第25話 うさぎの口紅

品川駅近くのカフェでひとり、佑月は素晴らしい未来に想いをはせながら、カップの底に沈んだタピオカの残りの粒を、大きなストローでつついて時間を浪費しておりました。

早起きして、リンパマッサージをしてもらった後の岩盤浴は、佑月にとって1日の始まりの儀式、

それは、生まれ変わりを意味するものであって、年会費36万円のエステサロンは、俗に言う贅沢や趣向の類ではありませんでした。

流行に敏感で、好奇心旺盛。

それでいながら、警戒心だけは人一倍強い。

だけど、そんな自分もわりかし気に入っている。

江国佑月たる所以でもありました。

友達と呼べる人間はいません。


「だって、人間じゃないもの」


佑月の自答は、ぼっちにされる度に増していったのです。

不必要なくらいに膨張したヒトの脳は、ウサギビトには厄介で扱い辛くて。

それでも何度も何度も、見つかりっこない小さな穴や、大きな穴を掘り返してはみても、肥大化を続けるヒトの脳の取扱説明書は落ちてはいませんでした。

所詮はウサギなのです。

出来損ないのウサギビト。

悩み過ぎて、スタンピングをし過ぎた思春期。

パパは。


かんしゃくを起こした娘の地団駄。


と、笑って周囲に話しておりました。

言葉が通じないのが淋しくて、その日は丸一日耳を塞いで泣きました。

佑月は、パパを理解しようと心がけるようになりました。

それ以来は、楽しく暮らせています。

弄び過ぎたタピオカの粒が、ストローと言う名の油圧ショベルで、かわいそうなくらいに粉砕されています。

佑月はそれを、決して飲み干そうとはしませんでした。

時間潰しの道具。

それだけの存在に、労力をかけたくはなかったのです。


同じ頃。

綾野姫実篤邸のりりの部屋で、雪之丞は目をまんまるにして、驚愕の事実に喉をゴロゴロ鳴らしておりました。

新世界の秩序の歴史は古く、ヨーロッパで魔女狩りが行われていた時代、多くの擬人たちが生命を落していったのです。

そう自慢げに語るりりは、雪之丞に顔を近づけながら言いました。


「余計な詮索はしたらダメなんでしょう?だけど私はするの。だってさだってさ、仕方ないじゃん。人間なんだもん。ネコジン2世なんてさ、産まれた時からヒトなんだよ。で、どうして雪之丞は人間なんかになった訳?」


雪之丞の白い喉が、ごくりと上下しました。


「あ・・・う・・・」


「あ、さてはお兄ちゃんだな。いっつもべったりしてたもんね。寝ている雪之丞は仕合わせそうだったもの。大好きなんでしょう?で、恋敵が現れたから堪らなくなって、人間になったって訳でしょ?」


「あ・・・う・・・」


雪之丞の顔は、甘いアブラナの花弁みたいに真っ赤に染まりました。

大きな目は、ナルトみたいに渦巻いて気絶寸前です。


恥辱。


今までに味わったことのない感情の対処法を、雪之丞はまだ知りませんでした。


「きゃあ図星だ。雪之丞は猫ちゃんの時はお澄ましさんだったのに、人間になったらわかりやすいんだね。だってほうら、ほっぺたとか耳とか赤くなってるんだもん」


「あ・・・う・・・」


「もお、かわいいなあ!」


りりは、雪之丞をギュッと抱きしめて、その頭を撫で回しました。

くしゃくしゃになった髪の毛と、ドギマギしている自分に耐え切れなくなった雪之丞は、思わずりりの手をピシャリと払いのけて。


「・・・猫扱い・・・しないでください」


と言って、部屋を飛び出してしまいました。

残されたりりは呟きました。


「もう・・・ツンデレなんだから」


微かに笑うことで、意地悪な自分を反省しました。

これもヒトのなせる技なのだと、雪之丞に教えてあげようと決意出来た瞬間でもありました。

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