第28話「人を変えるのは、出逢いと”話”である。」


 作品を公募に出し続けてから二年が経過した。

 宇納間工多、ニ十歳。成人式には参加せず、都会で暮らし続けていた。


 帰りたくない理由は一つ。

 親の顔も、同期の顔も見たくなかった。


 ……見下ろされるのが腹立つ。きっとそうなるからだと思って。




 二年間。小説だけを書いていたというわけじゃない。

 働かざる者食うべからず。他人の家で暮らす以上、ただ家主の資金を食いつぶすだけの寄生虫にはなるな。最低限の生活費は払いなさい。


 近くの飲食店のバイトを続けながら、小説の応募を何度も繰り返した。

 そして、今日も。近くの出版社に書き上げた小説を持って行ったわけである。



「……ん~」


 担当の男はペンを片手に小説を読んでくれている。


「うーん……」


 しかし、相も変わらずの苦しい表情。


「……微妙、かな」


 この担当とも、もう何度かの付き合いになった。

 この苦しい表情も見飽きた。対面に座っている工多も、顔つきが悪い。


「これじゃ、ウチじゃ出せな、」

「何が悪いんですか」


 そして、二年目。数度に渡ったが故に、ついに口を開く。


「……適当、言ってるだけじゃないんですか」


 嫉妬してるだけ。立場が危うくなりそうだから、その才能を早めに潰しておく。

 立場を利用して適当に喋っているだけ。その不満をついに口にしてしまったのだ。


「展開だって、そこらのテンプレなんかとは全く違う。キャラクターだって、そこらのどこにでもあるような漫画や映画なんかよりも十分尖ってる! 内容だって、貴方が言うようなつまらない一面なんてないはずなんだッ!!」


 怒鳴り声にも近い。

 捨てセリフなんかじゃない。これは、反抗だった。


「面白いだろッ! 面白いはずなんだよッ!!」


 ニーズも何も知った事か。

 怒りをぶつける。工多は周りの目など気にもせず、叫び始めたのだ。



「……良い機会、かもしれないね」

 担当の人は、叫び散らす工多に対して、特に嫌悪感も浮かべない。

 冷静に、咳ばらいをするのみだ。

「僕の個人的な質問と意見を言うけど。時間、大丈夫かい?」

「はいっ……!」

 望むところである。

 納得のいく理由を言ってみろ。睨みつけながら返事をした。



「じゃあ、こほん」


 咳払いで空気の入れ替え。担当は質問をする。




「“君は、なんで小説を書いているんだい”?」


「えっ……」


 担当の人がした質問の内容は___

 小説内での話ではなく、それを書いている本人への問いかけ。



「それを聞かないと、本題には入れない、かな?」


 担当の人は、いつにも増して、大人な表情だった。

 一人の物書き。迷える若人と真摯に向き合う表情。


 ……自然と、工多は冷静になっていく。

 それこそ、飾り気のない言葉が、自然と口から漏れそうになる。



「……僕には、これしかない、と思ったからです」

 カッコつけ、と言われてしまうだろうか。


「僕、運動も出来ないし、勉強もいまいちだったけど……小説だけは褒められたんです。それに、アニメやゲームに映画も大好きだったし……僕に向いている職業って、これしか……いや、なってみたいなって」


 つらつらと、とにかく思っていることを口にする。

 敢えて飾らない。ダサいと言われようが、正直に語っていく。


「小説を書く時も凄く楽しかったし、それに、いろんな人に楽しんでもらいたいって気持ちもあったから……だから」


「なるほどね」


 いつもと違って、作品の批評のようにすぐさま棘が来ない。

 真剣に答え、正直に答えてくれた工多を快く思っているような、そんな表情だった。



「じゃあ、言わせてもらうよ。準備はいい?」


 心の準備は大丈夫か。担当の人は待つ。

 工多はそれに対し、静かに首を縦に振るだけだ。



「“今の君の作品は、何というか感情がない”」


 内容以前の問題である。担当の人はそう応える。


「キャラクター達の成長物語、活躍を見ているというよりは……“君の作った奴隷が、君のやりたいことと言いたいこと、それを無理矢理やらされているだけの地獄絵図”にしか見えないんだ。キャラクターが生きている感じがしないし、内容も見ていて気持ち悪さがある」


 彼が求めていた答えを、オブラートに包むことなくストレートに告げる。


「ハッキリ言うとね……“君が最初に持ってきてくれた作品”の方が、数倍面白かった」


「___っ!!」


 日々、出来が悪くなっている。

 日々、キャラクターが死んでいく。

 日々……折角の作品が、台無しになっている。


 それは、自身の迷いと不満が生み出した結果。エゴが漏れた結果。

 夢から確実に遠のいている。次第に、その“夢に対しての苦”が溢れ始めているという、担当からの警告であった。


「君は今、作品を書いてて、楽しいかい?」


「……っ」



 言い返せなかった。


 作品を書くたびに心が痛くなる。作品を書くたびに迷いが生じる。

 作品を生み出そうとするたびに……自分が自分ではないような気がしてしまう。


 醜くなってしまってるんじゃないかと、思うようになっている。




「……僕が言えるのはこれくらいだよ」

 提出した作品をそっと、工多に返す。

「満足、は出来たかい?」

「……はい」

 まるで、心臓を槍で突かれたような。


「次に作品を持ってくるときは、」

 急所を一撃で貫かれた。

「よく考えてから、来てくれると嬉しいかな」

 戦意喪失にも近い状態で、工多は小説を手に立ち上がった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 その日、工多は一日中立ち直れなかった。

 姉の家に帰ってきてからは小説を書く気は勿論、ゲームをする気にもなれなかった。ただただ、無気力になった。


 ベッドで横になって寝ようと思ったけど、気になって眠る事すらも出来なかった。


 ただ、迷った。

 一日中、苦しんで。不安にまみれた。



 




 それから数か月後。

 宇納間工多は……あのエロゲ会社と出会うことになる。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 あの担当の一言を告げられてから数年。気が付いたら、エロゲの脚本家だ。


 人生、本当に何が起こるか分からないものである。


 ネット小説の選考で落ちた事に対し、ショックを受けていた工多はシャワーを浴びていた。

 選考の結果が出るまで我慢していたのだ。姉が帰ってくる前、作り置きされていた料理を電子レンジに放り込み、夕食に備えておく。


「……ん?」


 ふと、携帯を手にすると、メールが届いていることに気づく。

 頭を乾かしながら、届いていた一通のメールを開いてみた。





 何やら長く続く文の中。

 とある、一文が目に留まった。



『社の、新しいアプリゲームのストーリー脚本をお願いしたく存じ上げます』




「……え?」



 届いたのは、利用している小説サイトからのメールではない。


 イージスプラントにて、ストーリー脚本を担当している宇納間工多への一通。

 とあるゲーム会社からの、仕事の依頼であった。

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