第33話

 その日は、結局城で休ませてもらうことになった。


 流石と言うかやはりと言うか、ここはいちいちデカいな。案内された客人用の寝室もそうだが、



「はぁ~~……」


 湯船に浸かりつつ、思わず長い溜息をついてしまう。


 浴室もやっぱりデカかった。高い天井にタイル張りの床。なんかもう予想通りって感じだ。



 今入っているのは俺一人なので、クロールで泳いだり背泳ぎしたりしてたが、それにも飽きたのでとっとと体を洗って出ることにした。


 と思い湯船から出ると、



「ユウさまーーっ!」



 急に浴室に誰かが入ってきたかと思うと、そいつは弾丸みたいに俺の胸に飛び込んできた。


 いや、誰も何も、伊織がいない今、俺にこんなことする奴は一人しかいない。



「ど、どうしたんだいエマ。もう気分はいいのかい?」


「はい、ユウさま。もうすっかり良くなりました。これも貴方のおかげ……」


 そこで一度言葉を切ると、でも、とエマは悲しげな顔で俺を見上げてきた。


「申し訳ありませんユウさま。私としたことが、情けない姿をお見せしてしまいました……」


「いや、いいんだよ。俺は気にしていないさ」


「いいえ、そういうわけにはいきません……」



 と言って、エマは俺に体を密着させてきた。


 今は風呂に入ってるわけだから、俺たちは当然裸だ。


 エマの体の感触と体温をじかに感じ、心臓が早鐘を打ち、体の芯に血が集まっていく感覚がした。



「エマ!」


「きゃっ!」


 気づいた時には、俺はエマを床に押し倒していた。



 エマの肢体は体温が上がっているためか、体中に朱が散っている。元が雪のように白い為か、余計に際立って見える。


 いや、それだけが理由じゃない。羞恥もあるんだろう。腕で、体を隠すような仕草をしてるしな。


 そういう仕草、余計に興奮するんだよな……



「んん……っ!」


 顎を指で挟んで上を向かせると、そっと唇を塞いでやる。


 強張ったエマの体を段々とほぐしていき、顎から離した手を胸へと埋めた。



「んっ……ぁん……っ……」


 俺がキスをし、エマの体に触れるたび、その華奢な体は静電気を流したように小さく震え、唇の端からは吐息のような声が漏れる。


 銀髪の美少女……それも皇女に、俺がそんな反応をさせているという事実が、俺をいつもより興奮させた。



「エマ……」


 それ以上言葉が出てこなかったが、エマは勿論意図を察してくれた。


 小さく頷くと、ウットリとした目で俺を見上げてくる。



「はい、ユウさま。私は貴方のものです。どうぞお好きなように……」


 互いの吐息がかかるくらい近い距離で、そんな言葉を囁かれ、俺はどす黒い感情に飲み込まれた気がした。



 そうだ、目の前の少女は、俺が何をしても受け入れる。


 世界で俺だけは、コイツを好きにしていいんだ。こんな、宝石のように奇麗な少女を。



 世界で一番奇麗なものを、汚してやりたい


 そんな黒い感情に飲み込まれ……




「ちょっとエル! 貴女本調子じゃないんだから、寝てないとダメ……じゃ……なぃ……」




 た、まさにその瞬間。


 浴室に侵入してきた少女が一人。


 第一皇女のアーディ様である。



 アーディは俺たちを見た瞬間、時間が止まったかのように固まった。


 微動だにせず口元だけを微かに動かしている、と思ったら、



「なっ、ななな、にゃにをしているのよあにゃにゃたちひゃぁっ!?」



 意味不明な言葉を叫んだ。


 その顔は瞬間湯沸かし器のように真っ赤に染まり、震える指で俺たちを指す。



「し、しししっ、神聖な御所で、そそそそんにゃぁああああああああああああっ!!」



 駄目だコイツ。早く何とかしないと。


 動揺のあまり語彙力と知能が死滅している。



「落ち着けアーディ。まずは深呼吸を……」


 だが、俺はこんな事では動揺しない。


 こちとらブチ切れたヤンデレ女に殺された経験があるんだ。


 この程度で動揺するか!!



「ユウさま」


 俺以外にも冷静な奴がもう一人。


 エマは俺の頬を手で挟み、無理矢理に自分の方を向かせる。



「ひどいです。せっかく愛し合っているのに、他の女に目を向けるだなんて」


 エマの声は、優しくはあるが、どことなく暗い余韻を含んでいる。


「私、さっきからずぅっとユウさまで満たされているんです。私の体は、すっかり貴方を覚えてしまったというのに、今さら他の女に目を向けるなんて、許しません……絶対に」



「ああああ貴方っ! 人の妹に一体何をしたのよ!」


 そらもうナニよ。


 とは、流石に言えるはずもない。



「お姉様、貴女もうるさい人ですね。話が終わりなら早く出て行って下さい」


「何よその言い方! 私は貴方を心配して言っているの!」


「そうですか、ありがとうございます。ではさようなら」


「冷たすぎないっ!?」


 ショートコントを見つつ、俺は昂っていた気持ちが急速に落ち着いていくのを感じる。


 ああ、何か……萎えちまったなぁ……



「ほらエル! 行くわよ! 貴女は病み上がりなんだから、大人しく寝ていなさいっ!」


 と言って、アーディは漫画であればズンズンと音がついていそうな足取りで浴室に入ってきた。



「きゃっ!?」


 入ってきて、すっころんだ。


 それはもう見事な転びっぷりである。



「おいおい、大丈夫……か……」


 心配したのは、しかしほんの一瞬。


 俺の目は、一点に引き寄せられる。



 アーディは今スカートを穿いているから、転んだことで下着が露出してしまっていた。


 ……ふむ、白か。やっぱ皇女ともなると、下着も清純なんだろうか。



「いたたたた……」


 痛みに顔を顰めていたアーディだが、俺と視線が合ったことで、その表情が固まった。



 …………



 ……………………



「き、き、き……」


 やがて、状況を把握したらしく、


「きゃああああああああああああああああああああああああっ!!」


 乙女のような、まさに絹を裂く悲鳴が上がった。



「や、だめっ! こっち見ないでっ!」


 顔を真っ赤にして必死にスカートを押えているが、もともと丈が短いせいだろうな。下着が隠しきれていない。



 必死にパンツを隠そうとしているのに隠せていない。


 あいつが必死に隠そうとしているものを、見られたら恥ずかしい、見られたくないものを俺は見てるんだよな……


 あ、やべ、なんか……



「ユウさま……」


 あ、やべ。


 さっきとは真逆の理由から、全く同じ言葉が浮かぶ。



 一度は元気をなくしたアレが再び元気になったことで、エマの白く、一点の汚れもない体に触れ、体中に刺激が走った。


 か、体に力が入らなく……



「一体どういうことですか? ユウさま……」


 快感に震えていた俺の思考に、蛇のように入り込んできたのは、思わず萎んでしまうような、暗く低い声だった。



「貴女は私の伴侶です。にも拘らず、私以外の女に目を向けるだなんて……いけない方……」


 心なしか、顔の陰が濃くなっている。かと思えば、唐突にニコリと笑んだ。



「ご安心下さいユウさま。私は分かっています。貴方は私を試しておいでなのですね? 大丈夫、私は必ずご期待に副って見せますわ。証明して見せます……」


「ま、待ちなさいってばっ!!」


 立ち上がると同時、アーディは皇女としての風格も取り戻したつもりらしい。


 怒りか羞恥か混乱か、未だ真っ赤に染まった顔で、再びズンズンと近づいてくる。


 ……心なしか、なるべく俺を見ないようにしている気がするが。



「駄目よエル! ユウから離れなさいっ!」


「ふふ、この世で一番貴方を愛しているのは、この私……ふふふふふふふふふっ」


 なんか、引っ込みがつかなくなりそうだな。仕方ない。



「落ち着けよアーディ。俺たちは別にやましいことをしているわけじゃ……」


「あっ」


 ……? なんだ?


 なんか、ようやく俺を見たと思ったら固まったぞ。


 よく見ると、アーディの視線はある個所に固定されている。俺の下半身……の一部に。


 俺の、そそり立つソレを見つめていたアーディは、



「きゅぅ……っ」


 空気が抜けるような声を出したと思ったら、糸の切れた操り人形のようにその場に倒れて……って、うぉっ!?



 突然だったためか、アーディは俺たちを巻き込む形で倒れてしまったらしい。


 平衡感覚が狂い、痛みに顔を顰める……いや、別に痛くねぇな。


 眉を顰め、とっさに瞑っていた眼を開くと、



 白い花畑があった。



 さっきはフロント部分は見えなかったから分からなかった。


 というのは、アーディのパンツの話だ。


 パンツのフロント部分には、花の刺繡がしてあった。



 キレイな花畑が、間近にある。匂いを嗅げそうなくらいに……


 ……………………


 くんくん



「な、ななななななな、何を何を何を何を何を何を何を何を何ををををををををををを……!!」



 すぐに息をつめた。


 エマの壊れたレコードのような言葉が、



「何をしているんですか貴女は!!」


 ようやく言葉になった時、俺はようやく状況を完全に把握した。


 俺がアーディの下半身に顔を突っ込んでるってことは、俺の下半身はアーディの顔面に密着している。通称、69。


 ま、まずい。早くエマの怒りを鎮めないと……



「おい、アーデルハイト。お前がなかなか戻ってこないって、ちょっとした騒ぎになって、るぞ……」


 まさかの、さらなる乱入者。


 俺たちのアレな体制を見たプロ助は、



「何をしているんだお前はぁああああああっ!!」


 ブチ切れた。


「お前って奴は本当に節操がないな! ほんっとクズだな! 見下げ果てたぞ!!」


「ちげーって! 俺は何もしてねぇよ!」


「じゃあ何で勃起してるんだ!」



 しょうがねぇだろ興奮してんだから。


 つーか仮にも女神が勃起とか言うな。



「お姉様っ!! 貴女と言う人は、私を差し置いてユウさまの寵愛を受けようだなんて!! 許さない許さない許さない許さない……」


「う、う~ん……黒い、赤い、こわひぃ~……」


「聞いてるのかゆう! ほんとにお前は全然反省ってものをしない奴だ!」


 カオスだなあ。


 何かもう、完全にそんな気分じゃなくなっちまった。



 俺は小さくため息をつき、


 収拾不能になった状況から目を逸らして、再び湯船に浸かるのだった――

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