第45話

「――私はそちらに居られる御仁、ユウ・アイザワ様と婚約いたしましたっ!」


 騒然となる会場。


「なぁああああああああああああああああにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」


 キレる国王。



「どういうこと? ゆーくん。私がいない間に、エマさんと何をしたの?」


 いや、俺は何も……


「そっか。エマさんに騙されてるんだね? ゆーくんは優しい人だから、すぐに騙されちゃうんだよね。でも、もう大丈夫だよ。また私が助けてあげるから……」


 いつの間にかナイフを取り出した伊織が、それを俺の胸に突き立て




「うわぁあああああああああああああああああああああっ!!」


 反射的に身を起こす。と、そこはすっかり見慣れた場所だった。


 屋敷の、俺の部屋。


 カーテンの隙間からは日が差し込んでいる。俺は夢を見てたらしい。



 はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~。



 それに気づいた瞬間、大きなため息が漏れてしまった。


 よかった。よかったよぅ……。



「おい、ユウ。朝からうるさいぞ。一体何の……」


「ユウ様っ!」


 目を擦りつつ、寝ぐせもついたまま、明らかに寝起きのプロ助は、後ろから部屋に入ってきたエマに突き飛ばされ、壁に激突。「ぐえっ!?」と言う断末魔を上げ動かなくなった。



「ご無事ですか!? 悲鳴が聞こえましたが、まさか……ユウ様に何かしたんですか?」


「うぇっ!? わ、わたしは何もしてないぞ!」


「本当ですか? もしユウ様を傷つけたら、許しませんよ……」


「わたしは本当に何もしてない! 大体、朝っぱらから大声を出されて迷惑したのはわたしなんだ! 人がせっかく気持ちよく寝てたというのにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!??」


 プロ助の手首を掴んだエマは、いつものように捻じり上げている。



「迷惑? ユウ様は、きっと悪夢に苦しまれていたんです。それなのに〝迷惑〟? それは私のセリフです。毎日毎日屋敷に籠って食べては寝て食べては寝て……この、ヒキニートッ!」


 ヒキニート。それも俺が教えた言葉だったなあ。


 は? 俺? 俺は引きこもりでもニートでもない。俺は誇り高きプロのジゴロだ!!



「だ、だって! わたしが買い出しについて行こうとするとお前すっごい怒るじゃないか!!」


「当然です。ユウ様と私の時間を邪魔するなんて、一体何様のつもりですか?」


「わたしは女神だ! 神様なんだぞってててててててててててて!?」


 ……なんか、リアクション芸人みたいになってきたなコイツ。



 はあ、と思わず出たため息。だが、それは目の前の光景に対するものじゃない。


 プロ助の手首を離したエマは、ベッドを軋ませて俺の隣に上がってきた。



「ユウ様。怖い夢をご覧になったのですね。でも、もう大丈夫。エマはずっと貴方のお傍にいます。貴方を苦しめる全てのモノから、必ずお守りしますわ。この、私が……」


 膝をついたエマの足が目に入る。



 足フェチの俺の為にいくつか種類を設けるとか言っていたが……


 今日は生足ではなかった。黒いニーソックスに、黒いガーターベルトを着けている。


 所謂〝絶対領域〟の割合も完璧。ニーソの上に僅かに太ももの肉が乗っているのもグッド。



 白く細い、すべらかな腕で俺の頭を抱いたエマ。


 甘い香りと、柔らかな感触に包まれた俺は、


 とりあえず問題は先送りにして、この時間を楽しもうと決めたのだった――




 問題……


 つまり、舞踏会での「私たち婚約者です」発言だが、アレには緘口令が敷かれたらしい。


 エマは表向き行方不明になっていた。それが見つかったとたんに婚約者発表ともなれば、下世話な憶測が飛び交うだろう。



 緘口令っつーか、勅命だよな。ハインリッヒは「漏らした奴は即処刑」みたいなことを言ってた。


 エマは皇女に戻り、王宮に帰って俺は自由に! と言う展開にはならなかった。


 父親の弱みを握ってるっぽいもんなエマは。結局、また俺と暮らすことになった。


 ただし、くれぐれも皇女とバレないように。認識阻害の魔法をかけていたのだからそれを継続しろ、との仰せだった。



 そんなわけで、エマは今まで通り皇女の顔を魔法で変えて、俺と一緒に買い出しに出ているのだった。


 つまり、今まで通りの生活に戻ったわけだな。……今のところは。



「今日のお食事は何にしましょうか? まったく、私以外の者がユウ様のお世話をするだなんて、今後はあのようなことはないようにしなければいけませんね。せっかくユウ様のお体を私がお作りしようと思っていましたのに、これでは最初からやり直し……」


「おっ、君かわいいねー。何、お店探してるの? だったらいいとこ知ってるんだ。一緒に行こうよ」


 なんかデジャヴ。


 またエマがナンパされとる。どいつもこいつも、そんなに死にたいのか。



「はぁ?」


 冷めた声に冷めた目。


 無視でも見るような視線を向けられ、男は一瞬怯んだように見えた。


 が、すぐに気を取り直したようだ。



「そう怖い顔しないでよ。いいだろ、ちょっとくらい。絶対後悔させないからさ」


 絶対後悔するのはお前なんだよなあ。


 と思いつつ、内心ため息をつく。前回と同じく、エマの雰囲気が変わっていく。



 前回と同じく、この男も熱がるんだろうなあ。


 と思っていると、エマの雰囲気が変わった。攻撃的なものから、別のものへ。


 な、何だ? 何か嫌な予感が……



「きゃーーーーーーーーっ!!」


 すぐ隣で、妙にかわいらしい悲鳴が上がった。


「ユウ様、私、変な男性に絡まれてしまいましたぁ。こわいですっ」


 だきっ。


 企んだ顔から一転、唐突に怯え始めたエマは、先程までよりも強く俺に抱き着いてきた。



 ……成程そう来たか。


 前回は力こそパワーで捻じ伏せてたからな。今回はこういう路線で行きたいらしい。


 とはいえ……



 今さらかまととぶられてもなあ。


 俺にどうしろと言うんだ……


 エマを見ると、怯えたふりをしつつも、何かを期待する顔をしている。



 やっぱそうか。


 俺にコイツを撃退してほしいんだな。


 はあ、しゃーない。エマの期待に背くと後が怖い。


 俺の命の為、やってやろうじゃねぇか!



「この女は俺のなんだ。他をあたってくれ」


 俺はエマの肩を抱いて引き寄せる。


 エマからは満足げな雰囲気が伝わってきたが、男は不満げだ。



「何だよ、俺はこの子と話してるんだ。お前は引っ込んでろよ」


 イラッ。


 つーか、マジでどっか行ってくんねーかなコイツ。


 俺は明らかに脈なしだったら諦めてさっさと次に行ってたぞ。少しは俺を見習えよ。



「引っ込むのはお前だ。つーか、命が惜しかったらどっか行った方がいいぞ」


 俺としては真面目な忠告だったのだが、


「はははははははははははははははははははははははっ!!」


 爆笑された。



「おいおい、何を言うかと思えば。お前ふざけてんじゃぶべぇっ!?」


 気づいた時には手が出ていた。


 男の顔面をぶん殴ると、空高く吹っ飛び空中でクルクル回転。地面に落下し鈍い音を立てた。


 あー、スッキリした。ちょっとストレス溜まってたし、いい感じに発散できたな。



「ユウ様ーーーーっ!」


 俺に抱き着いていたエマが腕の力を強めてきた。


「素敵です! 私は怖くて何もできなかったのに、何とお強い方でしょう。流石は私の旦那様……」


 ウットリとした表情で、俺を見上げてくる。



 どうやら、エマの期待には添えたようだ。添えたようだが……


 いや、一番こえーのはお前だよ。



 なんて、勿論口が裂けても言えないが。

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