3F 始まり 2

「キャッ⁉︎」

「ファッ⁉︎」


 ぞりぞりと身を削る柔らかな感触に顔を上げれば、視界の中おっ立つ背の高い太い幹の木々。


 文明の匂いは一切合切消失し、土の匂いが鼻腔をくすぐる。


 木々の間から差し込む木漏れ日を目に、背に乗っかっているギャルの重さに肺を押されて呼吸し辛く、身をよじったところ強く背を叩かれた。


 バチコンッ! と鳴る音に目尻に雫が浮かぶ。


「痛った⁉︎」

「……なに? なにこれ? どこだしここ⁉︎ え? は? どゆこと⁉︎ 意味分かんない! 意味分かんないし⁉︎」


 理不尽を叩き潰すように、どんどこどんどこ背に叩きつけられる手のひら。


 痛い痛い! 叩くところを間違えている! 地面を叩け! それがしの背は打楽器じゃないですぞ! 


「アンタッ! アンタがなにかしたわけ! 説明しなさいよソレガシ‼︎」

それがしに分かるわけないですぞ! だいたい重いからさっさと退いて欲しいですな!」

「はぁ⁉︎ 重くねーからッ! 毎日食事制限とか気をつけて──」

「怒るとこ違うッ⁉︎」


 身動みじろぎ無理矢理背の上のギャルを退かす。


 昇降機エレベーターがどういうわけか落ち、死ななかったのはこれ幸いかもしれないが、状況に頭がついていかない。


 「アンタねッ!」と目くじらを立ててにらんでくるギャルは放っておき、身を起こして周囲を見回しても、目に入るのは木と土と木と木漏れ日と木。


 木が三つ集まり森である。


 風に揺らされざわざわ鳴る葉の音が耳障みみざわりで鬱陶うっとうしい。


 そんな巨大な森林の中、太い枝に引っ掛かりぷらぷら揺れている昇降機エレベーターがあった。引っ掛かった衝撃で、ゴミのように外に吐き出されて今に至るらしい。


 昇降機エレベーターの上を見上げても見慣れた駅舎の姿などなく、千切れた葉が舞い落ちているだけで人工物の気配はまるでなかった。頭がどうにかなりそう以前に、状況が飲み込めず突っ立つ事しかできない。


「ゆかりん! しずぽよ! りなっち! ずみー! なんでダチコの誰にも繋がらないわけ⁉︎ 圏外とか‼︎ 携帯会社仕事しなさいよ! 110番? 119番? どーすればいいしこれ!」


 スマートフォンの画面をネイルに武装した指で小突いているギャルを尻目に親指の爪を噛む。


 こんな時に咄嗟とっさに連絡しようと思える仲間がいるとは、ギャルのコミュニケーション能力は凄いな! それがしには全然いないですぞ!


 それがしは……昇降機エレベーターの業者にでも連絡すればどうにかなるのこれ?


 ……じゃない!


 日常から一転見知らぬ土地。手近な木を見上げてみるが……この木なんの木? ビルのように背の高い木が群生している土地など思い当たるはずもない。スマートフォンも使えないらしい見知らぬ場所に急に落ちる状況など、思い当たる事があるとしたら一つ。


「異世界転生? いや、生きたままだし異世界転移?」

「……なにそれ?」


 共に居る相手がそれがしだけだからか、零した言葉を拾い、座ったままギャルがそれがしを見上げてきた。だんまりを決め込んでも事態が好転する訳でもないので、取り敢えずそのまま言葉を続ける。


「要は急に見ず知らずの地球とは違う世界に飛ばされてしまう事ですぞ。だいたいは剣と魔法のファンタジー。それがしのよく読む小説にそんな話が幾つもありますからな。ひょっとしたらと」

「はぁ? アンタ頭でも打ったの? バカみたい。読んだことある小説と一緒とか。それってアレだし! 非現実的!」


 もの凄い小馬鹿にされた……。


「そんな事言われてもですなー、今の世の中スマートフォンも使えない、全く知らない場所に急に落とされるなんて説明できませんぞ」

「んなことないっしょ、落ちたエレベーターの中で昏倒してて夢見てるだけかもしんないし」

「エレベーターはあそこですぞ、だいたいそれならなんでそれがしとお主は会話ができてるんですかな?」

「それは……これは夢でアンタは幻覚ってだけだし!」

「んなアホな……」


 勝手に存在を幻覚にされるなど御免被る。


 「アホってなんだし‼︎」とにらんでくるギャルを幻想からましてやろうと頬を引っ張る為に手を伸ばすと、振り下ろされた手に手を叩き落とされた。


 痛ってえ! いちいち力が強い! 


「なに? 触ろうとしないでくれる? きもいんだけど」

「こんな時でも変わらないようで結構ですな、でも今触れた通りそれがしは幻じゃないですぞ。だいたい最初背に乗っかってたのはお主ですしおすし」

「そ、それは……じゃああれだし! 集団催眠! テレビの企画とか」

それがしとお主の二人で? 人選が意味不ですな」

「ソレガシと二人きりとか絶対ソクサリだしマジない。ソロ活のがマシだしっ」


 NOと断言するくらいなら言わないで欲しい。それがしにも傷つく心があるって知ってる?


 理解不能の状況に苛々イライラつのっているのか知らないが、刃のようにギャルは目を鋭くさせ、それがしの方をにらんでくる。そんなにらまれたところで望むだろう答えは転がり出ないのだが。


「だって異世界とかマジ意味分かんないんだけど! なんで教室の隅にいつも座ってるようなアンタと!」

「それはそれがし台詞セリフですぞ! なんでこんな宇宙生物と……」

「ハァ⁉︎ 誰のことだしそれ! マジきもい!」


 ぷいっと顔を背けるギャルの姿に肩をすくめる。心の距離の間に不可侵領域を横たわらせているらしい相手に付き合うのも馬鹿らしい。


 だいたい異世界転移なら、もうちょっと心優しい女の子が一緒だったり、エルフの少女が出た先で待っていたりするものじゃないのか。


 どこに仲良くもないそれがしへの好感度が底抜けているっぽいギャルと二人、昇降機エレベーターで異世界に落とされる話がある?


 ここ小説で読んだとこだ! っとか全くできない。……助けて小説の先輩達。


 夢のない夢のような状況に肩を落としていると、顔を背けたままひたいに刻んでいたシワを緩め固まっているギャルが目に付いた。


 その視線を追えば、木の根元に丸まっている透明な青い球体が佇んでいる。まるで巨大なビー玉。その澄んだ色をカラーコンタクトがめられた黄色っぽい瞳でギャルはすくい取り、「ヤバたん」と呟く。なに? 


「鬼キレイ、これは撮り」


 立ち上がり水球に寄ると、パシャリとスマートフォンで写真を撮リ出すギャル。


 それを横目に、青い球体を眺めていると、でろりと溶けたように水球は形を変えてべちゃりと大地に広がった。土に吸い込まれる訳でもなく、そのまま収縮と膨張を繰り返す水溜りに、「きもッ⁉︎」とギャルは叫び、ちょっと待てよと手を伸ばす。


「なにあれ⁉︎ ちょ、ソレガシ! 説明‼︎」

「んー」

「リムってんじゃねえし! あの鬼きもいのどーにかして!」


 さっきまで綺麗とか言ってたのに手のひらぐるぐる忙しいな。腱鞘炎にならないのだろうか。でかいアメーバみたいな存在に、取り敢えず名前を付けるならアレしかない。顎を指で撫ぜながら小さく頷く。


「『スライム』じゃないですかな? ゲームとかでもよく見る雑魚モンスター。ドラゴンなクエストのゲームに出てくるのはもう少し可愛げあったのに、リアルは非情ですぞ」

「なに落ち着いちゃってるわけ⁉︎ アンタ自分の事『それがし』とか言うくらいだし剣道とか得意じゃないの? 棒とかで追っ払って!」

「無茶ですぞ! わざわざとつする意味! だいたいそれがしのこれは小さな頃に爺様にホールドされ延々と見せられた時代劇の癖でして」

「……マ? なに見てたの?」


 驚いた顔で見つめられる。そこ気にする? 


「子連れ狼、三匹が斬る、座頭市、水戸黄門、必殺仕事人、暴れん坊将軍以下略」

「うっそ、あーしも見てた」

「それはまた……なんと奇遇な」


 新発見、ギャルも時代劇を見るらしい。


 青い髪の乙女が時代劇を見つめる絵とかシュール過ぎるが、思わぬところで繋がりがあるものだ。ただシュールはシュールでも、森の中を這いずる水溜りには敵いそうもない。


 二人して微妙な顔を見合わせていると、ぼちゃりと手前に水溜りが跳ね、慌ててギャルがそれがしの背後に移る。


「ほら! 助さん格さんとか、三十郎みたいにやっちゃって!」

「剣術の心得とかほぼないですぞ! ええっと、あっ! こういう時は、ステータスッ‼︎」


 天に向かい高らかに叫ぶが、木々の間を駆け抜けてそれがしの声はひっそり消え、なんの変化も訪れない。……少し待っても変わらない。


 祈りが足りないのかと両手を天に掲げても効果なし。


 虚しく消える残響を聞き、「なにそれ」と冷めたギャルの冷たい声が背に吐き掛けられる。


「あれぇ? 確か見た小説だとこうパッと視界とか空間にステータス画面が」

「バカ言ってないでほらもう来てる来てる! あーしあのきもいのリームーだから!」

「スキルも能力もなしにどーしろと⁉︎ 現実が非情過ぎますぞ! 何より自分が無理なことを他人に頼むとか! これは無理ゲー! ドンタッチミー、ドンタッチミー!」

「いいから行けって言ってんでしょ! アンタそれでも男⁉︎」

「あー! こういう時だけ性別を盾にするとかずっるー!」

「いいから行けっつーの!」


 回し蹴りがそれがしの背を叩く。狙う相手が違う⁉︎ その背を叩かれた衝撃に意識が揺り起こされる。


 なんと酷い走馬灯であろうか。


 

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