第42話

 深夜。


 誰もが寝静まった頃、



「――起きなさい」


 低い声で命じて、エマはベッドを軽く蹴った。


 しかし、部屋の主は僅かに身じろぎをしただけ。エマがもう一度蹴ると、今度はうっすらと目を開け、



「き、貴様は……ッッ!?」


 エマの姿を見た途端、寝起きとは思えない勢いで顔色を変え、ベッドから飛び起きた。


 無理もない。自分が追っているはずの人間が、深夜に自分の屋敷に侵入してきたんだからな。



「おはようございます、フランクさん」


 エマは妙に明るい声で言った。


「私たちを探しておいでだと訊いたもので。わざわざ出向いて差し上げました」


「ふ、ふざけるな! 警備は何をしているんだ!? おい、誰か――」



 助けを呼ぼうとしたらしいフランクだが、急に声が途切れた。


 驚いた顔で、金魚のように口をぱくつかせている。



「助けを呼んでも無駄ですよ。今貴方の部屋の周りにだけ結界を張っています。どれだけ叫んでも助けは来ません……ふふふふっ」


 見下した冷めた笑みに、オッサンは顔を真っ赤にした。


「な、何が可笑しい!!」


「いえ……」


 エマはまた笑って、暗い瞳で見下した。



「貴方、寝る時は流石に外しているんですね」


 と、ベッドの横に置かれているそれを杖で突く。


 同じ男として、礼儀で見ないフリをしていたそれは、


 ヅで始まってラで終わるアレだ。



「か、返せ!!」


 フランクの手が届く寸前、それは急に炎に包まれ灰も残らず消えてしまった。


「あああああああああああああああああああっ!!??」


 悲痛な叫びが深夜の部屋に響き渡った。


 かわいそうに……



「な、何をするんだ貴様ぁ!? 高かったんだぞ! 防水加工なんだぞぉ!?」


「そうですか。お気の毒です」


「黙れ! 頭皮を見ながら言うな!!」


「貴方が悪いんですよ。貴方が国王を狙い、その罪をあろうことかユウ様に擦り付けるからです」


「擦り付けるだと!? そんな言い訳が通用するか! 覚えていろ! こんなことをして、只で済むと思うなよ!!」


「いいえ」


 喚くフランクの声に答えたのは、アーディの凛とした声だった。



「只で済まないのは貴方よ。法務長官」


 鋭い視線を向けたフランクだが、アーディの姿を見た途端恐縮した態度に変わった。


「こ、これは皇女殿下。何故このような場所に……」



 落ち着いた……というより動揺で小さくなってしまった声。


 アーディは悠然と歩み寄り、一定の距離を保って立ち止まり、フランクに書類を投げて渡した。


 それを呼んだフランクの顔色がみるみる蒼白になっていく。無理もない、そこにはプロ助が調べ、騎士団が秘かに裏を取ったフランクの悪事が記されているのだ。



「国家反逆罪に問われるのは貴方の方よ。さあ、大人しく……」


「く、くそっ!!」


 血迷ったか、フランクはベッドから転がり落ちるようにして駆けだした。


 アーディのもとへ。が――



「っ!?」


 急にバランスを崩し、倒れこんでしまった。


「あらあら、どこへ行くんですか? 私の話はまだ終わっていませんよ」


 何事かと思ったが、どうもエマが何かしたみたいだ。



「ユウ様を陥れた罰を、まだ与えていませんから」


「っっ!? うぁああああああああああああ!? 熱いッ、熱いぃいいいいいいいいいいッッ!!??」


 フランクは悲鳴を上げて床を転がる。



「あら、ごめんなさい。貴方の体温を上げすぎてしまったようです。今下げて差し上げますわ」


「うっ、ぁあああああああ!? さ、ざむいっ、寒いぃいいいいいいいいい! こ、凍え、じぬぅううううう!!」


「あっはぁ、いい声……」


 両手で体を抱くようにして、ぶるぶる震えるフランクを見て、エマはウットリした顔で満足そうに言った。


 命の危険を感じたらしく、床を這うようにしてドアへ向かうフランク。



「どこへ行くんですか? お仕置きはまだ終わっていませんよ。もしかして……」


 そこでエマはハッと何かに気づいたように言った。


「ユウ様にご迷惑をおかけしたことを悔やむあまり、なるべく苦しんでから死のうという、クズ虫なりの心遣いでしょうか? 貴方にも殊勝な心と言うものがあったのですねっ」


 嬉しそうに言ったかと思えば「でも」とまた暗い口調に戻る。



「その程度で罪を償えると思っているとは、思い上がりも甚だしい……この、ゴミムシッ! 消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!!」


「ひ、ヒィイイイイイイイイイイイイイイッ!? お許しくださいお許しくださいぃいいいいいいいいいいいいい!!」


 もう恥も外聞もなく泣き叫んでんな。


 思わず同情してしまう。



 そんなわけで、俺たちに掛けられた誤解(?)は解けたのだった――

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