第6話 母さん、父さんの鉱石が男の子に……

「エイルさん、開けるわよ」


 外と部屋をつなぐ扉が、音もなく開く。

 部屋に漂っていた魔力が外に発散すると、部屋の青みが消えていった。


「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」


 母さんが私の体をあちこち触って安否を気遣ってくれる。


「大丈夫なのよ」

「無理をしないでくださいね。エイルさんは知識があっても、まだ魔力が伴っていないんですか……あら?」


 母さんが私の視線の先にいるものに気が付いた。

 母さん、父さんの鉱石が私の魔力と混ざり合って男の子になっちゃった。これって父さんと私の子供ってことでいいのかな。


「あらあらあら、エイルさんは男の子に興味がなかったから心配していたのだけれど、孫の顔が見られるのも近いのかしら」

「な、なに言ってるのよ。そんなんじゃないのよ」

「あらあら、照れなくてもいいんですよ」

「照れてるんじゃないのよ!」

「ふふ、孫の顔は見たいけれど、さっきみたいに激しいのは控えてくださいね」

「違うのよ!」


 終始笑顔を振りまいていた母さんは、部屋を出て行ってしまった。


「話を聞くのよ! 違うのよー!」


 外階段を上る音が聞こえてくる。

 母さんは2階の居住部に戻っていったようだ。

 まったく、母さんには困ったものだ。

 とりあえず母さんは放っておくとして、この男の子はなんなのだろう。

 見たところ、人間っぽいけど……ふむ、まだ子供のようね。

 よかった。胸が上下しているから生きてはいるみたい。

 そんなことより、父さんの鉱石は何処に行ったのかな。

 本当に鉱石と男の子が入れ替わるはずがない。

 散らかった部屋の中を探してみたものの、見つからなかった。

 決して大きなものではないから、どこかに潜り込んだら見つけにくいだろう。

 もしかして、男の子の下敷きになっているのかな。

 幸いなことに作業用魔法陣の上に乗っかっているから、調べてみようか。

 モニターを見てみると、ホーム画面に戻っていた。

 異常動作による再起動でも発生したのだろう。

 パネルの上にこぼれたコーヒーを、ポケットから取り出したウエスで拭き取る。

 物体検査モードに切り替えると、対象物を置くようにと表示された。

 どういうことだ。男の子を認識していないのか?

 まさかさっきの暴走で壊れたのだろうか。

 自己検査モードに切り換えて、故障個所を調べてみる。

 特にエラーは出てこない。つまり、機械は正常に動いているというのか。

 仮に男の子が死んでいても、検査することはできる。だからそこは問題じゃない。

 だとするなら……考えられるのは1つだ。

 つまり、この世界のことわりの外の存在としか考えられない。

 魔素と魔力のない世界の人間。


「あんたのよ、元素の世界から来たのよ?」


 元素……魔素とは対局にある存在。

 存在といっても、この世界にはなかったはずだ。

 ゆえに確認する手段がここにはない。状況証拠だけで判断するしかないのが歯がゆい。


「ちょっとあんたのよ。起きるのよ」


 頬を叩いて起こそうとするも、起きてはくれない。

 少し強く叩いてみても、やはり起きない。

 こうなったら最後の手段を取らざるを得ない。甥っ子はこれで必ず起きた。

 まずは中指の爪を親指の腹で押さえて力を貯める。

 残りの3本指は、ピンと伸ばすと力が入れやすい。


「起きなかったあんたが悪いのよ」


 限界まで溜まったら、中指を開放して思いっきり弾くだけ。簡単で効果が高い。


「はが……!!」


 声にならない悲鳴が聞こえる。

 男の子は股間を手で抑え、悶絶していた。

 ふむ、起きたな。

 やはり男の子を起こすなら、これが一番確実だ。


「ねえ、あんたは何処から来たのよ」


 返事は返ってこない。股間を押さえてうめいている。

 まったく、あの程度で。情けないな。

 男の子の肩を掴んで、強く揺さぶってみた。


「いい加減にするのよ! 男だったらそのくらい我慢するのよ!」


 涙目の男の子がようやく我に返ったのか、私のことに気がついたようだ。

 驚いた顔をし、なにやら慌てている。

 でも、そうか。異世界から来たというのなら……


「サンムナムラカエウロ、エナナモヤ、シケロナロマム、サンムケムヤ、エキンムラシケム?」


 尋ねてはみたものの、やはり理解はしていないようだ。もしかしたらと思ったのだが、違うのか。

 男の子は更に慌てた素振りを見せ、なにやら言葉を発しているようだ。

 しかし、私に話しかけていると言うよりは、別のなにかと話しているような感じだ。視線が私を向いていない。自分の肩と話をしているのか?

 時折視線が私の方を向くが、それもちら見程度。そういう独り言が流行っているところから来たのだろうか。

 とはいえ、言葉が通じないのではどうしようもない。こういう時、どうやって意思疎通を図ればいいのかな。

 身分証に翻訳機能はあるけれど、対応しているとは思えない。

 所詮はこの世界の言語のみだ。異世界語なんて翻訳できるはずもない。

 と思いつつ、念の為翻訳魔法陣を起動して男の子の独り言の翻訳を試してみる。言語選択は自動にしておこう。

 結果は、火を見るより明らかだ。


「あの、えっと……僕の言葉、分かりますか?」


 突然、男の子が理解できる言葉を発した。

 これはあれか。男の子が物語に出てくる言語翻訳機でも使ったのだろうか。


「え、ええ、分かるのよ。あなたのよ、異世界人なのよ?」


 三度みたび慌てている男の子は、また肩を見つめている。いや、肩より少し上の辺りを見ているのか?

 なにもない空間を見つめるペットのようで、少し不気味だ。


「そこになにか居るのよ?」


 はっとして私の方を見る。


「あ、えーとですね、僕はモナカっていいます。で、この子はタイムです」


 なにもない肩を指さして答えてくれた。


「うちはエイルなのよ。えーとのよ、……なにもいないのよ?」

「え? タイム……見えませんか?」


 目を凝らしてみるも、やはりなにもいない……よね。


「うちには見えないのよ」


 また男の子は自分の肩と会話を始めてしまった。


「いったいなんなのよ。からかっているのよ?」

「あ、いえ。からかっているわけでは」


 まあ、からかわれていたとしても、そんなことは問題ではない。もっと重要なことがある。


「そんなことのよ、モナカ? は何処から来たのよ!」

「あ、すみません。ちょっと待ってください。今表示を……」

「表示のよ?」


 倒れている椅子を起こし、腰掛けてパネルを操作する。

 やはり男の子を認識できていない。

 試しに魔力値測定立体図をみてみると、なんの影も見あたらなかった。

 というか、この子はいつまで作業台の上に座り込んでいるのだろう。

 まあ人1人乗ったところで壊れるようなものじゃないけど。

 もう一度自己診断をさせてみても、異常は見つからない。

 やはりこの子が特殊なのだろう。


「改めまして」


 女の子の声がする。モニターから目を離して声のする方を見ると、手のひらサイズの小さな女の子が、男の子の肩に乗っていた。


「初めまして、タイムはタイム・ラットと申します。以後よろしくお願いします」


 無粋な男の子と違って、なんて可愛いのだろう。カーテシーがとても良く似合っている。


「うちはエイル・ターナーっていうのよ。よろしくなのよ」


 人差し指を差し出して、女の子と握手を……しようとしたが、女の子は私の指を握ろうとして、そのまま通り抜けてしまった。

 バランスを崩した女の子は、肩から落ちてしまった。

 慌てて手で受け止めようとしたが、やはりすり抜けていく。

 男の子が手を差し出すと、その上に落ちた。

 もしかして、私はこの子たちに触れないのか?

 いや、そんなことはない。思い返してみれば、私は男の子を叩き起こしている。

 だからさわれるのは間違いない。

 もう一度女の子に指を近づけてみる。

 顔をつついてみようとしたが、見事に指が刺さってしまった。もちろん、感触などはない。


「い、一体なんなのよ」

「タイム、どういうことだ?」

「えっと……どういうこと?」


 誰も理由が分からないようだ。

 少なくとも男の子と女の子は互いに触ることができるようだ。

 今度は男の子の頬に触れてみる。きちんと暖かい。

 頬から首、胸、腹と触っていく。

 普通の人間と変わらない。ならなぜ魔法陣に反応がないんだ。やはり元素の……


「あの、エイルさん?」

「ん? なんなのよ」

「あまり触られると、その」


 ああしまった。素材を触診する感覚で、人間にさわるものではないな。反省。


「ああ、悪かったのよ」


 なにをそんなに照れることがあるのだろうか。顔を赤く染め、くねくねと身じろいでいる姿は、なんとも気持ち悪い。

 とはいえ、相手はまだ子供なんだ。少し気を使ってやらねば。

 と思いながらも、腕を取って撫で回すのを止めなかった。

 こんな貴重な検体、手放せるはずもない。


「マスター、スペック不足で演算……が間に合わないから、現段階では……うきゅ? 外貨への干みゅ? 違う? えっと……外界? への干渉は、できないそうです」


 なに言ってるのこの子。


「あーそういうことか」


 どういうことなのよ。


「しばらくは幽霊みたいなやつと思っててください」

「そうなのよ?」

「タイム幽霊じゃないよ!」

「現状大差ないだろ」

「ぷっぷくぷー」


 触れないなら仕方がない。触れる方を重点的に調べるとしよう。

 触った感じ、私たちとあまり差がないようね。


「あの、エイルさん?」


 肌の質は私とは違うけど、それは男女の差というところか。甥っ子の感触によく似ている。

 筋肉の付き方とかも、差は無さそうね。


「あんたは……何処から来たのよ」

「それは……その」

「隠さなくてもいいのよ。あんたがこの世界の人間じゃないのよ、モニターを見ればわかるのよ」

「モニター?」

「あんたが乗ってるのよ、作業台なのよ」


 パネルを掴んで持ってくる。


「乗ってるものの状態を確認するモニターのよ、あんたを認識してないのよ」


 魔力値測定立体図に表示を変えてモナカに見せる。


「なにも乗ってないのよ」

「そうなんですか?」

「そうなのよ。なのよ……」


 今度は魔素値測定立体図に表示を変えた。


「ほら、今度はあんたを認識してるのよ」

「そうなんですか?」

「そうなのよ。そんなことのよ、あんた、ちょっと降りるのよ」

「あ、はいすみません」


 モナカが左手で股間を押さえながら作業台から降りる。


「それで、タイムちゃん……だったのよ? その魔法陣の上に乗るのよ」

「え、ここにですか?」

「早くするのよ」

「はい!」


 タイムちゃんが右手から降りて、魔法陣の上に乗った。

 相変わらず検査対象物を見つけられずにいる。

 その上魔力値だけでなく、魔素値すら検出できないという奇妙な結果に終わった。

 この子は一体なんなんだろう。


「存在自体が否定されてるのよ」

「え?」

「なんでもないのよ」


 実像はモニターでも捉えられている。

 見えるだけで存在しない?

 ここにある魔法陣じゃ無理みたい。

 新たな魔法陣を組み上げるか、あるいは……


「はっくしゅん」


 ああ、全裸だから寒いのね。

 初秋とはいえ、残暑でそれなりに暑い。

 しかし空調の効いた作業場は全裸だと冷えるから仕方がない。


「2階に移動するのよ」


 コーヒーを拭き取ったウエスをモナカに投げ渡す。


「これは?」

「腰に巻いておくのよ。全裸で外に出るわけにはいかないのよ」

「外ですか?!」

「2階に上がるのよ、外階段を登るしかないのよ」


 渋々と言った感じでウエスを腰に巻いた。

 あんなものでも、全裸よりはマシでしょう。


「付いてくるのよ」

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