれるか?」

「分かりました。では順を追って説明します」


 マキナはそう言うと説明を始める。


「まず、あなたは頭部を撃たれて亡くなりました。通常死亡するとその魂は肉体を離れて消滅してしまいますが、稀に消滅せずにしばらく残ることがあります。そうして彷徨っていたあなたの魂が偶然にも次元空間の歪みに巻き込まれてこの世界へと来ました。そして私が仮初の肉体を創り上げてその魂を保護し現在に至ります」

「ということはここは俺のいた世界とは別の世界ということか?」

「はい、そうです」


 どうやら、ここはいわゆる異世界というものらしい。


「大体の事情は分かった。それで俺はこれからどうなるんだ?」

「選択肢は二つあります。まず一つ目は仮初の肉体の維持をやめてこのまま消滅すること。そしてもう一つはこの世界で転生するかです」

「転生? そんかことができるのか?」

「はい、可能です」


 このまま消滅するか転生するかの二択ならばもちろん一択だ。


「では転生するということで」

「分かりました。それと転生するに当たって一つ」

「何だ?」

「あなたのもう一つの人格、『シオン』と呼ぶ方をどうするかです」

「!」


 彼女の言う通り、シオンは俺のもう一つの人格だ。

 だが、そのことは誰にも話したことはなく俺しか知らないことのはずだ。

 それに名前までしっかり当てている。


「そのことをどうやって知ったんだ?」

「魂を回収した際にあなたの記憶を読み取りましたので」


 そんなことまでできるのか。

 最初は色々と信じがたいことばかりだったが、今なら彼女が神だと言われても納得できる気がする。


「ということは俺の名前も……」

「もちろん知っています。そうですね……本名で呼んだ方がよろしいですか? それともあなたがよく使っていたハンドルネームの方で呼んだ方が良いですか?」

「後者の方で頼む」


 普段から本名で呼ぶことなんてなかったし、『殺戮の執行者』と呼ばれるようになってからは完全に使わなかったからな。

 むしろ本名で呼ばれるとしっくりとこない。


「では以降はエリュさんとお呼びします」

「ああ、そう呼んでくれると助かる。……それでシオンがどうしたんだ」

「このまま転生させてもよいのですが転生に際してエリュさんとシオンさんとでそれぞれに別の肉体を用意し、人格を分離してそれぞれ独立した存在にすることが可能です」

「そんなことができるのか。……少し待ってくれるか」


 俺の一存で決めるわけにはいかないのでシオンと相談することにする。


(シオン、今までの話……)

(もちろん、全部聞いてたよ)


 通常多重人格者は一定の周期で人格が入れ替わったり、他の人格でいるときの記憶がなかったりすることが多いらしい。

 だが、俺達は任意に人格を入れ替えることができ、さらに常に全ての感覚を共有している。

 そのため、シオンもこれまでの会話をすべて聞いている。


(それでどうする?)

(ボクは分離してほしいかな)

(……そうか。分かった。…………)

(あ! エリュが嫌いになったとかそういう事じゃないよ! もちろんエリュのことは大好きだし……)

(分かってるよ)

(むぅ……絶対分かってなーい!)


 俺のことが気に入らなくなって別れたいと言っているわけではないことぐらいは分かっている。

 ……大丈夫……だよな?


「……決まりましたか?」

「ああ。人格を分離する方向で頼む」

「分かりました。それでは早速、作業に入ります。少々お待ちください」


 そう言ってマキナは目を閉じる。


「それにしても本当に良かったのか?」

「何がでしょう?」

「転生させても問題無いのかということだ」


 記憶を読み取ったのなら俺がどんな人物かは分かっているはずだ。


「はい。問題無いと判断しました」


 どうやら、問題無いと判断されたらしい。

 どういう判断基準なのだろうか。

 まさに神のみぞ知るといったところか。


(それにしても異世界への転生か。まさかこんなことになるとはな。そこではどんな……って)


 ここで肝心なことを聞いていなかったことに気付く。


「ちょっと良いか?」

「何でしょう?」

「これから俺達が転生する世界はどんなところなんだ? 俺達の元いた世界と違う点はあるのか?」


 転生するのは良いものの、どんな世界なのかを聞いていなかった。


「違う点ですか……。言ってしまえば理そのものが違いますね」

「理そのものが違う……か。具体的に挙げられるか?」

「そうですね……魔法が存在し魔物が数多く存在している世界です。他は似ている点が多いので慣れるのに時間はかからないでしょう」

「魔法に魔物か」


 元いた世界では空想上の存在でしかなかったが、この世界ではそれが存在するらしい。

 そして、そうこうしている内にマキナが閉じていた目を開いた。


「準備が完了しました。これから地上へと送りますがよろしいですか?」

「ああ」


 そして、俺がそう返答すると足元に魔法陣のようなものが出現して、辺りが強い光に包まれた。

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