第13話 寝起きの衝撃と来訪者

「おはようございます、ユウ様」


「ああ。おはよう、エマ」


「今日もいい朝ですね」


「おう」


「あと少しで朝食の準備が整いますから、お待ちくださいね」


「そっか。ところでさ、一つ訊きたいんだけど……」


「はい、なんでしょう?」




「俺、なんでイスに縛られてるんだ?」




 朝、起きたらイスに縛られていた。腕と足もがっちり縛られていて、身動きを取ることができない。



「ユウ様の為です」


 悪びれもせずにエマは言う。


「それに、ユウ様の周りには、どうもお邪魔虫が集まる傾向にあるようですから。私、考えました。そして思いついたのです。それならユウ様を外出させなければよいのではないかと」


 いや、その理屈はおかしい。



「ご安心ください。ユウ様のお世話は、今まで通り私が全てして差し上げます。起きてから寝るまで、つきっきりで。ですから、ユウ様はこの屋敷から一歩も出る必要はありません。あら、お礼なんて結構です。だって私たち、将来を誓い合った仲ですもの」


 目に怪しい光を宿すエマは、どこか満足気ですらある。が――


 俺はといえば、心中で呟くしかない。



 どうしてこうなった……




 たしか、(若干マッチポンプな)容疑を晴らすために、強盗団をぶっ潰して、証拠物件として屋敷を押収されて。


 それでアーディが新しい家を用意してくれて……


 縛られたまま、できる限り視線を巡らせる。高い天井から下がる照明は、どことなく高級感がある。白い壁に囲まれた部屋は広くはあるが、物悲しいというか、殺風景な部屋だ。


 それは、必要最低限の家具しか置かれていないからだろう。


 ただ、掃除は行き届いている。ピッカピカだ。またエマがしてくれたんだろう。



 でも、なんか……なんか、記憶が曖昧というか、よく覚えてないんだよな。えぇっと、たしか……


 昨日……そう、昨日、アーディに案内されてこの屋敷に来て、それでエマの作った料理を食べて……いや、これだな。



「な、なあ、エマ」


「はい。なんでしょう、ユウ様」


 ニコリ、と笑みを浮かべて言うエマ。うん、やったな、コイツ。入れたな、コイツ。



「お前さ、なんかさ、入れた? その、料理に……通常入れないようなものを」


 すると、エマはうっとりと笑顔。



「はい、入れましたわ。たっぷりと、私の愛情を」


「いや、そういうんじゃなくて。もっと薬品的なものを物理的に」


「? 私、ユウ様がなにを仰っているのか、分かりません」


 キョトンとした様子で、小首をかしげるエマ。一瞬、かわいいとか思っちまった。美人は得だな。


 まあ、いい。いやよくないが……いい。どうせ追及してもムダだ。それより、この状況をなんとかしないとな。



 エマは「俺のためを思って」と言った。つまり、この状況を否定することは、俺の首を絞めることにつながる。


 こうした状況のとき、相手の考えに逆らうのは一番の悪手だと俺は何度も言ってきたが、実際、元カノにイヤというほど叩き込まれた。


 つまり、ここで俺がすべきことは……!



「エマはいつも俺のためを考えてくれているんだな。とても嬉しいよ。ありがとう」


 すると、エマはまたキョトンとした表情になった。それから、


「まあ……まあっ! いいえ、ユウ様! どうかお気になさらないでください。これは私が、好きでやっていることなんですから」


 感極まった様子で続けた。よし、ここで畳みかける!



「でも、ちょっとだけ寂しいな……」


 俺は愁いを帯びた表情を作って言う。


「寂しい、ですか……?」


「ああ。だって、縛られたままじゃ、エマと触れ合うことができないだろう? そこだけが、寂しくて、悲しいよ」


 俯きつつ、エマには気づかれないよう、その表情を上目遣いに確認する。すると、



「ゆ、ユウ様……そんな……」


 顔を赤らめて、なにやらモジモジしていた。意外とピュアだよなコイツ。やりやすくて助かる。


 でもいい反応だ。エマには気づかれないよう、思わずニヤリと笑ってしまう。



 これぞ、俺の超必殺技、甘言! 相手が望む言葉をかけることによって、会話の主導権を握ることができるのだ! 通称、詐欺師のやり口。


 そして、これで止めだ!


 と、口を開きかけた瞬間、


 ガタンッ


 と、部屋のどこからか、物音が聞こえてきた。その音にかぶせるようにして、




「んんーーーーっ! んんんーーーーーーっ! んーーーーーーーーーーっっ!!」




 くぐもった声が聞こえてきた。


 それを聞いたエマの顔が、見る見るうちに冷めたものになっていく。



 俺はといえば、思わず舌を打ちそうになった。


 くそっ! あとちょっとだったのに! 一体何なんだ俺の甘言を邪魔するなんて! こっちは命が係ってんだぞ割とマジで!


 エマがスタスタと歩いていって、部屋の隅にあるドアを開ける。と、



 ゴロン、



 人が転がり出てきた。


 白い服を着た、きれいな金髪を持つ、スタイルのいい美少女。


 アーデルハイト皇女その人が出てきた。


 両手両足を縛られ、口には猿轡をされた状態で。


 ……何してんだ、あいつ?



「何をしているんですか、貴女は」


 期せずして、エマが俺とおなじ疑問を口にした。


 いや……何っつーかこれ、多分……



「……あっ、貴女のせいじゃないっ!!」


 エマが軽く蹴るようにして猿轡を外すと、アーディが顔を真っ赤にして、微妙に裏返った声で、俺が考えたことを先回りして叫んだ。


「いきなり私を縛り上げてこんなところに閉じ込めて、一体何のつもりよっ!!」


「貴女のせいですよ」


「へっ?」


 エマの言葉がよっぽど予想外だったんだろう、アーディは口を半開きにしている。



「案内を終えたらさっさと消えればいいものを、いつまでも屋敷にいるんですもの。私とユウ様の時間を邪魔する不届き者は、許しません……絶対に」


 しばらく石像のように固まっていたアーディだが、やがて魔法が解けたらしい。「だ、だって!」と声を上げる。


「放っておけば、また貴女たちはハレンチな真似をするじゃない! だから私が監督しようって言ってるの!」


 そういや、そんなこと言ってたっけな。



「クズ、ゴミ、毒婦、売女……」


 エマは低く短く穿き捨てながら、持っている杖でアーディをつついている。



「ちょ、ちょっと待って、地味に痛い、なんか体よりも心に来る痛みだわ、それ」


「いやなら帰りなさい、今すぐ、即刻、火急に」


「ま、まあまあ、いったん落ち着こうよエマ。な? このままじゃ話も進まないしさ」


「いけませんユウ様。優しくすれば付け上がるだけです。お気遣いなく」


「それ、貴女のセリフじゃ……あ、ごめんなさい何でもないですだから絶妙な力加減でつつかないで」


「というか、貴女仮にも皇女でしょう? 遊んでいないで公務をしなさい。国の代表という自覚があるんですか? 皇女がバカでは困ります」


 エマが急に正論でねちねち殴り始めた。



「大丈夫よ。公務はきちんと行います。なにも一緒に住むというわけじゃありません。時間が空いたら様子を見に来るだけ」


「そうか。なんか忙しそうだな」


 公務の合間にって……実は暇なんじゃねコイツ。



「ユウ様、そんなことはどうでもいいのです。ほら売女皇女、出口はあちらです。ほら早く! ほらっ!」


「ちょ、そのつっつくの本当に止めてくれるかしら。なんか泣きたくなってくるから」


 話を進めようとしてるのに話が進まない。


 まあいい。こういうときこそ、俺の腕(口)の見せ所だ。


 俺のすることは変わらない。エマのご機嫌取りだ。何のため? 俺の命のためである。



「まあまあ、エマ。いいじゃないか。住みたいって言うなら、アーディも一緒でさ」


「……ユウ様、なにを仰っているのですか? いいわけがありません。まさか……」


「まさか、そんなはずないだろう?」


 甘い声で言って、エマの頬に触れようとして……できないっ! くそっ。縛られてさえいなければ!



「アーディがいようが誰がいようが関係ないよ。俺たちの関係はもちろん、することだって変わらない。そうだろ? それとも、このくらいのことで、俺たちの愛は変わってしまうものだったのか……?」


 憂いの表情で言う俺。


 …………何言ってんだコイツと思わなくもないが、気にしたら負けだから気にしない。



「ユウ様……」


 が、よし、効果は抜群だ。


 エマは感極まった表情をしている。それから、勢いよく俺に抱き着いてきた。


 ……つーか、今コイツ、踏んだな、皇女のこと。アーディは「ぐえっ」という悲鳴の後動かなくなったが、それは今はいい。それよりも……



「いいえ……いいえユウ様! 仰るとおりです! 私としたことが、申し訳ありません……」


 よしっ! この勝負、もらった……!


「いいんだよ、エマ。分かってくれればいいんだ」


 甘い声で言って、エマの頬に触れ……られないので、顔を近づけていって……



「ちょっと! だからそれを止めなさいと言っているのよっ!」


「うるさい人ですね……」


 あ、ヤバい。話が戻る。せっかく進みそうだったのに!



「大体、何故そこまで介入しようとするんですか?」


 そこでエマは一度言葉を止め、すっと目を細めてアーディを見た。


「そういえば貴女、先日王宮でユウ様に色目を向けていましたよね。まさか、ユウ様に懸想しているんですか……?」


「どっ、どうしてそうなるのよ!」


 アーディが顔を真っ赤にして言う。



「言ってるでしょ!? 私はただ、貴女たちを監視したいだけ! それに……」


 今度はアーディが言葉を止めた。最初は口元でなにかもごもご言っているだけだったが、やがてそれが言葉になっていく。


「ユウは恩人だもの。きちんと感謝の意を伝えなきゃ……恩人をもてなせないとあっては、王族の名が廃るでしょう!?」


 しばらくじっとアーディを見据えていたエマだが、やがてふんと鼻を鳴らし、勝ち誇ったかのように言う。



「そうですか。一つハッキリさせておきましょう。私は、ユウ様を愛しています。たとえ貴女がユウ様を嫌いでも、私は心の底からユウ様を愛しているのです」


「ちょっと待ちなさい! 私はユウが嫌いだなんて一言も言ってないわ!」


「……まあ、なんでもいいですけど」


 エマが珍しく、面倒くさそうに言った。



「とにかく、ユウ様は私のものです。髪も目も鼻も口も耳も腕も胸も腰も大腿も足も……すべて私のものです。あなたの分は髪の毛一本ありませんから、それを忘れないでください。それと、くれぐれも私とユウ様の時間を邪魔しないように」


「だからそれを阻止するためにここに来たんじゃない!」


 話が一周した。



 でも、なんとか事なきを得たようだ。ああ、よかった。


 もう流血沙汰はたくさんだからな。



 こうして、アーディの監視とやらがスタートしたわけだが――




 ~昼食時~


「さあ、ユウ様。お口を開けてください」


 と言って、エマはフォークで料理を刺して俺に運んでくれる。俺の膝に座って。


「ああ。ありがとう」


 抵抗しても、顎を掴まれ口を開かされ、無理やりねじ込まれるだけなので素直に従う。……イスに縛られたまま。


「ちょっと何してるの!」


 しかし、それに待ったをかけたのはアーディだ。



「まだ結婚もしていないのにそんなにくっついて! そういうのがハレンチだって言ってるのよ!」


 すると、エマはこれ見よがしに大きなため息をつく。


「貴女、過剰反応ですよ。いつもハレンチなことばかり考えているから、頭ハレンチになるんです。すこし落ち着いてください。さあ、一緒に深呼吸をしましょう」


 煽りまくっている。こんなの余計怒らせるだけだろ、と思ったが、そこは素直なアーディ。



「吸って、吐いて、吸って、吐いて……」


 エマに合わせ、一緒に深呼吸をしている。ちょっとかわいい。



「吸って、吐いて、吐いて、吐いて、吐いて、吐いて……」


「って死ぬじゃない!!」


 顔を真っ赤にしてノリツッコミ。余裕があるのかないのかよく分からん奴だ。



「……うっ……苦しかった」


 今度は涙目で喉をさすっている。


 エマは無反応だが、俺は同情せずにはいられない。分かる分かる、怖くて苦しいよな、死ぬのって。


 ……いや、アーディは生きてるけど。



「エマ、あんまり危ないことをしないでくれよ」


「ユウ様……それは、どういう……? まさか、その女を庇っているわけでは……」


「いや、俺はエマが心配なんだ」


 俺はエマの言葉を封じるようにして、グイと顔を近づける。



「え……? あ、あの、ユウ様……?」


 さっきの暗い影はどこへやら、エマは頬を赤らめちょっとたじろぐ。


「エマにもしものことがあったら、俺は耐えられない。だから危ないことは絶対にしないでほしいんだ」


 困り顔で甘い声。


 自分でも滑稽と感じるこれ! 生前が懐かしい!



「ユウ様……」


 だが、エマには効果があったらしい。


 感激の二文字が、目に浮かんで見える。



「ごめんなさい。ユウ様にそんな心配をかけていたなんて……。分かりました、エマはもう、ユウ様を悲しませることは絶対にしません」


「ありがとう。分かってくれて嬉しいよ。だから、そろそろこの拘束を解いてくれないか?」


「ダメです」


 無慈悲。


 見た目、幸せそうに笑いあう俺たちだが……



「うぅっ……。何この扱い……私、皇女なのに……」


 アーディは泣いていた。てか死にかけていた。


 俺も一回死んだことあるし仲間だもんげ。……いや、アーディは死んでないけど。



 そこでふと考える。


 そういえば、この世界に神的存在はいるんだろうか?


 俺が前世の姿で転生(?)したってことは、いるってことでいいのか?


 そもそも、この世界はなんだ?


 地球……ではないよな。でも、地球と似た個所は山ほどあるし……


 と、その時、




「いい加減に、しろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」




 屋敷中に響いたんじゃないかと思うくらい、大きな大きな叫び声が。


 俺はもちろん、アーディや、流石のエマも驚いた様子だ。


 声のした方へ眼をむける。と――



 何もない空間に、突然桜色の魔法陣が浮かび上がり、光に包まれた。


 光が晴れたとき、その中から現れたのは……




「少しは反省するかと思ったら、全然してないじゃないかぁっ! もう許さないからなこの女ったらし!!」


 怒髪天を衝く勢いでブチギレている、一人の幼女だった――

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