幕間 前兆

 国王が政を行い、居を構える宮殿は、中央よりやや外れている。

 対して、教会は中央に建築され、出入り口付近には女神像が二体置かれている。


 これは、教会側が国王よりも権力があることを意味し、誇示している証でもある。

 事実、教会側の発言力は凄まじく、国王といえど、無視できない。


 だからこそ、教会側が勘づく前に調べ上げなればいけない。


「……またか」

「申し訳ございません、陛下」


 頭を垂れるのは騎士団長。

 しかし、様子がおかしかった。


 血塗れの状態で、息切れを起こし、殆ど虫の息であることは誰の目にも明らか。

 国王もまた騎士団長の治療に当たらせようとしたが、

 騎士団長はそれを固辞した。


 治療を受けても助からない。

 ならば、せめて報告の義務を遂げたい。

 

 そして、今、報告を終えたばかり。


「そなたが悪いわけではない」

「はっ」

「だが、何者だ?」


 国王は自問する。


「我が国だけではない」


 勇者達がドラゴンを滅ぼした。

 その矢先の出来事だった。


 ほぼ同時期と言っても過言ではないかもしれない。


「各国にも似た被害を受けている」

「分かり、ません」


 騎士団長の脳裏に過ぎるのは、惨劇の末路。

 誰一人として救えなかった、無力さ。


「陛、下」

「なんだ?」

「勇者様達にこの件は――」

「まだ伝えない」


 勇者達の力は折り紙付きだが、

 勇者達の背後には聖女様がおり、教会がいる。


 できる限り、知らせるのは遅らせたい。


 これは権力争い以前に、世界の存続の為に必要な措置だった。


「では、」


 騎士団長は糸が切れた様子で倒れた。


「ああ、大儀だった」


 国王は、騎士団長の死体に向けて労いを口にした。



* * *



「またですか」

「またです」


 同時刻。神官が神父に何かを報告していた。


「各国で似た被害が出ている為、間違いないかと」

「全く」


 神経質を絵に描いたように、ため息を吐くと、

 神父はわざとらしく眼鏡を拭いた。


「何者かも分からないと?」

「はい」

「何故」


 神父が問えば、神官が口にした。


「全員、惨殺されているからです」

「全員?」

「はい」


 惨殺された者は死体すら消える。

 そんな殺され方をしているのだ。


 騒ぎにならない筈がなく、しかし国王が緘口令を敷いている為か、一部の者しか

 この件は知らされていない。


 英雄と称される勇者達を含めて、誰一人。


「厄介ですね」


 また、勇者達が勘付くのも時間の問題。

 たかが名ばかりの勇者が自身に食って掛かってくる。


 その記憶が脳裏をよぎり、ため息をまたついた。

 煩わしく、聖女様との面会に制限をかけたのもそれが理由だった。


「あと、虫の息だった村人が妙な言葉を口にしていました」

「妙な事?」

「はい」

「何ですか」

「それが――」


 一つの事実を告げられた神父は、


「馬鹿馬鹿しい」


 神父にあるまじき言葉を吐き捨てた。


「『あれ』に親類縁者はいない。いないからこそ、『あれ』は、」


 軽蔑にしきった様子で、言い捨てた。


「化け物だと殺されかけたのだ」

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