第8話 ゲート・オブ・グレーター

 エイルさんが扉に手をれる。すると音もなくスライドして開いた。

 温かい、いやむしろ熱い空気が部屋に入り込んでくる。

 まだ暑い季節らしい。

 エイルさんの後について外に出ようとしたら、扉が閉まって挟まれてしまった。


「うがっ」

「にゃあ!」


 電車に飛び乗ったものの、失敗して挟まれたような感じだ。

 見た目ほど痛くはないが、エレベーターの扉のようには開いてくれない。

 そのまま閉まろうとしてくる。

 肩に乗っかっていたヌッコは、慣性の法則にのっとって前方へと投げ出された。

 扉をすり抜け、そのまま落ちていく。

 まさか地面すらすり抜けて奈落の底へ?!

 と危惧したが、こいつ、浮いてないか?

 とか悠長に考えてられない。扉はいまだに俺を締め付けてくるんだから。


「エ、エイルさーん!」

「なにやってんのよ」

「た、助けてください」

「なんなのよ、あんたのよ」


 エイルさんが扉にさわると、すっと開いた。


「さっさとくるのよ」


 出た直後に、扉が背中をかするようにすっと閉まった。

 この扉、俺を殺しに来ているのか?

 エイルさんがのぼっている外階段を、後から付いてのぼっていく。

 鉄製かと思ったら、違った。

 手すりは木製、階段は……石材?

 素足にひんやりと石の感触が伝わってくる。

 日陰になっているせいか、熱くなっていないのは助かった。

 焼けた石の上を歩きたくないからな。

 上までのぼると、エイルさんが扉を開けて中に入っていった。

 エイルさんの後について中に入ろうとしたら、扉が閉まって挟まれてしまった。


「うがっ」

「にゃあ!」


 もうなにも言うまい。

 この世界の扉は俺になにか恨みでもあるのか?


「遊んでんじゃないのよ!」

「遊んでないよ。扉が俺を殺しに来ているんだよ」

「バカなこと言ってんじゃないのよ」


 エイルさんが扉にさわると、すっと開いた。


「さっさとくるのよ」


 入った直後に、扉が背中をかするようにすっと閉まった。

 この扉、俺をチーズかなにかと勘違いしてるんじゃないだろうな。

 削っても食えないぞ。

 玄関の右側には下駄箱がある。

 どうやら日本と同じように、家の中は土足厳禁のようだ。


「ちょっとここで待つのよ」


 エイルさんは突き当りの左にあるカーテンを開いて、顔を突っ込んだ。


「母さん、父さんの服を借りるのよ」

「あら、いいの?」


 中からエイルさんのお母さんと思われる人の声が聞こえてくる。


「いいのよ。使わないで虫に食われるよりは、父さんも喜ぶのよ」

「はいはい、お夕飯、彼氏さんの分も作っておきますね」


 彼氏さんって誰のことだ?


「だから、そういうんじゃないのよ!」


 カーテンを乱暴に閉めると、右の廊下へ消えていった。


『お母さんも居るんだな』

『そうだね。彼氏ってマスターのことかな?』

『まさか。いや、でもそうなると、他にも人がいることになる?』


 全裸で鉢合わせになるのは嫌だな。

 そもそも全裸の男を連れ込んだなんて知られたら、修羅場らないか?

 エイルさんが戻ってくると、腰に巻いた布切れより綺麗な布切れを渡してくれた。

 どうせなら普通にパンツを渡してほしかったな。


「それで足をくのよ」


 なるほど、汚れた足で家に上がるなと。

 それはわかるけどさー。

 これを腰布にして、いま腰布にしてるもので足を拭いたら駄目ですか?

 とは言えず、渡された綺麗な布切れで足をぬぐう。

 きちんと湿らせてあったので、綺麗にぬぐえた。


「こっちに来るのよ」

「お邪魔しまーす」

「お邪魔します」


 カーテン越しに挨拶をする。


「はい、いらっしゃい」


 お母さんにきちんと挨拶をした方がいいだろうか。

 でもその前に服を着たいな。……服なんて何処にあるんだ。

 話の流れからして、お父さんの服を貸してもらえそうだから、大丈夫なのかな。

 廊下の突き当りを右に曲がる。

 少し進むと、エイルさんが右手の扉を開いた。


「この奥がシャワー室になってるのよ。そこで体を洗って温まるのよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

「その間に、着替えを用意するのよ」


 中に入るとまた扉が背中をかすめて閉まった。

 この扉、俺を……もういいや。

 扉が閉まると真っ暗でなにも見えなくなった。電気のスイッチは何処だ?

 手探りで壁を探しても、それらしきものは見つからなかった。

 電気は諦めて、奥でシャワーを浴びるか。

 暗い中シャワーを浴びるのは、ちょっとくるものがある。

 とにかく、奥へ進むと、籠のようなものを蹴っ飛ばしてしまった。

 多分脱いだ服をこの籠に入れるのだろう。装備品は腰布1枚。解除は簡単だ。

 1秒とかからず全裸になり、籠に布切れを手探りで入れる。

 突き当りまで進むと、扉らしきものがあった。

 ノブらしきものは無し。取っ手も付いていなかった。

 押しても叩いても開かない。

 とことんここの扉は俺を嫌っているんだな。

 振り返って入ってきた扉まで戻る。


「エイルさーん、エイルさーん」


 扉を叩いてエイルさんを呼ぶ。


「うるさいのよ、なんなのよ」


 扉が開くと、電気が付いた。


「……その粗末なものを見せるために呼んだのよ?」


 そういえば腰布は取ったんだった。

 慌てて前かがみになって手で隠す。


「違います。電気が点かないんですよ。それに奥の扉も開かないんです」

「電気? あのね、ここは元素世界じゃないんだから、電気なんて無いのよ」

「え?」


 電気がない?

 それはどういう意味だろう。

 雷の魔法とかが無いってことだろうか。


「あの、明かりはどうやって点けるんですか?」

「……点いてるじゃないのよ」

「いえ、今は点いていますけど……」


 そういえば、エイルさんが扉を開けたら電気が……いや明かりが点いた。最初に入った時も点いていたような。

 でも扉が閉まった途端、明かりが消えたんだ。


「後、奥の扉が開かないんですよ」

「扉はさわれば開くのよ」


 そういうと、扉に軽くれた。すると、すっと横にスライドして開いた。

 あれ……さっきさんざんさわっていたと思うんだけど、開かなかったよな。


「さっさと入ってシャワーを浴びるのよ」

「あ、はい」


 俺が中に入ると、扉が背中をかすめるように閉まった。

 もうさ、挟まれないだけでありがたく感じるね。

 ここがシャワー室らしい。真っ暗でよくわからないけど。

 というか、1つ重大なことに気がついた。


「あの、タイムさん」

「は、はいマスター」


 頬を赤らめるな頬を!


「外で待ってることは……」


 今更ではあるんだけどね。


「えと……」


 肩から飛び降りて、空中に着地する。

 うん、後でちゃんと問いただそう。こいつ自身、なんの疑問も持たずに空中歩行しているっぽいし。

 今入ってきた扉から出ていこうとしているが、出ていけないようだ。

 あれ? さっきは扉をすり抜けていなかった?


「無理みたい。あは、はは……」

「いやさっき扉すり抜けてたでしょ! なんで無理なの?」

「えっと……なんで?」


 あ、また何処かと交信するのね。


「閉鎖空間……にょ? 密室? の外には、出られない……らしいです?」


 閉鎖空間、つまりこのシャワー室は扉が閉まっているから、密室になっている。

 だから外に出られない……と。

 そういえばさっきの部屋は、俺が扉に挟まってたから密室にはなっていなかった。

 そういうことなのか。


「その……シャワーを浴びるなら、タイムも裸にな――」

「らなくていい!」


 顔を真っ赤にしながらそういうことを言うんじゃない!


「その、どうせ真っ暗だから見え――」

「るから、脱がなくていい!」


 こいつ、完全に思考が停止しているな。あまりのことに混乱しているんじゃないか?

 暗くて見えないはずなのに、タイムだけはくっきりと見える。

 見えるというか、うっすらと発光していないか?

 まるで真っ暗な部屋の中で、電源が入っているモニターみたいだ。


「そ、そうだよね。こんなお人形の裸なんて見ても、うれしくな――」

「タイムは人形じゃないから!」

「そ、そっか。えへへ……」


 頬を染めながら尻尾を振るイッヌ。

 どうせだったら、耳と尻尾だけでなく、全身がイッヌになってくれたら、わしわしと洗ってあげるんだけどな。

 とにかく、シャワーを浴びよう。

 タイムが発光しているとはいえ、部屋全体を照らせるほど明るくはない。

 壁伝いにシャワーを探してみたが、それらしいシャワーヘッドもお湯を出すコックも見当たらない。

 これではシャワーを浴びられない。

 そしてここからも出られない。


「エイルさん、エイルさーん」


 扉を叩いてエイルさんを呼ぶ。


「エイルさーん!、エーイールーさぁぁぁぁん!」

「いい加減にするのよ! なんなのよ」

「あの、シャワーはどうやって使うんですか?」

「はあ?! ……やっぱりそういうことなのよ」


 どういうことですか?


「ちょっと待つのよ」


 うう、なんか、シャワー1つ浴びられない自分が情けない。

 扉の外で衣擦れの音が聞こえてくる。

 次の瞬間、扉が開いて明かりが点いたと思ったら、エイルさんがタオルを持って中に入ってきた。全裸で。

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