時計の砂が落ち切る頃には

水城しほ

時計の砂が落ち切る頃には(前編)

 気持ちの良い秋晴れの放課後、私は町の中央広場にいた。行き交う人たちはみんな楽しげなのに、私だけが浮かない顔をしている。

 こんなに大きな悩みを抱えているのは、世界で自分だけのような気さえしてくる。

 駆け出しの魔法使いとして、一人の人間として、そして恋する乙女として――いや、私は「乙女」だなんて可憐なタイプじゃないけれど、とにかく悩みを解決できずにいた。

 どうするのフィアナ、と自分に問う。答えは出ない。


 古びたレンガ造りの建物が立ち並ぶ町、アーリエ王国の王都エベルタ。国中から集まった商人たちが店を構える大通りは、今日も活気に溢れていた。

 虹色に輝く魔法壁で守られたお城へと続く、でこぼこの石畳で舗装された緩やかな坂道。その途中に、国内唯一の王立魔法学校「アーリエ魔法使い養成所」がある。私はそこの学生で、敷地内の女子寮に住んでいる。

 この町で暮らすようになって、三年目の秋を迎えていた。


 魔法という技術を使えるかどうかは、生まれつき魔力を持っているかどうかで決まる。私も魔力持ちで、幼い頃からちょっとした怪我を治すことができた。

 ただし、アーリエ王国では養成所を卒業して「魔法使い」の資格を取らないと、呪文を唱えるような強い魔法を使ってはいけないという法律がある。

 魔力を持って生まれたからには、私も「魔法使い」になりたかった。

 平民の私が養成所に入学するのは、本当に大変なことだった。高額な入学金が必要だったのだ。入学した後もお金はかかるので、今も休日は雑貨屋でアルバイトだ。

 そんな苦労人の私も、どうにか無事に卒業見込みが出た。卒業後は故郷へ帰ることも決まっていて、領主様の屋敷でお抱え魔術師として働けることとなった。

 胸を張って「魔法使い」として生きていけるのだから、私の夢は叶ったんだ。もっと喜ぶべきなのに、素直に嬉しいと思うことができなかった。

 好きな人に会えなくなることが、辛いから。

 私が恋をしている相手は、同級生でなければ知り合うこともなかった貴族の子。何も言わないまま卒業してしまえば、二度と顔を合わせることはない。

 ぼやぼやしてたら冬が来て、長期休暇に入ってしまう。卒業見込みが出た学生の大半は、そのまま卒業式まで学校に来ない。

 彼と一緒にいられる時間は、本当にあと少しだけなんだ。


 賑やかな広場を眺めていたけれど、気分は落ち込んだままだった。頭から悩みを追い出したくて、カバンの中から本を取り出した。買ったばかりの「魔法使いじゃなくても大丈夫☆バッチリ叶う恋のおまじない」という、魔力を持たない人のために書かれた本だ。

 数ページめくったところで、誰かが前に立った気配があった。顔をあげると、制服の黒いローブが視界に入る。

 そこにいたのは、クラス委員のナリクだった。サラサラの金髪が太陽の光を受けて輝き、パン屋の紙袋を抱えているだけでも絵になる男の子。


「フィアナ、こんなところで何してんの?」


 当たり前みたいな顔をして、ナリクは私の隣に腰を下ろした。どうしよう、よりによってこのタイミングで会っちゃうなんて……私の悩みの種は、ナリクなのに。

 ナリクは国王の腹心である上級貴族、ウィラー家の次男。養成所に「学生は対等の立場であるものとする」という規則があるから、私もこうして気兼ねなく言葉を交わしているけれど、本当は町中でお喋りなんてできるような相手じゃない。

 ナリク自身は、全然貴族らしくないんだけどね。誰とでも仲良くなっちゃうし、口調も平民みたいだし……素性を知った時は、本当にびっくりしたんだ。好きになった後のことだったから。


「買った本、読んでたの。ナリクはパン買ってきたの?」 

「うん、朝まで天体観測室に篭ろうと思ってさ」


 ナリクは紙袋からくるみパンを二つ取り出して、一つを私に勧めてくれた。受け取ったパンはまだ温かくて、お腹がすいちゃう匂いがした。

 広場のベンチに二人で並んで座って、焼きたてのパンをかじって……ああ、こんな日々がずっとずっと続けばいいのに。いっそ永遠に学生でいたい。


「で、何をそんなに熱心に読んでたの?」


 ナリクが急に、私の本を覗き込んできた。パンを持ったままの手で慌てて閉じたけど、おまじない、と呟かれた。間に合わなかった。


「あれ、確かもう卒業見込み出てるよな? 魔法使用の許可が下りてるのに、なんでの本なんか読んでるのさ?」

「それは……人の心に、かかわる、ことだから」

「心?」


 言葉で説明するのは余計なことまで言ってしまいそうで、私は黙ったまま本の表紙を見せた。タイトルが恥ずかしすぎて、どんどん頬が熱くなってしまう。

 ナリクも赤くなってしまって、私たちは揃って黙り込んだ。

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