第26話 決断
「なん、で……」
血塗れの彼女が呆然と、俺を見下ろしながら呟いた。
* * *
何も答えられなかった。
聖女様を優先したい癖に。魔女さえ排除すれば全部うまくいくのに。
何も答えられない自分が、酷く卑怯者に思えた。
そんな自分が嫌だからか。
あるいは、答えを言いたくないから逃げたいと思ったのか。
気付けば俺は教会の中にいた。
「……」
中には誰もいなかった。決して賑やかではないが、仮にもここは教会だ。
信者達と神父や神官と言った関係者がそれなりにいて。
人が全くいないわけではなかった。
にもかかわらず、今は無音。
――ゾッとした。
「――……」
咄嗟に誰かの名前を呼ぼうとした。だけど、それが誰の名前なのか。
呼びたかったのは、誰なのか。
分からなかった。分からない名前を、俺は呼びかけていた。
* * *
足音だけが響く。そんな廊下を渡り切れば、最奥に辿り着く。
聖女様が囚われる、扉の奥の音は聞こえない。
「……」
扉に手をかける時ですら、震えが止まらない。
そんな自分に吐き気を覚えた。
瞬間、扉が勝手に開いた。
「……勇者様?」
聖女様の声が聞こえ、酷く安心感を覚えた直後。
一気に、血の気が引いた。
「……え」
荘厳な雰囲気に包まれる教会の中では、こちらを見つめる聖女様と、
傷だらけで倒れている魔女の姿があった。
「勇者様、来てくださったのですか?」
「……」
「勇者様?」
「……なん、で」
「え?」
「なんで、こんな、」
足元が酷くグラグラと揺れる。錯覚だと分かっているのに、地面に立っている感覚がまるでない。
「神のご加護です」
俺の言葉をどう受け取ったのか。聖女様は答えた。
「神は私を見捨てはしませんでした」
傷だらけの魔女には目を向けず、
「ですから、今こうして私はいられるのです」
変わらずの慈愛をもって、微笑んでいた。
「勇者様、来てくださってありがとうございます」
「……」
「ですが、私はこうして――」
「聖女様」
「はい?」
「聖女様は何も思わないのですか?」
「勇者様?」
「魔女がこんな、」
自分は一体何を言っているのだろうか。
「勇者様、世界の為です」
凛とした声が、教会に響き渡る。
「世界の為なら、小さな犠牲はやむを得ません」
それはまさしく聖女にふさわしい言葉で、
「……そうですか」
自分の中で何かが切り替わった気がした。
「……勇者様?」
心配そうな声が聞こえるのに、何故か酷く遠く感じる。
地面がぐらぐら揺れるのも構わずに、俺は彼女に近寄った。
「……勇者様?」
どこか縋るような声がした。
「なんで……」
「すみません、聖女様」
目を向ければ、紅の瞳と目が合った。
「これが俺の答えです」
俺は魔女を抱き寄せて、聖女様に切っ先を向けていた。
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