第4話 あくまでも合意です

「さあ、ユウ様。お口を開けてください」


「あーん」


 おとなしく口を開け、食べさせてもらう。


 相手が乗っているときは逆らわないほうがいいからな。元カノで学んだことだ。それはもう、うんざりするほど。



 今、俺たちはホテルで食事をとっていた。


 天井にはシャンデリア型の照明。純白の壁には絵画がかけられ、高そうな調度品も置かれている。そして床には重厚な絨毯。


 ここは『リーベディヒ』にある中で、一番の高級ホテルらしい。で、俺たちが泊まるのはロイヤルスイートルーム。通称、お高い部屋。


 なんだけど……



「あのさ……」


「はい、ユウ様。なんでしょう?」


「気のせいかもだけど、さっき部屋の人と揉めてなかった?」


 この部屋、俺たちが来る前から人がいた。で、エマがここに泊まろうとして揉めて、最終的に相手に魔法をかけてたんだが……



「はい。話し合いの結果、快く譲ってくださいました」


 ニッコリ、一見すると邪気のない、だがどこか陰のある笑みを浮かべるエマ。


「そ、そう……」


 ま、いいや。細かいことは気にしないのが長生きのコツ。享年二十二歳の俺が言うんだから多分間違いない。


 ただ話し合っただけだ。不正が一切ない。



「ユウ様。そんなことより、もっと食べてください。サンドウィッチとパスタとグラタンとドリアとステーキとサラダとアイスとケーキです。全部あなた様のために、私が作ったのですから、遠慮は無用です」


 重い。二重の意味で。


 俺が今食べているのは、なんかめっちゃ柔らかい、レアの肉だ。ほかにも野菜やスープもあったけど、食べ物は俺が前いた世界とそんなに変わらないらしい。



 ちなみに、このホテルでは食事に使う材料の持ち込みもできるんだとか。


 普通、ホテルの料理人以外は厨房には入れないそうだが……


 いや、いい。ちっちゃいことは気にすんな。


 あくまでも合意なんだ。




 食事が終わり、


「お味はどうでしたか? お口に合いましたか?」


「ああ。おいしかったよ」


「何よりです。と、ところでユウ様、この後はどうなさいますか? このホテル、こ……混浴もあるそうですけれど……」


 エマは顔を赤く染め、手を頬に当てて言った。


「え、マジ?」



 反射的に身を乗り出す。


 いや、でもなあ……前の世界じゃ混浴なんて下心持ったおっさんばっかだったし。


 たまに若い子もいたけど。友達同士で来てるとハードルも下がるんだよな、あれ。



 俺? いやいや、俺のはただの探求心。混浴の男女比率を調べるためだ。通称、学術的関心。


 いや待て。俺は記憶喪失って設定なんだった。ここはキョトンとしなくては。



「通常お風呂は男女で別れますけれど、ここには共有では入れる温泉があるそうです。その代わり専用の服……水着とかいうものを着るのが決まりだそうですが」


「へーそうなのか(すっとぼけ)」




 はやる気持ちを抑えて混浴風呂へ行く。が――


「……」



 誰も、いない。


 圧倒的ッ……圧倒的、無人ッ!!



 大理石の床に無駄に広い風呂。ライオン? かどうか分からないが、なんかモンスターの口からお湯が出てる。


 ある意味予想通りの大浴場。


 それにしても、この世界、ところどころ前の世界と似てるというか、同じ部分があるよな。



「ユウ様にお寛ぎいただけるよう、人払いの魔法をかけておきました。どうぞ心行くまでお寛ぎください。まずは、私がお背中をお流しします」


 そう言って笑いかけてくるエマは、控えめにいって……エロい……



 水着着用とか言ってたくせに今のエマは何も着ていない。人払いをしたからだろうか。


 もともと露出度の高い服を着てたから分かってたことだが、裸になるとより引き立つな。スタイルの良さは。


 そう、スタイル。エマはメチャメチャスタイルがいい。通称、モデル体型。


 簡単に言うと出るとこ出ててウエストが細い。胸はでかいって程でもないが、かといって小さいわけでもない。


 分かってない奴が多いが、胸はでかけりゃいいってもんじゃない。ただでかいやつを見ても「でかい」で終わり。でもスタイルがいいってのはそういうことじゃないんだよ! エマみたいな体は思わず二度見しちゃうの! 知らず知らず視線が行っちゃうの! 通称、美乳!(注;個人の感想です)



「ユウ様ったら……そんなにジロジロ見られたら、さすがに照れてしまいます……男性に裸を見られるなんて初めてですし……」


 とか言いつつ、いやそうな素振りは見せない。ただ羞恥心はあるらしく、ちょっと体をよじっていた。


 そういう仕草、逆に興奮するんだよなあ。



「ごめん。でも本当にキレイだよ、エマ」


 俺は気づけばエマとの距離を詰めて、腰に手を回して抱き寄せていた。


「ゆ、ユウ様っ!? 何を……」


 驚いた、そして少し焦ったようなエマの声。


 だが、俺の耳はそれをどこか遠い世界のことに感じていた。



 密着した肌から感じるのは、体温と、そしてやわらかな感触……


 女子特有の、甘いシナモンのような香りも相まって、体の芯が熱くなっていくのを感じる。



「俺の為に来てくれるなんて本当にうれしいよ。だから、俺もエマを喜ばせたいんだ」


 俺の手が柔らかなふくらみに触れると、エマの体はビクンと震えて、吐息のような声が漏れた。


「ゆ、ユウ様……あのあの……っ」


 相変わらず焦ったようなエマの声。だが俺の手は、今度はエマの体へと伸びていく。


 そしてそれはエマの胸へと触れ……



「ゆ、ユウ様……は、恥ずかしいですっ!」


 る直前、


 頬を染め、とん、と俺の体を小突くエマ。瞬間――


 ものすごい衝撃が俺を襲った。



 どうやら俺は吹っ飛ばされたらしい。


 そして……


 ドン!


 壁に激突したようだった。



「ゆ、ユウ様っ!?」 


 エマの焦ったような言葉を最後に、俺の意識は途切れた。




「……さま」



 ……………………



「……ユウ様」



 …………………………………………



「ユウ様っ」


「っ!」


 唐突に意識が覚醒した。



「ああ、よかった! 気が付かれたんですねっ!」


 目を開けると、俺の顔を覗き込んでいたエマと目があった。


 あれ、俺いったい何を……


 すこし考えて思い出す。



 そうだ、俺はエマとエロいことしようとしたら突き飛ばされて壁に叩きつけられたんだった。



 …………


 ……………………



 いや、なんか字面にするとかなりアレだな。


 情けないわみっともないわ……人様にはお聞かせできない話だ。


 とはいえ……



 思わずため息が出てしまう。


 つい悪癖が出てしまった。女子を見るといつの間にか手を出してしまう。



 でもこの場合は仕方ねぇんじゃねぇかなぁ!


 だってさぁ! あそこまで迫られたら普通OKと思うじゃん! 据え膳食わぬはなんとやらじゃん!


 俺は悪くねぇ!



「私としたことが、なんて粗相を……申し訳ありません、ユウ様……」


 エマは本当に申し訳なさそうにしていた。こういうしおらしいところは、元カノよりも可愛げがあるな。


「い、いや、いいんだよ。こっちこそご免よ。エマの気持ちを無視するようなこと……」


 さっきの今だからか、ちょっと体が強張ってるな。


 それを悟らせないよう、言葉を選びながら言う。



「エマは力も強いんだな。驚いたよ」


「はい。素の力ではなく魔法で強化した力ですけど……私、集中が途切れると魔力が暴走してしまうことがあるんです。さっきはユウ様に褒められたことが嬉しくてつい……」


「そうなんだ」


 これからは頑張って自分を押さえよう。自分の為に。



 改めて見回すと、そこはエマが合意の上(←ここ重要)で手に入れた部屋だ。天蓋付きのダブルベッドの上で、俺はエマの膝枕で寝ていた。


 エマは気絶した俺を一晩中看病してくれていたらしい。



「ありがとう。一晩起きてるの辛かっただろう。すこし寝たら?」


「いいえ。一晩中ユウ様の寝顔を見ていたので、全然疲れていません」


「あ、そう」


 ……本人がいいならまあいいだろ。うん。

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