第16話 曰く、テンシキなるは鼠の盆回し候 その壱

子の刻。

赤レンガの蔵の中から、みたらしたちをじぃ~っと見ている6つの眼が御座います。

此れより粛々と執り行われるテンシキの儀に向けて、ねず市、ねず華、ねず坊は、正装の燕尾服を身に纏い、今か今かとその頃合いを見定めておりました。

が、トンボや花と戯れる猫を見て、辛抱堪らなくなったねず市が。


「あーあ、これだから猫ってのはやだねえ。こちとら万事粗相のない様に、朝から祀り場こしらえてやってるのによお。見てみろい!阿呆みたいに遊んでやがら。猫は単細胞だねえ!ようし、我慢ならねえ、オイラ行って来るよ!」


と、啖呵を切って袖を捲り上げる始末。

これに待ったをかけるのは、蚤の心臓でお馴染みのねず華で御座います。


「お兄ちゃん、ちょいと待っておくれよ。なにもこっちから出向かなくたって・・・お願いしてきたのはあっちじゃないのさ。それに見ておくれよ。神様トンボ相手にあの形相ときたら・・・恐ろしいよ、分別なくした猫なんてさあ」


「大丈夫だよ、話はちゃんと通っているんだから。だけど注意しなくちゃなんねえぜ。いきなり飛び出すってえと、あちらさんは猫だ。抑えが利かなくなって鋭い牙でガバアって殺られちまう。スズメやカエルみたいにはなりたくはねえよ。オイラだって長生きしたいさ。安心しろい!」


「お兄ちゃん・・・あと千年は生き続けなきゃならないのに、まだ長生きしたいのかい・・・恐れ入ったわ・・・」


「それにだ、今回のテンシキの儀が無事に終わったら、オイラたちは穴蔵生活から抜け出せるかも知れねえんだぜ。神ねこ爺ジジイがよ、うまく取り繕ってくれる訳さ。あんな江戸っ子はいないね。オイラも江戸っ子だけどさ、ひと区画を鼠に分け与えても良いってんだ。その切符の良さにオイラは惚れたね」


「お兄ちゃん・・・確かに私、こんな穴蔵生活はイヤだなんて言ったけどさ、みんなでおいしいご飯を、べもしゃいべもしゃい食べれたら、それだけで仕合わせかもしれないなって思ってんだよ・・・無茶だけはしないでおくれ」


「おう、当たりき車力のこんこんちきでい!」


ねず市はそう言い残すと、兵どもが夢の真っ只中の世界へ足を踏み入れたのでありました。

ねず華の震える肩をそっと、亭主のねず坊が抱き寄せて言いました。


「華・・・お兄さんの勇姿、しっかりと眼に焼き付けておくんだぞ」


「ええ、わかっているわ」


鼠の頬にも涙で御座います。


みたらしと雪之丞は、マリーゴールドの影に隠れた神様トンボを挟み討つ。

ところが、ひらりと交わされて返り討ちのごっつんこ。

目が回って疲れ果て、見上げた夜空のミルク色。

両腕を伸ばして、ママのおっぱいを思い出したのか、2匹でモミモミモミモミまどろんでいると、ねず市の声が聞こえて威嚇の体勢で迎え討つ。


「へいへい。お見事な演舞で御座いました。この舞はアレですかね・・・どこぞ名のある家元の型にはまった・・・あ、いえいえ、見飽きた演舞とかそういった嫌味では御座いませんよ。なんと洗練された美しい舞で御座いましょう!いやあ実に立派!お見事!」


低姿勢で近付く燕尾服の鼠。

みたらしはハッとして、三つ指をついてひれ伏しました。

雪之丞も同じように頭を垂れます。


ー猫というプライドをかなぐり捨て、奴らに媚び諂い、頭を床にこすり付け、崇め奉り、ヨイショして有頂天ー


神ねこ主様の言葉を思い出したからです。

みたらしは言葉を選びながら、失礼のないように慎重に言いました。


「ご機嫌麗しゅうございます。今宵は満月で御座います。かような祀り場を設けて頂き、我らは仕合せ者で御座います。司祭様の御心を以って、忠誠を尽しに参りました愚かな猫で御座います」


「いやいやあ、滅相もない。もっとデデン!としていてくださいよ。ほら、身体だってね、大きさ全然違うんですから、私達なんかね、ちゅうちゅう走り回っているだけが取り柄で御座いますんで・・・」


「恐れながら・・・誠に恐縮で御座います。今宵は何卒、テンシキの儀、宴たけなわにて日が昇らぬうちに・・・」


拍子抜けしたのはねず市で御座いまして、あまりの猫のひれっ伏し具合に、尚更のこと疑心暗鬼が深まる一方。

もしや油断させといてガブリ!

と、歯止めがかからぬ妄想にますます腰も低くなる。

早いとこ要件を済ませて、穴の中で家族みんなで団子になって眠りたい。

ありきたりな毎日を、ありきたりに過ごしたいなんて思い始めておりました。


「まあまあ、頭をあげて、ささ、どうぞどうぞ蔵の中へ、準備万端でございますからね。さ、そちらのお嬢さんも」


促された雪之丞も、慣れない猫なで声で。


「有難き仕合わせに御座います」


と、頭を地面にこすり付けております。

恐るべしは恋の病・・・。

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