第一章 パーティメンバーがヤベー奴ばかりだと気付いた

第6話 異変

 ぼんやりとした眠りの海から浮上し、目を覚ました俺の視界に入ったのは、見慣れた天井だった。



 街外れにある、拠点として購入した俺達の家だ。


 その私室のベッドに、俺は寝かされていた。


 傍らには、椅子に座って腕を組んだアンバーの鎧姿がある。


 俺をここまで運び、看病してくれていたのだろう。


 こいつはとある理由で常時鎧を着たままだ。


 その表情は窺えないが、俺が目を覚ましたにも関わらず微動だにしない所を見ると、居眠りをしているのだろう。


「ちっ、どれだけ寝ちまってたんだ……?」


 喉に違和感が走る。妙に甲高い声が漏れた。


 窓から入る日差しはかなり明るい。既に昼過ぎだろうか。


 起き上がろうとするが、なかなか力が入らない。


 それでも無理矢理に身を起こす。


 ……何かがおかしい。強い違和感を感じる。


 ふと視線を下ろした先に、細く頼りない腕があった。


 それが自分の肩から伸びている物だと理解するのに、数秒を要した。


「……は?」


 思わず間抜けな声が出てしまう。


 急いで毛布を跳ねのけ、全身を確認する。


 ……細い。


 着替えさせられたのだろう部屋着は、全くサイズが合っていない。


 めくってみると、あれだけ鍛え上げた鋼の肉体はどこにも無く、元に比べれば枯れ木のような脆弱な身体が横たわっていた。


「おいおいおいおい……!」


 焦りを原動力として、俺はベッドから跳ね起きると、壁際にかかる姿見を覗き込んだ。


「──なんだこりゃあああああああああああ!?」


 そこには、燃える様な赤い髪を持った、紅顔の美少年が驚愕の表情を浮かべて立っていた。


 受け入れ難い惨状に思わず叫ぶと、廊下をドタドタと走る音が響き渡る。


 バン! と勢い良く開かれたドアから、フェーレスとセレネが飛び込んで来た。


「──何々? 今の可愛い声!」

「ヴェリス様、目を覚まされましたか?」


 部屋に入るなりかしましくそれぞれ声を発すると、二人の視線が俺に集中する。


「……きゃー! 何この子、ちょー可愛い! どうしたの僕、なんでこんなとこにいるのー!?」


 フェーレスが聞いた事も無い黄色い声を上げると、目にも止まらぬ速さで抱き着いてきた。


「あーもー可愛いなぁ! めちゃくちゃ好みなんだけど!」


 言いながらぐりぐりと頬ずりをしてくる。


「うぉぉ……! 何しやがる、放せ……!!」


 必死で引き離そうとするが、女とは言え流石に冒険者、子供の細腕ではどうにもならない。


「もー、照れなくてもいいじゃん。お姉さんが良い事してあげるからさー」


 猫撫で声を発したかと思うと、その豊満な胸の中に俺の頭を抱え込み、尻を撫で回す。


「アンバーさん。これは一体どうしたことですの?」


 俺がフェーレスの胸の谷間で藻掻いているのを他所よそに、セレネがアンバーを揺り起こしている。


「……おや、拙僧とした事が。たかだか二日の徹夜で眠ってしまいましたか」


 アンバーが目を覚まし、がしゃりと鎧を鳴らして立ち上がる気配がした。


「んん? 勇者殿は何処いずこへ? ……フェーレス殿、その子供は如何しました?」

「んふふー、さあ? 知らないけど可愛いからどうでもいいやー」

「侵入者なら、私の結界でそれと分かるはずなのですけれど」


 三者三様の反応を示し、俺の存在を吟味している。


 しかしフェーレスに抱きかかえられた態勢では話もままならない。


 幸い両腕は自由だ。筋力で対抗できないのならば……


「──んぅっ」


 フェーレスがびくりと身体を震わせて、俺を掴む力を緩める。


 その隙に、俺はするりとその腕の中から抜け出した。


「……ちょっと、何であたしの弱いとこ知ってる訳?」


 背中に手をやりながら、俺を訝しげに見やるフェーレス。


 こいつは背骨のラインが極端に敏感で、そこを指で優しくなぞりあげてやったのだ。


「全く、こっちは病み上がりだってのに無駄に疲れさせやがって……」


 俺は一度息を整えると、三人へ向かって宣言する。


「良いか! 落ち着いて聞け。俺がヴェリスだ」


 その場をしばしの静寂が支配した。


 最初に反応を示したのはセレネだった。


 糸が切れたように、その場に膝から崩れ落ちる。


「ああ、何という事でしょう……あの黄金律を誇る美しいお身体が、こんなみすぼらしい姿になってしまうなんて……」


 床に伏せてぶつぶつと嘆いている。


「言うな! 俺だってまだ信じられねぇ……!」


 これまで鍛えに鍛え抜いてきた強靭な身体が、寝ている間に水泡に帰してしまったのだ。


 今の騒ぎが無ければ未だに放心していたかも知れない。


「うぇー、マジで? ……言われてみれば赤毛に目も赤いし、面影はあるっちゃあるかー……?」


 フェーレスがまじまじと俺の顔を覗き込んでくる。


「何でこんな綺麗な子があんなゴリラになるのよ? 時間って残酷ねー」

「誰がゴリラだ! それよりお前、ショタコンだったのか! 道理で痴女みたいな恰好してる癖に、浮いた話の一つも聞かねぇ訳だ!」

「痴女とは失礼ねー。これはサービスなの、サービス。恵まれない野郎どもに、せめて目の保養くらいさせてやろうっていう私なりの計らいな訳。ただの露出狂と一緒にしないでくれる?」


 今は皮鎧ではなく普段着だが、それでもくびれた腰が丸見えな白いチューブトップに、角度の際どいローライズのショートデニムと、布面積は変わらず極小である。


「傍から見りゃ同じだ! あとショタコンは否定して欲しかった!!」

「ざーんねーんでしたー。今のみたいな可愛い子は、超どストライクなの。中身があんたでもどうでも良くなるくらいに、ね」


 フェーレスの目が怪しい光を帯びている。隙あらば飛び掛からんばかりだ。


「おお、主よ……これも勇者への試練なのですな……」


 その肩越しに、アンバーの祈りの声が聞こえて来る。


「おい、アンバー! ちょっとこいつ押さえてろ! このままじゃ話にならん上に、俺の身体が性的に危うい!」

「は……承知。フェーレス殿、今は堪えて下され」


 アンバーが俺の前へ立ち、フェーレスを牽制する。


「はーいはい。んじゃまあ、真面目なお話始めよっか」


 意外とあっさり引き下がったフェーレスは、手をひらひらさせながらベッドへ腰を下ろした。


 その足元で床に倒れ込んでいたセレネも、もぞもぞと起き上がり、脚を抱えてうずくまる。


 それらを見届けてから、俺も壁際に置いた椅子を引き寄せた。


 そして、現状を整理するための会議が始まった。

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