第3話 赤い空

 外の敵が全滅したところで、住民は一斉に走り始めた。おれとかーちゃんも、後ろから押されて足を動かすことに。


 助けてくれたおっちゃんは、逆走して街の中へ走っていった。


「待てや……殺してやる……!」


 倒した敵の1人が、瀕死の状態ながら起き上がり、剣を拾っておれに飛び掛かってきた。


「死ねえぇ!!」


 ───血しぶきが上がった。


 でもそれはおれの血ではなく、咄嗟に庇ってくれたかーちゃんのものだった。


 おれはまたしても頭が真っ白になった。


「かーちゃん……?」


 目の前で倒れるかーちゃん。その背中からは大量の血が流れていた。


 敵も最後の力を振り絞っていたようで、かーちゃんを切りつけてそのまま地面に倒れると、力尽きて動くことはなかった。


「嘘だ……なんで……?」


 おれは震えが止まらなかった。


「エレナ……かーちゃんはどうやらここまでみたい……。あなた1人でも生き延びて……」


 細い声で語りかけるその様子に、おれは涙が止まらなかった。


「とーちゃんもかーちゃんも居なくなったらおれ、どーやって生きていけばいいの……! 1人にしないでよ!!」


 かーちゃんは微笑んでおれの顔に手を当てた。


「あなたは1人じゃない……とーちゃんとかーちゃんはずっと……あの空から見守ってるから。だから……強く生きるのよ」


 おれはかーちゃんの手を両手で強く握った。


 だけど、おれの力とは反対に、かーちゃんの握力は次第に弱くなっていった。


 ────辛かった。


 難しい感情なんてない、ただひたすらに辛かった。

 声にならない声を出して、悲しみの感情を爆発させて、おれは泣き喚いた。


 そしてもう、逃げるとかそんな考えはどうでもよくなって、かーちゃんの前で放心状態になっていた。


 流れ出る血の色がおれの心に、この日の記憶に、染みついて取れなかった。


 視界に入る空すらも真っ赤に見えたその日の出来事は、おれの中でと名付けて、一生消えない心の傷となった。



 そして、それから2年の歳月が流れた。






 ◇◆◇◆◇






 ────おれは、息を切らしながら街中を全速力で走っていた。


 昼間から多くの人で賑わっている繁華街の人混みの中、とある標的を追いかけていた。


 ここまで少しずつ距離を詰めることができていたものの、ヤツは繁華街でも有名なお店が立ち並ぶ、一番人が多い通りに曲がっていった。


 走るどころか歩くのがやっとなほど混み合っているのに、ヤツは干渉せずに走り抜けていく。

 何てトリッキーなスキルを持ち合わせているんだろう。ついには見失ってしまった。


 おれは一度入ってしまった人混みの通りを、短手みじかて方向に抜け、店と店の間の雨樋用のパイプを伝って建物の屋上によじ登った。


 ここからなら一望できる。さぁ、どこに行った?


 辺りを見渡してみるが、これまた人が多すぎて見つけるのも至難の業だった。

 この通りの出口の方から視線を移動していくも、なかなかそれっぽいやつが………いた!!


 案外普通に見つけることができた。明らかに1人だけ移動速度おかしいもんな。

 おれは瞬時にスタートを切って、建物の屋上から屋上へ飛び越えながら、標的と平行に走っていった。


 人混みとそうじゃないところでは、やはりおれに分があるようで、高さは違えど、すぐにヤツの位置まで並ぶことが出来た。


 少しヤツを追い越して、建物の屋上から下屋に向かって飛び降りた。そんなに高さのある建物じゃないから余裕だった。


 人混みを抜けるまで、下屋の上をヤツと平行に走って行き、やっとこさ人混みの終わりを迎えた。


 おれは今走っている勢いを助走にして、標的に向かって大きくジャンプした。

 ヤツもやっと気付いたようで、空中で目が合った。時すでに遅し、だけどね。


「な、何なんだよお前えぇ!!」


 おれは標的に飛びかかって掴むと、ジャンプしてきた勢いを殺しきれず、2人で地面を転がってしまった。


 落ち着いたところでそのまま地面に押さえつけた。


「諦めろ、もう終わりだ」


 暴れる標的を押さえつけながら、おれの手際が悪く、片手に付けたタイミングで態勢を崩され、逃げられてしまった。


「あ、おい! 待てこら!」


 慌てて追いかけようと、起き上がって前を向くと、とある女性の鮮やかなハイキックが標的の顔面に命中していた。


 そして、跳ね返ってきた標的がおれにぶつかって、一緒に地面に倒れてしまった。


「痛ってぇ……。今絶対わざとやったろ」


 周りにいる街の人たちが、拍手や歓声で場を盛り上げた。


 ハイキックの女性は、いたずらっ子のような笑みでおれを見下ろして、手を差し出してくれた。


「どう? 今の綺麗に決まったでしょ」


 ────彼女の名はナナ・コール、14歳。


 外見は黒髪ショートでおれより少し背が高く、スラっとしている。

 おれと同じマルセイドの街の出身で、赤い空の日に家族を失った、おれと同じ境遇の人だ。


 あの日、家族を失ってからはここ、ロマーニの街にある孤児院で育ててもらっていたおれ。


 ナナ、いや、なっちゃんも一緒に孤児院に入って2年間、姉弟きょうだいのように過ごしてきた仲だ。


 おれは差し伸べてくれた手を握り、立ち上がった。


「見事だったよ。それより何でここにいたの? 随分前にはぐれてたのに」

「読んでた……っていうとちょっと盛っちゃうから、勘かな。エレナが追いかけ始めたあと、多分ここを通るかなぁって根拠もなしに待ち伏せしてたんだ」

「それがドンピシャ当たるんだから怖いんだよ」


 すると、観衆の中から、小太りのおっちゃんが声をかけてきた。


あんちゃんたち、軍兵ぐんぺいかい? それにしちゃあえらい若いな」


 なっちゃんと一瞬顔を見合わせた後、おれは胸を張って返事をした。


「いえ、軍の所属ではありません。、エレナ・アリグナクといいます」

「同じくナナ・コールです」


 ────あの赤い空の日に見た、黒い軍服。


 2年経った今、おれとなっちゃんは、あの人と同じ格好で仕事をしていた。


 孤児院にいる時に偶然にも、この街にあの救世主がいるとわかったおれとなっちゃんは、志願してその会社に入社させてもらったんだ。


 ……今はまだ"仮"だけどね。


「なっちゃん、後は軍兵に任せよう」

「そうね。軍笛ぐんぶえで応援を呼ぶわ」


 軍笛。軍の兵士が手錠と同じで1人一つ必ずしも持っているアイテムだ。


 首に下げてある小さな筒状の笛を吹くと、それを聞きつけた軍の兵士がしばらくして駆けつけてくれた。


「指名手配中の詐欺グループのリーダーです。ここに捕獲しましたので、引き取りお願いします」

「わかった。いつもフィストに協力してもらって助かるよ。にも宜しく言っといてくれ」


 おれたちが追っていたのはここ最近目立ってきた、詐欺グループのリーダーだった。


 軍の方から会社に仕事がまわってきて、おれたちが任命されたという訳だ。


「事務所に戻って社長に報告だな」


 なっちゃんと2人で事務所に戻った。


 事務所は幅は狭めだけど、3階建ての立派な建屋だ。


「戻りましたー」


 玄関を開けて中に入ると、丁度がソファーに座っていた。


「おう、おかえり」


 その人は、おれの命の恩人であり、憧れの存在でもある、あの日の救世主だった。

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