第4話 クルーズ船内で
夏休みに入った初日。俺以外の人間にとっては清々しい日。
広々とした空間に俺は横たわっていた。船の中だとは思えないほどに広く快適なクルーズ船、さすがは伊波財閥だ。もっとも快適なのは空間だけであって俺の気分はすぐれないのだけどな。
俺が乗っている船は伊波財閥の所有する新垣島まで向かっている。新垣島には2人の使用人が住み着き管理してくれている伊波家所有の別荘がある。
新垣島は秘湯が有名だ。
温泉街であるものの温泉だけでなく様々な娯楽も充実しているため、観光の名所としして名をはせている。秘湯が有名って矛盾してるな!何て揚げ足は取らないほうがいい。
希海に口を塞がれるぞ!千本針を使って。
養父が言うに島を貸切にもできたらしいのだが、それは秋月家が断ったらしい。その代わりと言っては何だが、美容効果のある温泉だけは優先的に入ることができるようになっているらしい。
「これくらいか…」
今から行く島について、頭を整理した。
何しろ気分が悪くて、やることがなかったからな。
伊波家が借りているクルーズ船、パナカラード号は最先端技術である横揺れの制御をおこなうコンピューターを統制しているのだが、わずかな揺れはどうしても防げないらしく俺は船酔いになっていた。
…俺の三半規管弱すぎて困る。
見上げるほどに大きなクルーズ船。しかも貸し切っていると聞いたので、ワクワクしながら船に乗り込んだものの、大人はカジノ(合法)真人は
金の無駄遣いだと思う。
特段したいことも無かったため一人で外板に出て船の動力であるスクリュープロペラに巻き込まれ白く泡立っていく海を眺めていたのはいいのだが、突然吐き気に襲われたのだ。
急いで共同スペースに戻り、気分を優れさせようとソファに横になり少しの間目をつぶった。だから暇だったのだ。
考えることもなくなり、暇を持て余しているとどこからともなく足音が聞こえた。ゆっくりと瞼を上げると俺の目には信じられないものが映っていた。
最近俺の周りではおかしな事ばかり起きている。
例えば、今この状況だ。あの長閑が俺に普通に話しかけてくる。こんな異常事態は今まで経験したことがない。
俺が船酔いでぐったりしている所に水を持ってきてくれたのだ。
「大丈夫なの!?船酔いなら無理しちゃダメ!
べべっ別に心配してるって訳じゃないわよ」
長閑の異常な様子に困惑をする
「長閑姉さん…無理して俺に優しくしなくてもいいですよ」
長閑は何をしにきたのだろうか?もしかしてまた罵倒か。
船酔いで気分のすぐれない今の俺にとって、一度克服した長閑の罵倒でも抵抗できる自信はない。
だから、今は長閑と距離を置いておこうと思ったのだが
「やっぱり迷惑よね。いまさら優しくされたって気持ち悪いだけよね…」
長閑は肩を落として帰っていった。もしかして本心から心配してくれていたのだろか、それならば酷いことを言ってしまった。
だけど許して欲しい。今はそんなこと気にしていられる精神状態じゃないんだ。
後で謝ることにしようと考えながら、長閑が持ってきてくれた水を飲むために立ち上がると部屋の片隅に一つの影が見えた。
彼女だろうか?
「なあ。そこにいる人。盗み聞きはよくないぞ」
出て来いというが簡単には出てこない。まぁどうせ彼女だろう。
「おい。茉穂いるのはわかってるんだ出てきてくれ」
強めの憤りを感じさせる声で言ったのが効いたのだろう彼女は観念して両手を上にあげひらひらさせながら俺の前に姿を見せた。
「わかりましたよ。でも盗み聞きとかじゃないですよ。ここはみんなが使う共用のスペースなんですからね。せ、ん、ぱ、い。」
あの時の茉穂とのしがらみは、もう忘れることにした。
今更言っても仕方がないからな。だけど俺が養子だという機密事項を知っている厄介な存在だという事には変わりない。
「今は誰もいないんだ。なんで猫をかぶってるんだ?」
「う~ん。そうですねぇ。私自身今のままでも猫をかぶっている自覚はないんですよ、っていうかこれが私の素ですし。先輩勘違いしてますよ」
「いやいや。そんなわけないじゃないか。いつもの言葉遣いはどうした?いつもの眼光はどうした。俺のことを先輩だと敬わないあのくそ生意気な後輩はどこへ行った?」
「はぇ~。私のことそんな風に見てたんですね。もしかして先輩ってドMってやつですか?キモっ」
「キモっ」?どの会話から俺がドMだと思ったんだよ!
お前が何を企んでるか知るためにわざと怒らせるようなこと言ったんだよ。
だがもう一押しで本性を現しそうだな。
「いや、違うけど。お前のことなんて何とも思ってないよ。勘違い乙」
「おい。いつからそんな生意気な口を利けるようになったんだよ。先輩。」
ひぃぃ。いや怖いよ。誰ですかこいつの本性を暴こうとか言いだした奴。
いやもうそいつが責任とれよ。おい!数秒前の俺責任とれよ!
「あっ。ごめんなさい」
「ほんと先輩って懲りないですよね。次そんな生意気な態度とったら、あなたの秘密ばらしちゃいますよ?」
「べっべつに、ばらされて困るようなことじゃないし~。しかも一度ばらされてるし、全然ばらされても問題な…」
そこまで言って気づいた。なんて愚かなことをしてしまったのだろう。
後輩に脅される自分が情けなくて、ちょっとだけ抵抗しただけなのに。
こいつは、佐山茉穂はそのちょっとが許せないタイプだったのだが
「そうですね。私一度バラしちゃいましたからね…後悔してます。ごめんなさい」
あれっ?てっきり茉穂に先ほどの怖さの倍以上の剣幕で気圧されると思っていた俺は拍子抜けしてしまった。あの茉穂が
後悔している。…だと??
ごめんなさい。…だと????
「だけどあの時綾先輩に本当のことを伝えなかったら、有哉先輩が後悔してしまうんじゃないかって、焦ってしまってつい口が滑ったのです。本当に勝手なことしてごめんなさい」
「えっ?茉穂が謝ってる!?お前大丈夫か。本格的に熱が出たとか、船酔いになっているとかなのか。」
茉穂が謝っている。この事実に俺は驚嘆せざるを得ない。俺のことをただのものだとしか思っていない、この女が素直に謝罪の意を言葉にしている。驚いて心の中にとどめておかないといけない言葉がつい飛び出してしまった。
熱が出ているのかと思い、茉穂に近づき額と額を合わせるもあまり熱がこもっているようには思えない。
「へっ?」
茉穂から変な声がしたが、熱とは関係なさそうだ。
それとも俺と同じで船酔いなのかと思い、ソファまで運んでやろうと茉穂を担ぎ上げると
「ふわぁ!」
こちらが拍子抜けするような間抜けな声がしたがこれまた船酔いとは関係なさそうだ。
そのまま近くのソファまで運んでやろうとしたのだが俺に飛んできた言葉は罵倒だった。
「おかっおかしいですよ。なんでわたしのことお姫様抱っこしてるんですか!
ふっ、ふざけるなぁああああああ」
俺は意図してその担ぎ方を選んだわけではない。ただ何とはなしに世間一般に知られている方法として取っただけだ。
「だって、病人にはこの担ぎ方がいいと希海に教わったから…」
そうこの担ぎ方は希海に教わったのだ。一般常識なのだろう?希海が疲れたときや風邪を患ったときはいつもこれだったから、何とはなしにしただけどったのだが、茉穂にとっては嫌だったらしい。
「私は別に体調が悪いわけでもないですよ。私の話をきけぇぇぇ」
「あー。そうだったのか。悪かったな気に障るようなことして。次からは気を付けるよ」
「あれ?そんな簡単に…いや別に、ソンナニオコッテナイッテイウカ。むしろもっとやってくれても…」
「なになに、もっとやってくれって!?」
茉穂の口から出たとは思えない言葉。ここまで来るとむしろ自分がおかしいのではないかと勘繰ってしまう。
「うるさい!うるさい!何も言ってないです。それより早く放してください」
茉穂の顔はもう真っ赤になっている。そんな彼女に少し愛らし…いや違うこれは恐怖だ。
恐怖を感じて茉穂を放してやると彼女の顔は水分の抜け落ちた山菜のようだった。
それは言い過ぎかもしれないが、すごく残念そうにはしていた。
そしてしばらく身もだえていた茉穂は、俺を一度睨むとソファのすぐ近くにあったモダン調の扉から去っていった。
やはり近頃俺の身の回りでは可笑しなことがたびたび起きていると、不安に感じそのまま横になる。自分の船酔いがまた再発したからだ。
気分が悪い。一度眠ろう。そう思ったのだが俺の頭からは先ほどの茉穂が言った言葉が離れなかった。
『あの時、綾先輩に本当のことを伝えなかったら、有哉先輩が後悔してしまうんじゃないかって』
――
――――…有哉先輩が公開してしまうんじゃないかって……か。
茉穂も考えなしにとった行動だったわけじゃなかったんだな。
俺の気持ちを考えてくれたのか。ありがとう。
だけどダメだ、俺の本心を当てるのはやめろ。確かにあの場で茉穂が本当のことを言ってくれてなかったら、俺は一生あの関係を維持していたのかもしれない。ずっと後悔し続ける人生だったかもしれない。
だけど、やめてくれよ。
これじゃあ、俺が悪者だ……
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今回の話長いですね。ごめんなさい。調整が効かないもんで。
このぐらい大きなクルーズ船を貸りるとどのくらいお金がかかるのか気になります。
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