Ⅷ イチイの槍(2)

他人ひとの心配とはずいぶんと余裕だな!」


「それはもちろん。わたくしを誰だと思っていますの? スカーチェ先生の弟子、女武芸者ウオフェでしてよ?」


 さて、そのウオフェの方はといえば、こちらもフェー・ディアードとの激しい闘いを繰り広げようとしていた。


「クゥ・クラン同様、わたくしもスカーチェ先生のもとで会得した〝空幻魔杖デルフリス〟の妙技、見せてさしあげますわ」


 嫌味を投げかけるフェー・ディアードにそう嘯くと、ウオフェはイチイの木の杖を槍のようにして構える。


「ハァ……せやっ!」


 そして、気合もろとも杖を振り上げてウオフェはフェー・ディアードへ突っ込んでいく……。


「ハァ! ハァ! ハァ! ハァ…!」


「は、速い…うぐっ! ……うがっ…!」


 その杖による攻撃は予想以上に速い……いや、速いばかりでなく、残像を残すその動きはまさに変幻自在であり、どこから来るのか予測不能な突く、払う、打ち下ろすという連続攻撃が、雨霰の如くフェー・ディアードの上に降り注ぐ。


「…くっ! ……がっ! ……うっ! ……ぐぅ…!」


 自慢の黄金の剣とトゲトゲの盾で防御をするフェー・ディアードだが、その動きをすべて見切ることは不可能である。高速で繰り出される流星群のような強烈な打撃に、彼は全身をタコ殴りに殴り続けられた。


「うごおっ…!」


「ふぅ……空幻魔杖デルフリス、とくと味わっていただけたかしら?」


 その勢いのままフェー・ディアードが吹き飛ばされると、倒れ伏す彼を見下ろしながら、冗談めかした口振りでウオフェは上から目線に言葉をかける。


「……うく……さすが、スカーチェ先生の弟子だけのことはあるな……しかし、残念ながら、その程度の打撃では俺を倒すことはできん」


 しかし、あれだけ殴打されたにも関わらず、どういうわけか平気な様子でフェー・デイアードは立ち上がる。


 よく見れば、その皮膚はまるでドラゴンの鱗のように、硬く硬化して天然の鎧のようになっている。


「やはり。全身を硬化させられるあなたには効かないようですね……」


 だが、ウオフェは驚くでもなく、その結果を最初からわかっていたかのようにそう呟いた。


 そう……このフェー・ディアードには、そうした皮膚を硬化できる特殊能力が備えられているのである。


「わかっているのなら話が早い。では、無駄な抵抗はやめて、おとなしく我が足下に屈服するがよい!」


 今度は、フェー・ディアードの方が攻撃する番である。彼は悪どい笑みを浮かべると、剣と棘付きの盾を振りかざしてオウフェに向け突進してゆく。


「…とうっ! ……せやっ! ……はあっ…!」


「くっ……!」


 剣の斬撃とトゲトゲの刺突を交互に浴びせかけるフェー・ディアードに対し、ウオフェは再び杖を振り回し巧みに防御する。


「どうした! どうした! もう一度、デルフリスの妙技を見せてみろっ!」


 しかし、フェー・ディアードの猛攻に、さすがのオウフェも防戦一方である。


「…うぐ! ……打撃が効かないことはわかっています……代わりに、あなたにはこれをさしあげましょう……アスイヴァル!」


 そこで、ウオフェは戦法を変える……一瞬の隙を突いて後方へ飛び退けると、間合いをとった彼女はその短い呪文を口にする。


 すると、天に掲げたそのイチイの木の杖が俄かに眩く輝き始める。


「…!? ……目潰しのつもりか?」


「いいえ。これは光の神ルーの持つ槍の一つ〝ガエ・アッサル〟の力をこの杖に召喚したものです。アッサルの槍は呪文で命じさえすれば、即、標的に命中する神の槍……しかし、これはフラガラッハのようないわゆる武器にはあらず。いかなるものなのか、今からお見せしてさしあげましょう」


 その光に目を細めて顔を背けるフェー・ディアードに、女武芸者というよりは神聖な巫女の荘厳な雰囲気を身に纏ったウオフェはそう告げる。


「なに……?」


「イヴァル!」


そして、〝イチイ〟を意味するその呪文を唱えた瞬間、眩しそうに顔をしかめたフェー・ディアードに向かって、光の杖から一筋の稲妻が、文字通りの目にも止まらぬ速さで発せられた。


「……う……ご………!」


 一瞬の後、何が起きたのかもわからぬまま、黒焦げになったフェー・デイアードは白い湯気を上げながら前向きにバタリと地面に倒れ伏す。


「打撃は効かなくても、これはあなたにもよく効いたでしょう?」


 最早、意識もないフェー・ディアードを再び見下ろしながら、不敵な笑みを浮かべるウオフェは彼に聞こえるわけもないのにそう声をかけた。

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