第2話 エリオットの孤独

 私の生まれた故郷は、名も無い開拓村だった。

 村の近くには魔物や魔獣が跋扈し、安寧とは程遠い幼少期を過ごしてきた。

 当然贅沢なんてできず、子供の頃の私は一日に一度ご飯があれば喜んでいたような、その程度の生活しか知らなかった。


 ある日、お腹を空かせていた私は村を出て森の中に食べ物を探しに出た。

 自然界では弱肉強食が当然の理。森中の魔物や魔獣が、やせ細った人間の子供を襲わない理由はない。


 そして、魔物に襲われたとき初めて私は自分が普通ではないことを知った。


 魔物に襲われた瞬間、私は咄嗟に魔法を使えてしまったのだ。

 誰に教わったわけでもなく無意識に、それはまるで赤子が成長を経て自然と立ち上がることができるように、私は自然と魔法が使えたのだ。

 その魔法は、村の大人たちも恐れる魔物たちを一瞬で消し去ることができた。


 不思議なことに、その時私が感じたことは襲われた恐怖ではなく、何の抵抗もできずに死んでいった魔物への罪悪感だった。

 たぶん、自分よりも弱く儚い命を無慈悲に奪ってしまったことが幼い私にとってはとても残酷な行いのように感じたのだ。


 しかし、それでも生き残るためにはこの力を使っていかなければならない。

 そう直感した私は、村の役に立つため魔物や魔獣を追い払う仕事をするようになっていった。

 するとどうだろうか。それまでひ弱な子供だった私を見下し、食べ物も分けてくれなかった大人たちが急に私を頼り、食べ物をくれるようになった。


 それから私は頼られることが、認められることが嬉しくなり、より仕事に励むようになっていった。


 頑張れば頑張るほど、皆が私を見てくれる。


 当時はそう信じて止まなかったのだが、それが親愛ではなく畏怖する者への念だったことに、私は気付くことができなかった。

 


 そんな仕事を続けているうちにいつの間にか私の噂は遠くの方まで広まり、冒険者と呼ばれる4人組の男女が私を仲間に誘ってきた。


 私は「冒険者とは何か」と問い、彼らはこう答えた。



「世界で最も勇敢で、尊敬される人のことだ」



 今にして思えば、冒険者たちは子供の私に興味を持ってほしくてそんなことを言ったのだと思う。

 実際の冒険者はもっと醒めていて、お金さえもらえば雑仕事から危険な魔物退治などを行うような仕事で、真っ当な職からあぶれた者たちのことだった。


 だが、当時の私は二つ返事で彼らについていくことにした。

 尊敬――その言葉に惹かれていたんだと思う。


 村の大人たちが私を見てくる目、それは恐怖からくる畏怖ではなく尊敬の念から畏怖しているのだと、そう思いたかった。

 それを確かめるために、冒険者になることを決めた。




 そうして冒険者となった私は、"仲間"の4人組と一緒に冒険をした。


 初めのうちは4人組の実力に応じた難度の依頼をこなしていたが、私の力が予想よりもはるかに強力だと分かると彼らはより難しい依頼を受けるようになっていった。

 

 その依頼のほとんどは、凶暴な魔物の退治。

 私を除く4人組の実力では到底敵わない魔物を相手でも、私の魔法は容易く倒してしまった。

 そんなことが続いていき、次第に4人組は戦闘に参加しなくなっていった。

 攻撃を全て私に任せるようになり、彼らはただ遠くの方で立ち尽くしていた。


 その時、彼らの目は恐怖に犯され濁っていた。

 その恐怖の対象は凶暴な魔物に対してではなく、それを容易く倒してしまう者への恐怖だったことに、当時の私はまだ気付こうとしなかった。

 


 それから数日後、私は4人組の冒険者たちに別れを告げた。


 そのときのことを、今でも覚えている。 


 仲間と思っていた冒険者たちとの別れは私にとって寂しさを覚えるものであったが、彼らは違ったようだ。

 4人とも安堵したような、そんな笑顔を浮かべていた。


「お前はもっと上を目指せ」

「あなたはこんなところでくすぶっているような人じゃない」

「君と一緒に冒険ができて光栄だった」

「これからも頑張って」


 悪気はないのだろう。彼らの言葉は本心だったと思う。

 だけど私は、彼らに悲しんでほしかった。

 そんな言葉ではなく、引き止めて欲しかったのだ。



 ――もうこんな別れをしなくて済むよう、もっと強い仲間をみつけよう。



 そう思った私は世界中を旅して、各国の名立たる剣豪や魔術師と共に冒険をしていったが、最後はいつも同じだった。

 誰もが私の力に惹かれ、身の丈以上の依頼に挑み、そして別れていく。


 私は一度たりとも強くなりたいとか、もっと活躍したいなどと言葉にしたことは無い。ただ、私のことを必要とし、見て欲しかっただけなのだ。


 そんなことを繰り返していくうちに、いつしか私は『勇者エリオット』と呼ばれるようになった。


 







 そんな私にも、初めて強敵と思える魔族と戦うことになる。


 北の果てにある"永久凍土の国"そこに城を構える大魔女『エンドラ』の討伐が私に依頼された。

 "国"とは名ばかりで、生物が生息するにはあまりにも過酷すぎる寒さに加え、エンドラの使役する氷像の騎士たちが無数にいるといわれている。


 そのエンドラの力が増し、年々寒波が南下して作物や家畜が育てられないという被害を受ける国々が連合となって結成した討伐隊に、私は加わった。


 相手は遥か昔から存在する神話の化け物。

 それに対抗するため、討伐隊には世界中の英雄たちが名声や富を求めて集まる。




「ほー、これが噂の勇者か。まだガキじゃねえか」


 そういって私に話しかけてきたのは大柄な長髪の男。

 この男も、エンドラ討伐の名声を求めてきた英雄の一人なのだろう。


 男の背中には大きな輝く剣があった。

 それは世界に10本しか存在しない聖剣の一振りで、その担い手は剣聖と呼ばれる剣の達人と聴いたことがある。

 この男は、その剣聖と呼ばれる英雄だった。


「ガキじゃない。エリオット、姓は無い。ただのエリオットだ」


「はっはっは、そうか、悪かったな。だがな、今回の獲物はお前がいつも相手にしている小物とはわけが違う。大人しくに帰るんだな」


 そういって私の頭に手を乗せ、子供を諭す大人のような素振りをみせて立ち去る。

 子供扱いされたことへの怒りはなかった。

 事実、私は子供と言える年齢だったし、何より初めて人から心配された。



(そうか、英雄の呼ばれるような人たちなら、私のことを心配してくれるのか)



 そう思うと、なぜか無性に嬉しくなった。

 やっと自分の居場所を見つけたのような、そんな気がしたのだ。




 そうして始まったエンドラ討伐初日。


 討伐隊は総勢100人。少数精鋭の隊だ。

 討伐隊は無尽蔵に湧いてくる氷像の騎士を撃破しながら進んでいく。

 氷像の騎士の強さは並の冒険者では敵わないが、熟練の騎士や冒険者が集う討伐隊の相手ではなかった。


「案外、大したことないな。一番きついのはこの寒さだ。魔法使いたちが炎で温めてくれなかったら、凍死しちまう」


 討伐隊の一人がいった言葉に、皆は頷いた。

 確かに、神話に謳われる大魔女エンドラが使役する氷像の騎士は脆い。

 だが歴史上幾度もエンドラの討伐が試みられ、そのこと如くが敗走に終わっているのも事実。まだ油断はできない。



「油断するんじゃねえ。あれはただの見張りみてえなもんだ。この先になんか変な存在を感じるぜ」

「剣聖の言う通りだ。何か異様な魔力を感じる。ここは使い魔を使って偵察しよう」

 

 討伐隊の中でも名のある者たちが、一斉に警戒を強める。

 彼らの緊張が討伐隊全体に伝わり気を引き締めたところで、吹雪の中から赤く発光している氷像が現れた。


「なんだ、こいつら。さっきのとは様子が違う。囲まれているぞ!」


 

 辺りを見回すと、赤く発光する氷像が無数に現れ始め、討伐隊を囲んでいた。


 討伐隊の警戒が最高潮に達した時、突如声がした。

 

『フフフ、懲りずにまた来たのね。人間って本当に面白い』


 耳で聞いたというより、脳に直接響くような女の声。

 その声と同時に、吹雪がピタリと止む。

 空は雪雲に覆われて暗く、大地は積もった雪が雑音を吸収しているためか不自然なほど不気味な静寂が辺りを漂う。


 静寂を打ち破り、討伐隊の不安をかき消すかのように剣聖の男が背中の聖剣を正眼に構えて叫ぶ。


「姿を見せろ! てめえがエンドラなんだろ!?」


『あら、女性への口の利き方がなってないわ。坊や』


 またも女の言葉と同時に、今度は魔法使いたちが討伐隊を温めるために絶やさず出現させていた炎が音もなく消えた。

 その力に、討伐隊でも最も高名な魔法使いが戦慄する。


「これだけの魔力を込めた炎を容易く消すか……」


『その子たちを倒せたら、私の城にいらっしゃい。いつでも待っているわ』

 

 その声を号令に、それまで動かなかった赤い氷像が一斉に動き出す。

 これまでの氷像とは異なり動きが早く、強く、そして何より魔法や剣戟を受けても傷一つ付かない硬さが討伐隊を苦しめた。

 

 この氷像を壊すことができたのは、私と剣聖、そして他8人の名のある英雄だけだった。

 残りの面々は多大な被害を受け、これ以上戦うことは困難と判断した私たちは敗走を余儀なくされる。


 殿を務めた私たち10人は、ようやく氷像の追手がいなくなり討伐隊の駐屯地となっていた村にたどり着く。

 そこで見たのは凍傷で手足が壊死した者や、氷像から受けた傷口が塞がらずそのまま血が凍ってしまった者など、阿鼻叫喚の地獄だった。



 彼らには残念だが、実力不足だったのだ。

 だけど、この殿を務めた英雄たちとならきっと倒すことができる。

 そう思った私は「次の討伐はいつだ」と剣聖に尋ねた。


 剣聖の男は、驚いた顔をして私を見た。


「お前、正気か? あの赤い氷像は、間違いなく1体1体が高位魔族くらいの強さを持っていたんだぞ」

「でも倒せる。この10人ならきっと勝てる。そうでしょ?」


 そういって他の英雄たちの顔を見る。

 しかし、彼らは私の言葉に賛同しなかった。

 誰もが顔を背け、距離をとる。


「……みんなが行かないなら、一人でいく。の後ろで怯えてるがいいさ」



 翌日、私は再び永久凍土の国に足を踏み入れた。

 ――きっと、あんなことをいっていても心配になって来てくれる。

 そんな期待を込めて、私は一人で赤い氷像と戦った。


 そしてボロボロになりながらも確実に赤い氷像の数を減らしていき、やがて疲れ切った私は一度駐屯地に帰ることにした。

 結局、最後まで誰も来てはくれなかったが、きっと何か理由があるのだろうと深くは考えないようにした。


「赤い氷像は増えていなかった。次は来てほしい」


 私は剣聖たちにそう伝えて寝床に着いた。

 きっと彼らはまだ傷が癒えていないのだ。

 しばらく休めば一緒に戦ってくれる。終わりがないわけじゃない。

 それに、私も「一人でいく」なんて言ってしまったからいけないんだ。

 だから素直に来てほしいとお願いをした。

 だから、きっと、次は……。

 そう思い、私は眠りに落ちた。




 1週間後、私は赤い氷像を一人で全て倒して、一度駐屯地に戻った。


「赤い氷像は全部倒した。残るはエンドラだけ。最後の戦いになる。だから、来て」


 剣聖たちは「ああ……分かった」とだけ答えた。

 私はその答えを信じて翌日に備え、深い眠りについた。




 そしていよいよエンドラ本体討伐の日。

 彼らは「準備があるから後から追いかける」といい、私を見送った。


 その目は、いつの日か見た村の大人たちのような、4人組の冒険者たちのような、そんな目をしていた。







『フフフ、"一人"でよく来れたものね』

「一人じゃない。あとで"仲間"たちが来る。それまで、私がお前を相手する」


 私の言葉を聞き、大魔女エンドラは道化をみたかのように嗤い、私に告げた。


『愚かね、お前は。この凍える大地は私の一部、侵入者がいれば分かる。そして、お前のいう仲間ってやつは一人もいない』

「そんな言葉は信じない。彼らは来てくれると答えてくれた。だから、信じない」


『哀れね。強大すぎるがゆえに孤独。共感できるわ。私たちは同じ"化け物"だもの』




 ――化け物




 そうか……私は、バケモノだったのか。

 村の大人たちも、4人組の冒険者も、英雄たちも、彼らの目には私が化け物に見えていたのか。


 なら、目の前にいるこの魔女なら、私の孤独を癒してくれるのだろうか。

 例えそれが敵だったとしてもいい。

 私を恐れず、対等な関係で私を見てくれるなら。


 私を見てくれているのなら……。






 魔女エンドラとの壮絶な戦いは永遠とも思えるほど続いた。


 寒さで動かなくなった手足を切り捨て、魔法で新たな手足を造る。

 身動き一つできないほど体全身を凍らせられたら、体ごと焼き尽くす炎を出す。

 鋭い氷柱の嵐を魔法で作った防壁で防ぎ、エンドラの分厚い氷壁にはそれを貫通する極光で攻撃をする。


 やがてエンドラの魔法が底をつき、勝敗が決した。



『なぜだ、なぜ死なない!? なぜ立ち上がれる! お前は何なのだ!!』



 私は、かつてないほどの充足感を感じていた。

 これほど長く私を見てくれる存在はいなかった。


 ――そうか、人は脆く弱いからすぐに怯える。


 でもこのような強敵なら、私を見てくれる。私と対等に戦える。


「ありがとう。エンドラ」

『――ッ! 狂っている、お前は正真正銘のバケモノ——「さようなら」



 エンドラは、私の魔法で消え去った。


 再び私は独りになってしまった。

 また、私は孤独になった。

 次の強敵を探しに行こう。

 どこかにいるはずだ。私の孤独を消してくれる存在が。








 そうして私は世界各国を旅した。対等な存在を求めて、仲間を求めて。

 

 ――そして分かった

 きっと、この孤独は消えない。

 この力を使う限り、私は孤独なのだ。



 もう、疲れた。

 出会いがあるから別れがあるのなら、もう旅をやめて一人になろう。

 皆が私を孤独にするのなら、私は自ら独りになろう。

 私の力を求める限り、私は誰とも関わらない。


 もし、私の力ではなく、私を見てくれる存在がいるのなら、私は……。

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