2話 夏海と文化祭とドンスケ


 朝から最悪だ・・・。


 河田夏海は、机の上に顎をのせて、膨れっ面でぶすっとしている。

 ホームルームで行われた阿弥陀くじで、文化祭準備委員に選ばれた。文化祭は2学期開始早々、9月の1週目に行われるため、夏休みも学校に行く必要がある。

 輪をかけて最悪なのは、相方がドンスケということである。


 別に、一緒に委員をやりたい相手がいるわけでは無いが、流石さすがにドンスケは無いだろうと神様を恨む。だって、あいつ何にも喋らないじゃん。これって結局は私が全部やるってことでしょう・・・。


 ドンスケじゃ積極的に委員会活動をするとは思えない。ましてや、塾があるからとか言って、委員をサボりそうだ。


 早速、男子が寄ってきて、何かドンスケと運命とか感じちゃう?と大声で揶揄からかってくる。仲の良い女子も笑いをこらえるのに必死だ。


 夏海なつみはお前ら中3にもなってガキかと追い払う。

 男子は怒られて少し距離をとるも、ツンデレだ、ツンデレだとしつこく騒いでいる。もういい加減にしなさいよ、と陽菜ひなが止めに入ってくれた。


「夏海、気持ちは分かる。私も出来ることは手伝うから、ドンスケのことは気にせずに準備委員頑張ろう」


 陽菜は嬉しいことを言ってくれる。さすが愛すべき親友だ。


「マジ詰んだ・・・。ドンスケもそうだけど、このタイミングで委員とか・・・」


 夏海はテニス部のエースだ。

 中学最後の夏の大会までは塾にも通わずにテニスだけに集中するつもりでいた。

 元々テニスの経験はなく中1の入部から始めたのだが、性に合っていたのか、センスもあったようで、めきめき実力をつけて中2から既にエースになっていた。夏海もテニスが大好きになり、何よりもテニスに力を注いだ。


 全身日焼けで真っ黒で、髪も邪魔に何ならないようにショートにしている。他の子がする流行の話題とかお洒落も全く気に掛けなかったし、恋愛話とか異性への興味などは全く無かった。夏海の明るくさっぱりした性格は、どちらかと言えば同性に人気があって、男子とは軽口程度で真面目に話したことなど殆ど無い。



 夏海にしてみれば、部活なんか名前だけという連中が委員をやればいいじゃないかと思っている。


「あああ、夏休みが潰れる・・・、テニスの練習時間が無くなるう・・・」


 夏海は想像して、激しく落ち込んだ。陽菜が優しく頭を撫でてくれる。


「でも、夏海ってドンスケと仲が悪いわけじゃないでしょ」


「何それ。仲が悪いもなにも、ほとんど話したことないよ」


「そうなの?いつも朝登校すると教室にいるのって夏海とドンスケのコンビが定番だから」


「それな。なんかアイツ学校来るの早いみたい。私が教室に入る頃には、もう机で独りで勉強してるし」


「そんなに好きかね、勉強。私にはまったく意味分かんない、朝から自主勉とか」


「まあ、勉強するのはドンスケの勝手だからいいけど、はあ・・・」


 大きなため息ひとつ、夏海は両手を枕にして机に突っ伏した。



 ***


 準備委員会では二人は掲示係という担当になった。


 文化祭のポスターを作ったり、校門に立てかける看板を作る仕事だ。今回は阿弥陀くじの神様が夏海を応援してくれたのか、掲示係の作業は直前が山場になる。つまり夏休みの前半は部活に集中できるのだ。ならば夏の大会が終わるまでは委員の仕事は後回し、とドンスケとも話を付けた。


 その甲斐もあってか、夏海は最後の県大会でベスト16まで行くことが出来た。そこから先は子供の頃からスクールに通うような私立中学の強豪選手が相手になるので、夏海としても充分満足していた。


 大変なのは準備委員会の方だ。お盆休みも過ぎてから、二人は準備作業を開始した。夏海の予想に反して、ドンスケは勉強を口実に委員をサボることは無かった。準備を始めてみると、交渉力のある夏海と、真面目なドンスケという二人のコンビが案外上手くいった。


 画才が全くない夏海は、美術部の友人に渡りをつけ、ポスターの下絵を休みの間に描いてもらっていた。下絵への色付けはドンスケの仕事だ。ドンスケは夏休み後半、準備委員に割り当てられた教室で、毎日のように黙々と絵具を塗っている。人と会話しなくて良い分、ドンスケも嫌がらなかった。


 夏海は、書道部にいって看板用に”文化祭”の字を書いてもらってくる。それを看板にトレースする作業を夏海が受け持った。字が書かれた半紙を看板にテープで留めて、アウトラインを写していく。


 夏休みが終わる直前にポスターは完成した。2学期早々、先生のチェックも済ませ、各階の廊下に掲示して回る。


 文化祭まで後数日、残るは看板だけだ。それも、夏海が黒く塗り終えた"文化祭”という文字の周りを綺麗に着色するだけである。看板に向かい合って、床に膝立ちして色を塗っていく。教室には二人以外に誰もいない。


 夏海はさすがに沈黙に耐えられなくなって、ドンスケに話しかけてみる。


「あのさあ、塾とか休んじゃって大丈夫なの」


 ドンスケは急に声をかけられて驚いたようだったが、下を向いているので反応が良く見えない。ドンスケは看板が完成するまで塾を休んでいる。


 夏海は声の小さいドンスケの返答を聞き漏らすまいと耳をすましていたが、ドンスケの口から出た声は予想外に普通の音量だった。


「大丈夫。親にも言ってあるから」


「ねえ、いつも勉強ばっかりしてて疲れない?皆からもイジられててるし」


「気にしないようにしてる・・・。勉強は、将来やりたいことがあるし、志望校に合格したいから頑張ってるだけ」


「そうなんだ」


「それよりも、河田さん県大会ベスト16、おめでとう」


「まあ、満足してる。やり切ったし。あとは文化祭準備委員として頑張らなきゃ」


「そうだね。僕も頑張る」


 言い終わると、教室には静寂が戻った。夏海はとりあえず会話を成立させた満足感もあって、後は看板製作に集中することにした。ドンスケに対しては塾を休んでもらっているという後ろめたさもあり、出来るだけ自分が頑張ろうと夏海は思っていた。

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