第3話 合成種とは

 食事を終えた私はさっそく部屋を抜け出し、合成種ダークハーフを探し回った。

 合成種ダークハーフの目印は黒い呪印だ。合成種ダークハーフは魔術で合成された生命体なので、その名残として体のどこかに黒い文様がある。

 サイラスも背に黒い翼のような呪印があった。額にあったり、手の甲だったり腕だったり、呪印のある場所は様々だけれど、体のどこかに必ずある。ただ、まぁ、サイラスのように服に完全に隠れる部位だと見た目分からないんだけどな。

 勝手知ったるなんとやらで、あちこち歩き回ったが合成種ダークハーフはみかけない。

 そこで、もしかしてと思い、サイラスの部屋の傍を探ったのが良かったようだ。二人同時に見つけた。でも、知らない奴だ。黒髪の長身痩躯の男と背の低い丸っこい男のどちらにも見覚えはない。どうしようか……。

「こんにちは」

 とりあえず挨拶から、そう思って声をかけたら、やたらと驚かれた。

「……何か用か?」

 目つきの鋭い黒髪の男の返答は、かなりそっけない。警戒された?

「私はエラと申します。あなたのお名前をお聞きしても?」

「お前、魔道士じゃねぇな?」

 黒髪の男から値踏みをするような視線を向けられる。ここにいる魔道士は全員ローブ姿だから、私の格好を見れば違うとすぐ分かるだろう。

「はい、違います。聖女候補として連れてこられました」

 私はそう答えた。

 対照的な二人だと思う。雰囲気がまるで違う。黒髪で細身の男は、鋭いナイフのような視線だ。暗殺者にもこういった目をした奴は大勢いたけど……それ以上かも。

 そして団子のようなふくよかな男は、人の良さそうな丸顔だ。と言っても動きに隙が無いからやっぱり強いんだろうな。まぁ、合成種ダークハーフはみんなそうだけど。なにせ魔人シヤイタンと人間との合成生命体だ。弱いわけがない。

「俺達とは接触禁止、そんな風に聞かされなかったか?」

 黒髪の男が言う。普通に話しているんだけど、視線だけじゃなく、口調もどことなく鋭利だ。無意識に相手を威嚇してしまうんだな。

「聞いています。でも、無視しました」

「どうして?」

「あなた達とお話がしたかったもので」

 黒髪の男はため息をついた。

「……好奇心は身を滅ぼすぜ?」

「好奇心ではなくて、えー、何でしょうね? あなた方と仲良くしたいと思いまして」

「はあ?」

「ですから仲良く……」

「いや、ちょ、待て。俺達の正体……」

「ええ、知っています。合成種ダークハーフですよね?」

 こいつの呪印はかなり目立つ。右頬から右腕全体にかけて黒い文様が走っているから、合成種ダークハーフだと一目瞭然だった。

「……知っててそれか?」

 今度は呆れたような口調だ。

「ええ、まぁ。合成種ダークハーフの知り合いが多かったもので慣れています」

 というか、ここで作った友人は合成種ダークハーフばっかりだった。魔道士で仲良くしてくれたのはほんのちょっぴり。うーん、嫌われてたんだな、私。サイラスがいたから、ちっとも気にならなかったけど。本当、あの頃は幸せだった。ああ、あの頃に戻りたい……。

 黒髪の男は絶句したようだったが、

「で、お名前をお聞きしても?」

 私がそう聞けば、

「ゼノス・グレイシード」

 ちゃんとそう答えてくれた。

「僕はロイ・シンプソン」

 ふくよかな男が穏やかに笑う。

合成種ダークハーフの知り合いが多かったって本当か?」

 黒髪の男、ゼノスの問いに私は頷く。

「ええ、本当です。それですね、お聞きしたいのですが、ネイサンやフェイは元気でしょうか? もしまだここにいるようでしたら、会わせていただきたいのですが……」

「ネイサン? フェイ?」

 怪訝そうにゼノスが言う。あ、知らなそうだな。

「だったら、そうだ。レイはどうでしょう? 眼鏡をかけたインテリ風の男性です。書物が好きでサイラスとも仲が良かったはずです。話が合うんですよね。知りませんか?」

 ゼノスはしばし考え込み、

「……もしかして、レイ・クラウド?」

 そう答えた。私は喜ぶと同時に、彼らの存在を確認できて、ほっと胸をなで下ろしてもいた。良かった、やっぱりまだここにいたんだ。

「ネイサン・ビル……。フェイ……フェイ・アート?」

 ゼノスが考え考え、そう口にした。

「そうです、その方達です。どこにいますか? 是非会わせてください。お願いします」

 これでサイラスの事が聞き出せる、そう思ったのに……。

「死んだ」

 ゼノスにそう言われて、一瞬意味を理解出来ず、棒立ちになる。死ん、だ?

「え? で、でも……合成種ダークハーフは確か不老長寿だったはず……」

 たかが五十年で死ぬはずがない。合成種ダークハーフは病気にだってならないんだから……。

 黒衣の男ゼノスが淡々と言う。

「ああ、そりゃあ、相争わなけりゃあな、確かに長生きするだろうよ。けど、合成種ダークハーフはどいつも短命だ。合成種ダークハーフの知り合いが多かったんなら、理由は分かるよな? 合成種ダークハーフは寄り集まれば、どうしても同士討ちをする。俺が今言った名前はな、墓碑に刻まれていた名前だよ。俺はそれを覚えていただけ。生きているそいつらに会ったわけじゃない」

「墓碑……」

 ショックだった。彼らの元気そうな顔しか思い出せない。一体何があった?

「同士討ちったって……でも、ここ暁の塔には、合成種ダークハーフの狂気を鎮められる聖なる精霊がいるじゃないか。魔道士達だってわんさといるのに、それを止められなかった?」

 信じられない。確かに合成種ダークハーフ同士は遊びで格闘しても、魔人シヤイタンの血の狂気が増幅され、殺し合ってしまう。正気を失うのだ。

 でも、万が一争ったとしても、ここにいる魔道士達なら、それを止められたはずだ。拘束の魔術がある。引き離しさえすれば、時間が経てば、狂気に走った合成種ダークハーフも正気に戻る。まさか、見捨てられた? そんな馬鹿な……。

「ここじゃなかったもんよ」

 ゼノスがそう言った。

「どういう……」

「俺達はサイラス様に拾われたんだけど、それはここじゃなかったよ。ここからもっと南の方の地域だ。そこに城を建てて、保護した合成種ダークハーフ達をかくまってた。くそったれ魔道士達がいるここへ来たのはつい最近だ」

「ここから離れた? で、でも、サイラスは魔道士であると同時に、お前達と同じ合成種ダークハーフだ。血の狂気があるから、ここを離れるのはリスクでしかないだろ? どうしてここから出たりしたんだよ?」

「知らないよ。俺はここ出身じゃねぇし、サイラス様の過去は探りたくない」

「どうして?」

「一度、事情に詳しい奴をつついて、悲惨な過去しか出てこなかったら、もう聞かないって決めてるんだ。そのネイサンって奴もフェイって奴も、同士討ちで亡くなってる。生き残ったのは、その事情に詳しい奴たった一人だよ。どれだけ悲惨な状況だったか分かるだろ? 俺は聞くんじゃなかったって思ったよ」

「じゃあ、ここへ戻ってきたのは何故?」

「サイラス様が限界だったから」

 私が首を傾げると、

「ヨアヒムの馬鹿が……ああ、いや、そこは省くけどよ、サイラス様が、狂気の増幅を自分で抑えられない状況にまでなっちまって、限界だったんだ。あのまんまだとサイラス様自身が殺人狂になっちまう危険があったんで、暁の塔に助力を要請した、つーか、喧嘩をふっかけたんだよな。全面戦争か、俺達ごと自分を暁の塔に受け入れるかの二択を迫ったんだ。そんで、あいつらはサイラス様共々俺達を受け入れたってわけ。ま、だからいつまでここにいるか分からねぇな。嫌がられているのは一目瞭然だし、その内ここを出ていくんじゃ……」

「駄目だ!」

 私は叫んだ。

「ここから動いちゃ駄目だ! また狂気の増幅が起こったらどうする? 同士討ちなんて目も当てられないよ! ここ以外に安全な場所なんてないだろ? 太古の魔法が残っているここが一番安全なんだよ! 聖なる精霊のいるこの場所が!」

 そうだよ、サイラスが母国を捨てて、ここ暁の塔に来たのもそれが原因だった。魔人シヤイタンの血の狂気が活性化しちまって、それでどうしようもなくなって、継承権を捨ててここへ来たんだ。国王に相応しい人物だったのに、魔人シヤイタンの血の狂気が原因であいつは……。

 ゼノスは困ったようだった。

「んな事言ったってよ……早く出ていって欲しいって雰囲気だぜ?」

「……ルーファスとかけあってくる」

 あいつはサイラスと仲が良かった。暁の塔の五大魔道士になっているのなら、力になってくれるはず、そう思ったが、

「ああ、あの爺さんな。随分奮闘してくれてるけど、今ひとつ頼りにならねーんだよな。ま、四対一じゃ、そーなるか」

 ゼノスの呟きで足が止まってしまう。

「……爺さん?」

 もしかしてあいつ、魔術で若作りしてないのか? そのまんま年を取った?

「ああ、爺さんだ。何だ、知り合いじゃ無かったのか?」

「いや、その、ルーファスの若い頃しか知らなくて」

「若い頃って……」

 ゼノスに怪訝そうに上から下まで眺められてしまう。

 そういや不自然か。私の年はまだ十六だ。十六年遡っても若い年になんかならないな。ルーファスの今の年って、えー……八十七才だ、うん、無理。十六年遡っても七十一才だ。若者って年じゃない。笑って誤魔化すことにする。

「そう言えば、お前達以外の合成種ダークハーフっているのか?」

 そう話題を振れば、

「ああ、いるぜ? ユリウス・クラウザーっていう大男とヨアヒム・モディっつう、くそったれが」

「……仲悪いのか?」

「あん?」

「そのヨアヒム・モディって奴と」

「ああ、あいつは仲間じゃねぇからな」

 ゼノスが不愉快そうに横を向く。

 意味が分からない。まぁ、仲が悪いのは確実だな。

 しかし、どうしたものか……。サイラスの今の状態が今一つ分からない。サイラスがここから出ていかなくて良い方法、何かないか?

「今回選出される聖女の立場って、どれくらいなんだろうな?」

 ついそんなことを呟けば、

「さあ? もしかしたらあの五大魔道士と並ぶかも」

 ゼノスの台詞に、私は目を剥いた。

「はあ? あの五大魔道士と並ぶ? 魔道界の頂点に君臨しているんだぞ、あいつらは。一国の王と同等の、いやそれ以上の権力を持っているんだ。それと肩を並べるってぇ?」

 ゼノスが肩をすくめた。

「だってよ、あいつらが探している聖女って、ただの聖女じゃないだろ? 予言の書の双星で、あいつらが救世主メシア様って呼ぶくらいなんだぜ? 五大魔道士が尊称を付けて呼ぶくらいだから、そうなんじゃないかって思ったんだよ」

 そういやそうだ。魔道士全員、救世主メシア様って言ってた。じゃ、じゃあ、もしかして、私が聖女に選ばれれば、サイラスはここにいられる? いや、でも、どうすれば聖女に選ばれるんだ? ルーファスだ、ルーファスを探そう。そうしよう。

「ありがとう! ゼノス、それとロイ、助かった! またここへ来てもいいか?」

「……それは別に構わないけど、魔道士どもに睨まれるぜ? いいのか?」

「それ、サイラスにも言われたけど、気にしない! じゃあ、またな!」

 片手を上げ挨拶し、駆け出した。ルーファス、どこだあ! そう心の中で叫びながら。

「……変わった女だ」

「だね」

 ゼノスの言葉にロイが頷く。

「でも、僕は好きだな」

「あん?」

「ぶっきらぼうだけど優しそう。僕がいた孤児院の院長先生みたいだ」

 ロイがそう言って笑ったが、二人がそんな言葉をかわしたことなど彼女は知るよしもない。既にルーファスを探して駆け出していたからだ。


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