入学から1ヶ月が過ぎたある日のホームルーム。後ろの席にプリントを渡すために振り向いて、宮嶋くんと目が合った。

 すぐに目をそらされたけど、廊下側に座る私の方をじっと見ていた彼と、一瞬だけ目が合った。


 もしかして、私を見てた?


 一瞬だけよぎった考えを、ため息と共に否定する。

 私みたいな地味子、彼が見ている訳がない。

 そう思って、そんなことはすぐに忘れてその日は終わった。




 翌日。また、宮嶋くんと目が合った。さらにその翌日も。その後も何回も。プリントを後に渡す時や、何気なく後ろを振り返った時。チラリと宮嶋くんの方を見ると、宮嶋くんも私の方を見ていた。彼は私の視線に気付くと、見ていたことをごまかすように、目をそらす。

 私を見ていた訳じゃないと思う。そう思うけど、宮嶋くんが私の方を見ていたのは、間違いなかった。


 あんなカッコいい人の視界に、私なんかが入ってた。


 そう意識した途端、急に自分の容姿が恥ずかしくなった。

 いくつもアホ毛が浮いたまとめただけの髪、少しカサついた唇、手入れをしたことのない凛々しいほどに太い眉毛。最近頬に増えたニキビ。しかも、宮嶋くんの席から見える左側には、特に大きく目立つのが1つ。

 多少のニキビは、誰にでもある。私より、もっとひどい子もいる。今、ちょっと荒れているだけで、そのうちに治る。そんなふうに思っていた自分に、無性に腹が立った。

 だってカッコいい宮嶋くんには、小さなニキビ1つ無さそうなんだもの。




 家に帰ると、洗面所に駆け込み顔を洗った。洗顔フォームは、スキンケア用のやつだけど、ドラッグストアで買った安いやつだ。もっと高いやつの方がいいかなと思いながら、泡立てネットで泡だてて、いつもより丁寧に洗う。

 化粧水は、いつも使ってる安い自分用のやつじゃなく、お母さん用の高いやつをこっそり使ってみようと思った。お母さんは毎日お化粧をしているのにニキビもなくて綺麗だから、高い化粧品の方が肌に良いのかもしれないと思ったから。

 お母さんの化粧水を少し手に取って、顔にペタペタ付けてみる。少しベタっとするし、ニキビが小さくなった気もしない。

「何してるの?」

「!!」

 突然、後ろから声をかけられた。

 お母さんが帰って来た。思ってたより、早い。

 お母さんの化粧水、洗面台の収納棚から出しっぱなしだ。勝手に使ったのがバレてしまった。

「何でもない!」

「リナちゃん、待って」

 お母さんの化粧品を勝手に使った後ろめたさと、急に色気付いた自分が恥ずかしくて、俯いたまま足早に横を通り過ぎようとしたら、お母さんに呼び止められた。恐る恐る振り返る。

 てっきり怒られると思ったら、お母さんはにっこり笑っていた。

「お母さんの化粧品は、若いリナちゃんには合わないと思うわ」

 私の左頬にそっと手を伸して、ニキビのあるところを優しく撫でる。

「知り合いのビューティーアドバイザーさんに、相談してみようか?」

 なんで勝手に化粧品を使ったのか、お母さんは聞かなかった。それどころか、なぜか嬉しそうに笑っている。

 私は、恥ずかしさと嬉しさで俯いたまま、「うん」と小さく返事をした。




 お母さんの知り合いのビューティーアドバイザーさんは美容のプロで、私の肌を見て、話を聞いて、私に合う化粧品を勧めてくれた。それに、毎日のスキンケアや気を付けることを教えてくれた。早速、その日から実践した。

 目に見えてニキビが減ってくると、他の所も気になってくる。ネットで調べたやり方で眉毛を整え、色のないリップクリームで唇の荒れを治して艶を足し、ぼさぼさに浮いていたアホ毛も、浮かないようにワックスで押さえた。

 大きく変えたりはしない。だけど彼の目に映る私が、少しでもキレイに見えればいいなって思いながら、校則の範囲内でのおしゃれをした。地味な私を、ほんの少し可愛いって思ってもらえるように。

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