第十二話 パンツの森で踊りましょう

 浴室からは流水の音。

 ドロシーは洗濯籠を前に、決意を固める。

 折り畳まれたフィルの衣類。それらが一緒に詰め込まれた洗濯籠は、もはや宝箱と言っても差し支えない。その中でも最上の逸品へと手を伸ばす。最も小さく、最も奥深く、そして最もフィルに近いもの。

 コットンによって作られた複製品のパンツを取り出すと、つまみ上げたそれとすり替えた。

 見た目も性能も寸分変わらぬ、フィルのパンツ。ただ違うのは、フィルの脱ぎたてか、そうでないかという一点につきる。しかし、それはいかなる財宝でも補い得ぬ、絶大な価値の違いだった。

 新品である複製品は籠に収まった。入浴を終えたら、フィルは疑いなくこれを穿くだろう。そして、ドロシーの手には極上の品物がある。


 均一な薄緑と繊細な広葉樹のシルエット、厳かで豊かなエルフの森を思わせるパンツ。しかし、もはやそこは単なるエルフの森ではない。世界で最上の姫君が足跡を付け、新たな秘密が刻まれた秘境なのだ。


「ああ、姫さま……」


 ドロシーはパンツを顔に近づけて目を閉じると、大きく息を吸い込んだ。素晴らしい芳香が快楽を呼び覚ますと共に、まぶたの裏側に光が満ちた。


 ドロシーは明るい森の中にいた。

 遙か頭上まで広がる緑の群れ。枝葉の隙間からは暖かな光が差し込み、風と共に揺らめく。小鳥たちの囀りと、葉のさざめきが耳に心地よい。

 ふと気づく。穏やかな森の音に紛れるように、少女の声が聞こえる。

 声に誘われるようにしてドロシーは森の奥地へと分け入った。


 たどり着いたのは森の広場。大きく空が見える豊かな草地に、燦々と降り注ぐ陽光。その中央で少女が舞い踊っていた。純白のスカートが風に舞い、後を追うように金糸の髪が線を描く。少女は小鳥と戯れながら、楽しげな笑い声を上げていた。

 その少女はフィルだった。


「姫さま……」


 ドロシーは走り出す。最も愛しい人のところへ。

 一陣の風が吹く。


「きゃあ!」


 フィルのスカートが大きく捲れ上がり、薄緑のパンツが露わになった。風に驚いた小鳥たちが一斉に飛び立ってゆく。


「姫さま!」


 ドロシーは飛び込むようにしてフィルの腰に抱きつき、その股布に頬ずりをした。


「もうっ! ドロシーったら。ふふふっ」

「姫さま、姫さま!」


 感涙に咽びながら、必死でしがみついた。

 ドロシーは深い森の秘密を手に入れたのだ。


 気づくと、ドロシーは一人でパンツに頬ずりしながら涙を流していた。

 脱衣所には、いまだに浴室からの水音が漏れ聞こえている。


「ああ、姫さま。なんと愛おしい」


 ドロシーは新たに手に入れたフィルの脱ぎ立てパンツを胸に抱き、愛する人の名前を小さく呟いた。


          *


 フィルを寝かしつけ、一日の仕事を終えた。

 ドロシーは私室へ戻ると、壁際のコルクボードへ歩み寄った。フィルの脱ぎたてパンツコレクションボードだ。

 ボード上には一枚のパンツが貼り付けられている。以前手に入れた、茄子柄のパンツ。もちろんこれもフィルの脱ぎ立てを頂いた物だ。

 ドロシーはポケットから、薄緑色のパンツを取り出す。先ほど手に入れたばかりの、新たなパンツ。脱ぎたてのぬくもりこそ薄れてしまったが、フィルが残した確かな価値は時間経過程度で揺らぐものではない。


 今、コレクションボードに新たなパンツが貼り付けられた。ドロシーは少し離れてボードの全体を眺める。

 一つだったパンツが二つに。こうして数が増えるとコレクションらしくなってきた。

 次はどのパンツを手に入れようか。

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