第17話 変化

 牢獄に繋がれた囚人が魔法使いの師匠、錬金術師なのだろう。

 彼は魔女の視線に気づくと、ゆっくりと首を振った。


 魔女は意図を理解したのか、静かに目を閉じた。

 途端、魔女の姿が掻き消えた。


「……っ」


 消える直前、目が合った。


「師匠、どういうつもりですか」


 怒気を孕んだ魔法使いの声に聞こえた。

 隣を見れば、魔法使いが囚人を睨みつけていた。


「何故魔女と一緒に?」

「彼女は私の協力者だ」


 あっさりと、自白した。

 その言葉に、ますます魔法使いは殺気立っていた。


「意味、分かっているんですか」

「……」

「師匠は何で、」

「魔法使い、一つ聞きたい」

「……何ですか」


「君と別れて、何年になる?」

「約二百年ぶりです」

「は?」


 思わず声に出た。二人の視線が集中した。


「どうしたの、勇者」

「魔法使い、さっき百年ぶりだって言ってなかったか?」

「え?」


 魔法使いはきょとんとした後、


「私は十年ぶりだって言った筈だけど」

「……魔法使い?」


 様子がおかしい。


「結局、何年ぶりなんだ?」

「ええと」


 魔法使いは困惑した顔だった。


「ああ、そうか……」


 平穏を体現したような声が耳に届く。


「もうそんなになるのか……」


 ホッとしたような、それでいて心苦しそうな顔だった。


「師匠?」


 怪訝な顔で、魔法使いは尋ねる。


「魔法使い、すまないが彼と二人だけにしてくれないか」

「何するつもりですか」

「何もできない。知っているだろう?」


 警戒した眼差しが、穏やかな顔を睨みつけていたが、


「勇者。気を抜かないでね」


 言ってすぐ、魔法使いは移動魔法で消えてしまった。

 ――この塔では魔法は使えないと言っていたのに。


「どうやら、もう統率が取れなくなっているようだね」


 振り返れば、囚人は魔法使いの消えた場所を見つめていた。


「統率?」

「ああ、統率だ」


 囚人は穏やかな声で言った。


「統率って何ですか」

「……今の君に言っても分からないだろう」


 どういう意味かと聞こうとして、止めた。

 多分この人は今の俺が何を言ったところで、答える気はない。


 深呼吸をした。


「俺に、何の用ですか」


 すると、囚人は柔らかな笑みを浮かべた。

 こちらを安心させるような笑みだった。


「そこに椅子があるだろう? 掛けてくれないかい」


 見れば、古びた椅子があった。


「立ったままではなんだからね」

「……」


 警戒しつつ、椅子に腰かけた。


「……!?」


 途端、酷い耳鳴りに襲われた。


「な……」


 まただ。目の前の光景が夢にすり替わっていく。


 蜘蛛の巣だらけの薄暗い部屋は、白い部屋に。

 レンガが引き詰められた壁は、薬品の匂いがする壁に。


 そして、


『ここがどこか分かるかい?』


 目の前にいる相手の格好すら変わっていく。

 白衣を身に纏い、診察書を手にしたその人は、


「先生……?」


 医師だった。


「え……?」


 夢で見たその人と同じ顔だ。


「先生、なんで……」


 無意識にも近く、俺は彼をそう呼んでいた。


「勇者君?」


 ハッと我に返った。


 医者なんてどこにもいない。薬品の匂いもしない。

 ここは塔の中だ。 

 

 いるのは『勇者』である俺と、罪人である錬金術師だけだった。


「もしかして、」


 声が聞いてくる。


「何か思い出したのかい?」


 穏やかな声にやはり夢の相手と重なった。


「思い出せないなら――」

「聞きたいことが、あります……」


 両手で頭を押さえつけながら、何とか意識を保つ。


「何だい?」


 穏やかな声が続きを促してくる。


「俺は、」


 促されるがまま、俺は口を開いた。

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