第7話 星空の楽園

 おれは、失っていた意識を取り戻した。


 視界に入るのは部屋の天井。開けた窓からは小鳥のさえずりが聞こえて来る。


 ……平和だ。


 ベッドに寝ていたようで、おれは起き上がって端座位になった。見たことない部屋だ……

病院か?


 少し歩いて回ろうと思ったけど、靴もスリッパもない。まぁいいや、裸足で歩こう。 


 部屋を出ると廊下になっていて、とりあえず当てもなく歩いてみた。窓から演習場が見えるということは、ここは軍事基地の建物内ってことか。


 角を曲がると、見覚えのある人と鉢合わせた。  


「おお、さっきの。体はもう大丈夫なのか?」


 おっさんの元教官、ドルトス指揮官だった。


「身体中痛いんですけど、なんとか大丈夫そうです」

「そうかそうか。それにしても見事な戦いだった。その若さでウチの隊長達を打ち負かすとは、君もあの女の子も、戦闘力に関しては申しぶんない」


 ……褒められると意外と返事に困るもんだな。おれは黙りこくってしまった。


「どうだ、フィストに入らずに王国軍で活躍してみんか?」


 いたずらっ子のような笑みで勧誘してくるドルトス指揮官。

 おれはまたしても返答に困っていると、後ろから話しかけてくる人がいた。


「ちょっとドルトスさん、ウチの社員を口説いたらダメっすよ」


 やって来たのはおっさんとなっちゃんだった。なっちゃんも思いのほか元気そうで、大きな怪我はなさそうに見受けられる。


「冗談だよ。でもまぁ、気が変わったらいつでも来い。ウチは安定した給料を払うからの」


 指揮官はおっさんに嫌味のような顔をしながら、去っていった。


「ウチだってちゃんと払ってんよ。ったく、あのおっさん、油断ならねぇな」


 ……おっさんのおっさん。なんか変な感じ。


 ってそんな事はどうでもいい。1番に聞かないといけないことがあるじゃんか。


「試験は!? おれたち合格だった!?」


 おれは終盤で倒れたので、その後の出来事がわからなかった。


「安心しろ。お前ら、文句なしで合格だ」

「いぇい」


 笑いながらピースをするなっちゃん。多分なっちゃんは、おれが起きる前にも聞いていたんだろう。おれも嬉しくて表情が緩んだ。


「あの後大丈夫だった? おれが倒れた後、敵は7人残っていたはずだけど」

「大丈夫じゃなかったよ! 疲れてるのに一斉に襲いかかってきて。身体中アザだらけだよ。まぁ、全員返り討ちにしたけどね」


 ……やっぱ頼もしいよな、この人。


「とにかく今日は帰って休め。そんで明日も休め。100人も相手にするなんざ自分が思ってるより身体にガタがきてるはずだ。しっかり療養が必要だ」


 おっさんの気遣いに感謝しつつ、おれたちは軍事基地を後にした。

 帰り道、おれたちは2人してお腹を鳴らしていたので、途中で飯屋に寄って帰った。


 医務室でしばらく寝ていたにも関わらず、帰ってそのままベッドに倒れ込むと、またしても深い眠りについてしまった。





 ◇





 最終試験の日から1週間が経った。


 療養期間ということで、その間、仕事はなかったけど、社長の元で正社員講習があった。


 これからの仕事についてや、その際の会社のルール。それから、社会的なルールや立ち振る舞いまで、正社員として、また大人として必要な知識をたくさん教えてもらった。


 おっさんからは絶対に教えてもらえない内容だった。


 そして今日、おれは大きめの鞄を持って、1人で駅の入り口に立っていた。


 やっと療養から明けたと思ったら、今度は急に『旅に出るから用意しとけ』とか言ってきたおっさん。

 いつも唐突で、詳細を教えてくれないから困ったもんだ。


 とりあえず待ち合わせの朝8時に駅に来たけど、おっさんはまだ来ない。


「エレナ」


 やって来たのはおっさんではなく、おっさんの娘、ヒスリー社長だった。


「あれ、社長どうしたの?」

「私も一緒に行くのよ。お父さん1人じゃ何しでかすかわからないから」


 ……娘に管理される父親。社長も大変なのね。


「おーっす! 何やってんだお前ら、さっさと行こうぜ」


 まさかの駅の中から現れたおっさん。先に来てたのかよ。おれたちはおっさんについて行き、電車に乗り込んだ。


 朝一の電車はそこそこ混み合っていて、しばらくは立っていることになりそうだ。


 それでも、おれの街には線路が通っていなくて、電車に乗る機会がほとんどなかったからちょっと楽しかったりする。


「ねぇおっさん、今回の目的はなに?」


 1番聞きたかったことを率直に尋ねた。


「おお、そういや言ってなかったな。今回の旅はな、エレナ。お前の修行の最終仕上げだ」

「仕上げ?」


 ここまで2年弱、修行をつけてもらってもう終わったと思ってたんだけど、まだ何かあるんだろうか。


「ちょっとここじゃ他の人に聞こえちまうからよ、着いてから話するわ」

「何だよそれ。ってかそもそもどこに向かってんの?」

「この路線の終点、アミノスの街だ」


 聞いたことない街だ。それに、終点ってことはめちゃくちゃ遠いんじゃないかな。そんなところに何があるっていうんだろう。


「ちょっと長旅になるけど、アミノスはいいところよ。温泉の名所で空気は綺麗だし、夜は満点の星空が広がってね。私たちの住むロマーニでは絶対に味わえない感動を味わえるわ」


 温泉か。入ったことないから楽しみだな。結局まだ旅の目的はわからないけど、とりあえず楽しむことにしよう。


 何回か駅で停車するに連れ、乗客も少しずつ減っていったので、おれたち3人は席に座ってくつろいだ。

 そこから先は寝るか本を読むか、腹が減ったら弁当を食べてまた寝て、といった具合に、暇で仕方ない電車の中を退屈に過ごしていた。



  


 ◇





 午後6時。ちょうど外は夕暮れから夜へと切り替わる、そんな時間帯だった。

 外の景色は山や畑ばかりで、田舎出身のおれが言うのもなんだけど、ド田舎って感じだ。


『次で終点になります。次はアミノス──アミノス──』


 電車のアナウンスで、長かった移動もようやく終わることがわかり、おれは嬉しかった。 

 丸一日電車に乗ってるのがこんなにしんどいなんて思わなかったな。


 おっさんと社長は座ったまま眠っている。そろそろ起こしてあげないとな。

 おれたちは電車を降りて、駅の出口へと向かった。


 他にこの終点で降りる人は、数える程度しかいなかったことから、景色通り、田舎だということを認識させられた。


 ロマーニの街と違って駅は街中にはなくて、少し歩かないといけないようだ。太陽も完全に沈んで、辺りはすっかり真っ暗になっていた。


「……何も見えない。何でこんなに街灯が少ないの」


 おっさんが先導してくれているから難なく歩けているが、田舎道いなかみちの夜というのは、普通より何倍も暗くて怖い。


 それに季節的に気温が低くなってきているので、寒さが合わさって辛いことだらけだ。


「ほら、見えて来たぞ」


 あれがアミノスの街か。まだ中は見えないけど、外壁に多数付いている灯りが、この不安な気持ちをかき消してくれる。


 それに、こんなド田舎にあるから街というより村って感じかと思っていたけど、全然そんなことはなかった。高い外壁に大きな門。

 中に入ると、建物は古風でお洒落な雰囲気が漂っていて、カッコいいと感じた。


「ああー疲れた。早く温泉に入りたい」


 社長が柄にも無く、ぐったりしている。いつもはおっさんを反面教師にしっかりしている人だけど、こういう一面もあるんだな。逆に好感が持てる。


 社長が宿の予約をしてくれていたようで、部屋に荷物を置いてタオルを持ったらいざ、温泉へ。


「おうエレナ。おめぇ、温泉初めてっつてたな」

「うん」

「温泉ではとにかく、マナー良くするんだぞ」

「お、おう」


 温泉に着いて速攻で服を脱ぎ、全裸になるおっさん。おれも慌てて服を脱いだ。


 ……何で慌ててんだろ、おれ。


 脱衣所と温泉を仕切る扉をおっさんが勢いよく開けると、露天式の大きな岩風呂が見えた。この寒さの中でも、広がる湯気がお湯の温度を物語っていた。


 初めて嗅ぐ温泉独特のいい匂いと、満点の星空の下、古風でカッコいい造りに囲まれたこの空間は、最高としか言いようがなかった。


「久々に来たけど、やっぱいいとこだなー。よっしゃ、先に体洗うぞ」


 しっかり体の汚れを落として、人生初の温泉に浸かった。無意識におっさんのようなため息のような声が出た。お湯はめっちゃ熱いけど、極楽だった。


「おっさん、おれ今、幸せやぁ」


 表情もゆるゆるでおれは温泉に骨抜きだった。


「おう。でも逆上のぼせないようにな」

 

 星空を見上げながらボーッとしているのが心地よかった。たまたま、他の客が上がっていっておっさんと2人きりになった。


「ねぇおっさん、そろそろ目的を教えてよ。今ならいいでしょ」

「ああ、そうだな」


 やっと聞きたいことが聞ける。どんな旅になるんだろうか。

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