第6話 照麻と由香【朝の時間】


 まぁなんだかんだ言って上機嫌に鼻歌を歌いながら登校する由香を見て今日は平和だなと思いながら照麻は歩幅を由香に合わせながら通学路にあるコンビニとスポーツショップの脇を通り、JRの駅へと続く歩道橋をくぐる。その向こうには、一昨年まで照麻と由香が一緒に通っていた中学校があり更にその先に魔術学園はある。


 ここではあまり珍しくないが、公共機関としてバスやJR以外にもモノレールも存在する。まぁ日本でもある所はあるし、ないところはないので珍しいかそうじゃないか一概には言えないわけだが。


 太陽の陽が由香の綺麗な黒色の髪を照らしその美しさを際立てる。黙っていれば普通の女の子なんだよなと思っていると声が聞こえてきた。


「おい! てめぇ無視スンナや!」


 変な言葉に照麻と由香の足が止まる。


「へぇ~こいつか。昨日俺の弟がお世話になったって言うガキは」


「うん? お前は確か……」


「昨日は俺の弟の仕事の邪魔をしてヒーロー気取りしてくれたみてぇじゃねぇか」


 仕事? ならタワマンとお金持ちは関係やっぱり関係しているのか。


「んで今日はどうする? ってもてめぇ等にはまず夜の遊びの邪魔をした報いを受けてもらわねぇといけねぇわけだが」


「…………」


 夜遊びついでの仕事と言う事だろうか。


「それかそこの嬢ちゃんが今日俺達の相手をしてくれるって言うなら半分は許してやらんこともねぇがな、アハハ!」


 あぁ~これは面倒くさいな。さて逃げるとなるとどのルートが一番最適化を考えながら、念の為に隣にいる由香に視線を向ける。


 ――うん、完全に怒ってるな。


 となると、今照麻が逃げるとこの男達は多分重傷を負う事になるだろう。

 すると当然学園に連絡がいく。そこで昨日の件を詳しく聞かれ、先生や両親に迷惑をかけてしまう事になる。更に周囲を見渡すと、気になるのか立ち止まってこちらを見る見学者が数名と心配そうに見守る三人組の親子がいた。


「口を閉じなさい。私のお兄様に手を出すと言うなら殺しま……じゃなくて痛い目に合うことになりますよ?」


 今、満面の笑みで殺す。って聞こえたのは俺の空耳であって欲しいわけだが、どうやら空耳ではないらしい。気づけば由香がカバンを地面に置き、戦闘態勢に入っている。当然昨日由香に無様に負けた五人と新しく加わった男一人も戦闘態勢だ。いつ両者がぶつかっても可笑しくない状況だ。


 照麻は大きくため息をついてからこの場をどうやって鎮めるかを考える。


「兄貴気をつけろ。コイツの女は目に見えない攻撃をしてくる」


「へぇ、わかってるよ。こっちだって生活がかかってるんだ。なにより俺の高速雷パンチからは誰も逃げられないから安心しろ」


 雷パンチ? つまりこいつ等は世間的にfase一もしくはfase二までの魔術しか使えない由香から見たら雑魚。冗談抜きでこのままでは喧嘩を売った方が大怪我する未来しか見えない。


「仕方ない、助け船をだしてやるか」


 照麻は由香の鞄を拾ってそのまま由香に照麻の鞄と一緒に渡す。


「バカ。こいつ等の相手ぐらい俺一人で充分だ。お前は先に学園に行け。俺もこいつ等片付けてから行くからよ」


 ここは男としてカッコイイ台詞の一つでも言っておく。


「なら私はここで待っています。私は飢えていますから」


 この状況で目をキラキラさせてくる由香。


 ――ゴクリ。


 まさか戦闘に飢えているとでも言うのか。

 そうなると俺は今晩由香のサンドバッグになると言うのか!?


 絶対に嫌だ!!!!!!!!!!!!!


 神様仏様由香様、どうかか弱い私にもうしばしの生をお与え下さい!!!!!


 心の中で叫んでいると。


「……私の目はお兄様のカッコイイ姿を見たくて飢えていますので。それに流れ弾は恐れ多くも自分で対処できますのでお兄様はご安心して暴れてください」


 頬を染め、身体をウネウネさせ、目で同意を求めてくるあたり実に由香らしい。

 まぁ俺の命は助かったが、それだとこいつ等の命がマズイのだ。

 俺が手加減しても多分止めの一撃を由香がいれるだろうし……。


 混乱を始める頭を必死になって動かしていると、全身に悪寒が走った。


「――!?」


 照麻はこの時直感でわかってしまった。

 由香と話している間に聞こえた不自然な音の正体。

 それは――照麻と由香の注意が逸れた一瞬の隙をついてさっきの男が奇襲のつもりか魔術を発動しながら突撃していると。


 ――ったく、人の妹に心配かけさせんじゃねぇ


 照麻はこの時、珍しく本気でイラっとしてしまった。


「お兄様!?」


 ここで由香も気付いたようだ。


 照麻はニコッと微笑みながら口にする。


「『炎帝』」と小さい声で呟く、由香の視線の下では魔力石が割れた破片だけが残っていた。


 突如として出現した赤い炎が照麻の全身を包み込む。男の自称、雷高速パンチ(正式名称、雷パンチ)は高速と言うには遅く、照麻の身体を包み込む炎が小さい四枚の花弁の盾に形を変える事で簡単に塞がれる結果となった。

 男が慌てて後退の為、バックステップをすると同時に照麻も動く。

 照麻の踏み込みは男との距離を一瞬でゼロ距離にする。


「てめぇ、せっかく人が助けてやろうと思ってたのに、人の妹に精神衛生上よくないもの見せんじゃねぇ!」


 怒りの拳が男の腹部にめり込む。


 ――グハッ!


 照麻の拳から炎の渦が出現し、男を軽々と五メートル程吹き飛ばす。


 炎は自動防御とは別に照麻の意思で動かす事も可能である。

 炎は翼竜の形に姿を変え、六人の男達を見下ろす。

 そして照麻の意思によって男達に向かって突撃した。


 爆発が起き、巻き上げられた砂煙が止むと六人の男達は全員倒れており、身体をピクピクと動かしていた。


「ったく、これにこりたらもう悪さするなよ。まさか手加減したつもりが全員丸焦げとは……俺もまだまだだな」


 照屋はやはりまだ魔術『炎帝』の力を上手く扱えない事に嫌気がさした。出力――火力を調整したつもりでも実際は微調整が効かなかったりで完璧に操る事がまだできない。大雑把な事は出来るが細かい調整ができないのだ。つまりは己の実力不足。実際今もfase三程度で発動したつもりがまさか四程度の火力になってしまった。なのだがそんな事はお構いなしと。


「カッコいい……流石は私のお兄様です」


 目をキラキラさせて、とても嬉しそうな顔で由香が照屋の胸に飛び込む。


「バッ、バカ! 人目を気にしろ。皆が見てるんだぞ」


 照屋の声は由香には届かない。


「えぇ、いいじゃないですか~。別に赤の他人ならば見られても減る物じゃないですし。さぁ、学園へ行きましょう」


 そのまま照屋の左腕を由香は胸の谷間に挟みしっかりとホールドして歩き始める。

 歩く度に照屋の左腕には由香の柔らかい感触がしっかりと伝わり照屋の理性を程よく刺激する。

 更に二人の距離が近づいた事で照屋の鼻を甘いシャンプーの匂いが微かに香る。

 朝から運がないと思っていたが、どうやらそうでもないみたいだ。


 妹の笑顔を護るのもまた兄の務めだと照麻は思っている。


 照麻は少し照れ恥ずかしい気持ちになりながらも幸せそうな笑顔を向けてくれる由香と学園へと向かった。



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